幼いやきもち
「よっ。楽しめたか?」
全校かくれんぼの準備として、全校生徒が校庭に集合した。因みに先生達も参加するので、場合によっては彼等が強敵になり得る事もある。青義先生の様な無関係者は職員室等の禁止エリアに隔離されるか、帰宅するのだろう。星見祭が通称内輪ノリと呼ばれるのはここが原因であり、だからこそ一般客の立ち入りは許されていない。こちらの都合で振り回し過ぎる。
山羊さんとはクラスが違うので一旦別れる運びとなり、俺は吸い込まれるように自分のクラスへ。クラスメイトと戯れていた……先程まで幽霊のようにこちらを見つめていた朱莉へ合流するなり(整列は要求されていない)、罵られた。
「君ねえ、僕がどれだけ苦労したかも知らないで呑気にデートしちゃって。あの人、あれだろ? 『隠子』の時に居た人だろ。いつ仲良くなったのか知らないけどさ、僕がむさくるしい男共に付き合ってる間、デレデレデレデレ! この節操無しが!」
「むさくるしいってお前も男だからな? 後そんなにデレデレはしてない。いつも通りだ」
「ふん、長い付き合いの僕にはこの距離からでも分かるよ。はーあ。君は銀造先生とエンカウントしなかったんだね。それでずっとおデートを満喫してたとはつくづく許しがたいよ」
「お前ちょっとキャラ間違ってるぞ。エンカウントってのも何か敵みたいだし」
間違ってはいないのがまた何ともしがたい話だ。今の銀造先生はハッキリ言ってゲンガーよりも危険だ。校庭に彼の姿が無いのも恐怖に拍車を掛けている。何故居ないのかが分からない。辛うじて体調不良による欠席という可能性もあったが、朱莉の言い草ではたまたま遭遇しなかっただけらしい。
「僕怖かったんだから……血眼って感じで、何だろうね。漫画だったらズシンズシンって歩いてる感じ。山本君とか荻田君が身体で隠してくれなきゃやばかったよ……」
「俺達、お前等がなんか詰められてるのばっちり聞いてたからな! 内容は知らねえけど、すげえ剣幕くらいは大体聞いてるんじゃね?」
「そりゃ庇うわって感じだよなー。朱斗は何も知らねえって言ってんのにあのクソジジイ馬鹿じゃねえの」
「有難う、皆。木を隠すなら森の中って本当だね。でもいいの? 同罪って事になるかも」
「あのジジイまじうぜーから気にすんなッ」
「同罪っつーか悪くない奴庇っただけだしなあ」
ゲンガーに目を向けるあまり忘れかけていた。クラスメイト同士の仲は良好だ。イジメがあった頃よりも遥かに治安は安定している。度重なる誤報により傍から見れば明らかな異常も受け入れてしまうような、そんな普通の善人達がクラスメイトなのだから当然だ。俺達に対する言い分は本当に無茶苦茶で、証拠もなく追い詰めるやり方は真実がどうあれ正しくはない
「まあ、お疲れ様って感じだな」
「何それ。もっと労えよ。なんかあるだろ」
「ねえよ」
隠す気がいい加減見当たらないが、誰も気にしない。随分前から彼女の発言は大胆を通り越して単なる馬鹿なのに、どうして誰も気が付かないのか。もしや俺が味方として引き込まれたから如何にも阿呆に見えるだけで、実際は策士であると言うつもりか。
「で、件の先生は?」
「居ないの?」
「一緒に探してくれ。見た感じは居ない。こんな見通しの良い場所で見つからないのは不自然だろ」
人間の注意力は視界全体に万遍なく割り振られる様なものではない。必ずどこかが薄くなるもので、特に探し物をしている時は大抵の場合盲いている。
「……居ないね」
クラスメイトの何人かにも手伝ってもらったがやはり彼は居なかった。星見祭の最中に席を外さなければいけない緊急の用事があるのだろうか。彼はそんな重要な立場にあったか?
「ではー。これよりー。全校かくれんぼを始めまーす」
危険因子が見つかる前に開始の宣言が轟いてしまった。こうなれば考えても時間の無駄だ。思考を少年時代に戻し、デートの最中に見かけた隠れ場所について思いを馳せる。同じ事を考える人間が居ても大丈夫か、そもそもバレないか。
全校生徒を巻き込む遊びとあって鬼の量もけた違い。普通のセオリーは通用しないと考えて良い。
「鬼は五〇人。一度選んだ隠れ場所から離れるのは禁止ですがー、もし誰にも気づかれずに移動出来たなら黙認しまーす。制限時間は二時間。発見された人は―――」
赤色のテープを肩に貼って体育館へ。生徒会に発見された人間は青色のテープを張って、鬼になる。特筆すべきルールはそのくらいで、実感しづらいかもしれないが鬼側が圧倒的に有利だ。何せ生徒会の手に墜ちた逃走者が万が一にも他の生徒の隠れ場所を見ていたらそこに行くか、生徒会に教えればいい。裏切りはゲーム性を破壊するので禁止されているが、同陣営の情報共有は禁止されていない。
逃げる側はこの不平等なルールにどう対応していくかが鍵になる。因みに先生は数名が鬼に混ざるだけで残りは外に出るような違反者が出ないように壁役を担う。
「それではー。逃走車の皆さんは校舎へどうぞー。三分が経過しましたら、初期鬼が探しにまいりに行きますので、それまでに隠れ場所をお見繕い下さーい」
廊下は走るな、とよく言われる。中学校も高校も。しかし制限時間の短さもあって不慣れな一年生は焦りを覚えて走ってしまう。二年生は慣れていても知識がないので慌てている。熟成された三年生は優雅に歩いて校舎へ向かい、残り時間が一分を切ってようやく隠れ場所を吟味する。
「さて、何処へ行こうか山羊さん。かくれんぼが行われた年は大体鬼側が勝ってて、ちっとも参考になる情報がないよな」
「あっても対策されるんじゃない? 生徒会はがっちり対策してるよきっと」
銀造先生が見当たらないという最大のリスクに対処すべく、朱莉には少しだけ離れた場所から付いてきてもらっている。もしどちらかがピンチに陥っても片方がフォロー出来れば……出来る様な状況なら。
「あたし、いい場所知ってるかもしんない」
「ほ? マジで? 同じ事考える奴いないか」
「居ると思う。でも、意外性はあるし、逆に見つからないんじゃないかなって」
「案内してくれ」
携帯で朱莉に連絡を送りつつ言われるがままに移動。校舎を飛び出し、何処へ向かうモノかと思えばプールの更衣室だった。そこに来るまでに何人の人間とすれ違っただろう。遠目に同じ場所へ隠れようとする生徒が見える。意外性も何も、こういう隠れやすい場所はかえって探されやすいと三年間の内に学ばなかったのだろうか。
「匠ちゃん、プール入るよ」
「へ? プールに隠れ場所なんかないぞ。コンクリートが熱いだけだ」
今は靴を履いているので大丈夫だが、授業の際は裸足でこのさざれ石みたいな地面を踏まなければいけない。誰もがそれを嫌がるので、移動の際はペンキの塗られた場所だけを通るという人間も居る。俺もその一人だ。
「あ、違う違う。プールって水の中の事だよ」
「―――え? マジで言ってる? 制服で? この中に?」
「うん。匠ちゃんがかなづちじゃないならここがいいと思うんだけどどうかな。このプールってほら、地面から入り口に階段があって全体的に少し高いでしょ。見下ろされたら直ぐに見つかるけど、そんな事する前に更衣室を探すじゃんか。ね、意外と見つからなそうだよねッ」
「溺れるぞ」
「誰も潜れとは言ってないってば。全身が浸かってれば大体の人は飛び込み台に張り付けば頭も出ない。っていうか匠ちゃんが頭出なかったらあたしは絶対大丈夫!」
考えなしの無鉄砲のようで、意外としっかり考えていた。伊達に三年間を過ごしてきた訳ではないようだ。その発想は全く浮かばなかった。確かにそうだ。そうでなければならない。俺達は一度くらいその発想に至るべきだ。着衣泳の授業はこの時の為に存在していたのだから―――
って怒られるわ。
名案な事に変わりはないので、早速プールの金網をよじ登って中へ。猶予時間の三分はそろそろ過ぎる頃だ。ここまで来たら引き返すつもりはない。朱莉には『プール付近の場所に適当に隠れろ』と伝えておいた。
「こんな時にあれだけど山羊さん。結果がどうあれ俺達はずぶ濡れ確定だが、それ以降のプランは考えてあるのか?」
「それは……! ………………その時になったら一緒に考えよっか。まずは勝たなきゃ!」
そうして俺達は、打算よりも感情を優先して飛び込んだ。肉を刺す冷気が全身を浸し、否応なく俺達の身体を蝕んだ。
「実はずっと前から考えたッ。防水カバーを用意しといて正解だったね!」
「因みにこれ前例は?」
「あたしが鬼やった時は誰も居なかったし探そうともしなかった」
ほお。まだそんな場所があったとは。
―――そろそろ鬼が学校全体に放たれたと思われるので、口を噤む。
水中に隠れる逆転の発想は足音や接近を一早く察知出来るメリットもあり、鬼がこちらに気付きそうなら最悪二人で潜る腹だ。さて、どうなるか。
耳を澄まして周囲把握に努めていると、カバー越しに携帯が震えた。メッセージが来たのだ。発信者は『朱斗』。
『ねえ。クラスメイトからのタレなんだけど。なんか銀造先生がまた私達探してるっぽいんだけど。あの先生鬼に選ばれたんだっけ?』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます