寂しがり屋の子山羊さん
これもいつか現れるであろう恋人とのデート練習だ。俺とて手を抜く理由は無い。彼女はその武闘派で活発な性格にそぐわずインドア派だが、流石に午前中からゲームをする気は起きないらしい。俺も同じだ。仲直りのデートと言っているのにゲームをしてたらいつもと変わらない。
「今更言うのもあれなんだけど、実は俺も山羊さんと同じ事考えてたんだ」
「んにゃ、どういうこったい?」
「携帯で連絡しなかった場合、山羊さんはあそこに来るかなって。なんかまた気が合っちゃって思わず笑いそうになったんだ」
振り返りながらそう言うと、彼女は恥ずかしそうに眼を伏せて口を尖らせた。
「それ、今言う必要ないよね。恥ずかしいよッ」
「俺も恥ずかしい。そこでどうだろう。今度も意見を一致させてみないか? 何をやりたいかって事で」
「何をやりたいか……? そんな漠然としたの合うかな。まあいいけど」
せーの。
「「身体を動かしたい」」
まさかの完全一致。
掌で顔を覆いたくなった。鏡なんて見たくない、きっと俺の顔は赤いから。似たようなことを言ってたら茶化すつもりだったのに完全に一致してしまって返す言葉もない。菊理と過ごしてて初めて気まずい雰囲気が流れた。
「なんか、やめよう。これ以上一致したら恥ずかしくて死にそうだ」
「匠ちゃん。やめて。あたしもそれ思ってたから」
返す言葉もない。二度目。
この話は速やかに忘れるとして。何かスポーツに混じるのが楽か。しかし野球やサッカーは校庭を使いすぎるからメンバー二人で占有化するのは気が引ける。そもそもゲームも成立しなさそうだ。人数が必要な競技は却下―――何も正式に試合を成立させる必要はないが、最低限の人数でも遊べるくらいのスポーツが望ましい。
だから例に挙げた野球やサッカーは無理だ。俺も彼女も未経験だろうし、泥仕合確定。サッカーに至っては恐らく走力勝負になるだけで、それなら徒競走をやった方が良い。
「……あれだな」
「あれ?」
他にもあるのかもしれないが、パッと思いついたのがそれくらいしか無かった。生徒の流れを見るに、大体の人間は校内か校庭へ行っていると見られる。一直線に向かった先は体育館。
「あ~バスケ!」
「正解」
バスケなら最低限の人数でも身体を動かすには充分だ。同じ発想をした人間は六人居たが問題ない。ボールを全て占領されている訳でもなければゴールが足りないという事もない。脇で俺達が遊んでいた所で文句を言われる筋合いはない。
「匠ちゃんやった事あるの?」
「中学も高校も授業でやった事ある。触った程度でもまあ問題は無いだろ」
「そんなので大丈夫かい? あたしはこれでもバスケの助っ人やってたくらいだよ?」
「お得意の世話焼きか。良く顧問が許したもんだ」
「まあね。タイマン?」
「試合がしたいなら今から適当に集めてくるが」
「うっし。じゃあ最初はあたしがディフェンスやるよ。匠ちゃんにもハンデあげないとね」
「舐められたものだな」
セットアップは上々。久しぶりという程でもないが実に一年ぶりに触ったボールは大きくて重い。俺だったら反発力皆無のぐにゃぐにゃボールを渡していたが、そこは性格が表れているらしい。反発力は申し分ないが、さて使い心地はどうだろう。
何度かドリブルをしてみて、感触を確かめる。悪くない。自由自在とまではいかないが、明後日の方向にボールが飛ぶような事故は起きないだろう。
「行くぞ、山羊さん」
「どっからでもこいやあッ!」
『隠子』の時から分かっていたが、彼女は身体能力がちょっと高すぎる。ドリブルする手を変えたり、身体を回したり、股を潜らせたりしてみるが微動だにしない。その目が見つめる先にあるのはボールではなく俺の胴体。
彼女が動くのは、本当に突破しようと動いた時だけだ。ハンデのつもりかボールを奪取されたりはしないが、お蔭で一歩も進めない。
「マジかッ」
「匠ちゃんがあたしに勝とうなんて十年早いね。さあどうする、どうやって突破する? ボール取ったりなんてしないからゆっくり考えな?」
「うーん。さては山羊さん、君はバスケ部だったな? それならハンデがあっても勝負にならないじゃないか」
「いや? 私、中学の時は何もやってなかったよ。でもなんかそういうの、出来ちゃうんだよね」
「なんか出来るのレベルを超えてると思うけど―――なッ」
突破出来ないので思い切ってロングシュートをしてみたが、出だしを潰されてあえなく失敗。ボールが寸分の狂いもなく俺の手元に返ってくる。菊理は意地の悪い笑みを浮かべてこの状況を楽しんでいた。口の奥に見える八重歯が何とも愛くるしい。
―――山羊が悪魔ねえ。
八重歯にそんなイメージは無いが、ちょっと吸血鬼っぽい。吸血鬼は悪魔? 違うな。
しかしどれだけゴールとの距離を離してもぴったりくっついてくるのは厄介だ。タイマンだからかもしれないが、この圧力は正式な試合であったとしても無視出来るものではない。横に居る味方にパスしようとしても、その瞬間に狙われるのではないか。
否、バスケのルールを守る必要なんてない。まず最低人数すら満たせていないのに何が正式か。俺には俺のやり方がある。壁まで一気に下がると、味方もいないのに背後へボールを投げた。
壁打ちで彼女のディフェンス外にボールを運べば勝機も生まれるだろうという考えだ。正しいバスケなら仕切り直しが入った筈。
流石に記憶が曖昧だが何の心配もいらない。実際には壁を打つよりも早く回り込んだ菊理がボールを返してきたので、結果として何も起こらなかったのだから。
「山羊さん、詰め将棋じゃないんだけど」
「あ、追い詰め過ぎた? じゃあ中央に戻ろっか。このままだと匠ちゃんを隅っこに追い詰めるだけで終わりそうだし」
「そうしてくれると助かるな」
中央まで戻った所で何も変わらない。俺に退けるラインがあるかどうかの違いを除けば、状況は何一つ好転していないし、する事もない。授業で齧ったからと調子に乗るべきじゃなかった。
「―――山羊さんの身体能力が高い理由、当ててもいいか?」
「ん? 当たるかなぁ~ あたしの経験上絶対当たらないね」
「当たったらどうする?」
「そん時はあたしが昼食を奢ってやろーじゃん? 当てられたらだけどねッ」
「そういう血筋、血統」
菊理の動きが止まったのは見逃さなかった。脇をすり抜け一直線にゴールへ。華麗に寝外入れるつもりが、付け焼刃のバスケスキルではレイアップシュートもままならなかった。ゴールのフレームに阻まれたボールは浅い回転を保持したまま彼女の手元へ。
「……匠ちゃん。それって偶然?」
「お、当たりだったのか?」
「……当てられるなんて思ってなかったんだけどな。流石にちょっと困惑するわ。匠ちゃんって妙な所で鋭いんだね」
「鋭いも何も、夜山羊なんて苗字は珍しいからな。詳しい話は知らなくても予想はつくだろ。お前が山田菊理とかだったら、まあ分からなかったな」
「んーやっぱそうか。珍し過ぎるよね。あたしもこれはねーわと思ってたよ」
語るに落ちるその真っ只中。
彼女は突然喋るのをやめると、無言でドリブルを始めた。
「……え。山羊さん?」
「…………攻守交代だよ。なーんか当てられちゃって悔しいし、せめてこっちくらいでは勝たないとね!」
「ハンデは!?」
「ロングシュートは勘弁したげる」
「マジかおい」
それはハンデと呼んでもいいのだろうか。
「―――いいだろう! ああ、実は俺、ディフェンスの方が得意なんだよ。だから願ったりかなったりの状況さ」
「本当に? まあいいか、匠ちゃんにも火がついたみたいだし、いよいよあたしも真面目にやらなきゃね。ハンデとは別に」
小難しく考える暇もない。
俺達は在りし日の少年時代を思い起こすように全力で今を楽しんでいる。きっかけは作れたし、込み入った話は後にして今はこれに集中しよう。バスケを選んだのは他でもない俺なのだから。
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