山羊の気まぐれ
今年最後の星見祭。どんな不真面目な人間も今日という日だけは真面目に授業を受けている。午前中すら授業に耐えられない柔な生徒はここにはいない。 伊達に三年間も過ごしてはいないのだ。今年は特に治安が悪い(全部誤報)ので、そういう意味でも気兼ねなく楽しめるイベントは大切だ。
しかし何事にも例外は付き物だ。友人の死を先に知っている俺だけは、まるで集中力を発揮していない。幸い授業で指摘されるような事は無かったが、もし一度でも当てられていたらと思うと……それで彼女の死を免れるなら良いが、そんな単純な話とも思えない。
―――頼むから、俺の為に身体を張るなんてやめてくれ。
俺はその親切を否定しないといけない。彼女の為に、自分の為に。
『すこしはかんがえなさい』
考えない。考えない。考えない。昔の事なんて何も知らない。何も知る必要はない。姉貴が何の為に俺を連れ出したかよく考えろ。俺は『今』のままでいいんだ。それが何よりも素晴らしく平和を維持する方法なんだ。
「あー。ノート終わった奴から授業は終わりでいいぞ」
思考ループに陥りかけた俺を助けてくれたのは何気ない担任の一言だった。それを契機にクラスのムードメーカー達は静寂を破って騒ぎ出し、今に生徒会は何を催すのかを楽しみにしている。こいつらは一年生か。三年もここに居るなら大体の傾向は……いや、狛蔵が生徒会長になるまではつまらなかったのだった……個人の感想だったが。俺は美子の尻を追いかけ過ぎてどうもその辺りの記憶は曖昧だ。本気で記憶にない。前生徒会長がお固い人だったとしても他のクラスメイトは変わらず楽しめた可能性は否めない。話を聞くだけならこの可能性が一番高かったりする。
文化祭なら模擬店が出店されるが、星見祭の本番はどちらかと言えば夜であり、昼は生徒会及び有志から生徒に向けて催しが行われる。模擬店も無い事はない。クオリティは大概上なので文化祭よりも良いという声もあった筈。種類もなければ身内のノリも通用しないので盛り上がるなら文化祭に軍配が上がりそうだ。
記憶にあるレクリエーションと言えば校内鬼ごっことか全校特殊レギュレーションドッジボールとかか。特にドッジボール男女対抗戦は人気だった記憶がある。かなりのハンデを背負わされながらどう勝ち抜くかを考案する男子、そんな男共をボコボコにする機会だと結束する女子。男女仲もそう悪くない学校で敢えてチーム分けをするとこうなるのは必然。
余談だがこの時ばかりは体型に恵まれた女子が最強格である。
「匠君は、もう相手が居るんだっけ」
ノートを写し終えた朱斗がいつの間にか俺の真横に立っていた。相変わらずの男装だが三年間も隠し通せている事実に驚きを隠せない。制服の力は何度見ても偉大だ。
「おう。お前は?」
「男子達と適当に騒ぐよ。ま、自由に出来るってのが星見祭りの良い所だからね。はいこれ、今日のプログラムね」
「ん」
生徒が生徒に対して催しを行う。それは一日中拘束するという意味ではない。例に挙げたような大規模な遊びはたった今彼女から貰ったプログラムに書かれており、後は何をしても自由なのが文化祭と違う所だ。
校外に出て外食しても良いし、ボードゲームを持ち込んで遊ぶのだって構わない。放送室か何処かでテレビを借りて映画をもといビデオを見るのだって許される。ゲーム大会を勝手に開くのも認められる。生徒の自主性を重んじる高校の極致、それがこの高校であり、毎年倍率がやたらと高いのはそういう理由もある。
こんな高校なので親からの苦情は堪えないだろうと思いきや、良くも悪くも自由な校風が有名なお蔭でその手のペアレントはこんな高校を選ばない。もっとキッチリカッチリした高校は他に幾らでもある。ここはそんな高校が嫌だという者達が集まった場所だ。
その後の進路や学習量などは心配されるが、飽くまでここは自主性を重んじる高校。自由に伴う責任を三年間の内に多くの生徒が知るので、存外に心配はない。
「……二時から全校かくれんぼか。ふんふん。こういうのってガキ臭えとか冷めた事言う奴多いのに、よくもまあ生徒会は立案するよな」
「どんな遊びもマジになれば楽しいからね。かくれんぼだって本気出せば特殊部隊みたいな事する奴等居るし。冷めるだけ損なのはみんな分かってるから、前から結構人気らしいよ。生徒会長に聞いてきた」
「ゲンゲンゲン共が来るのは?」
「それは分からないなあ。ただ、銀造先生を観察してれば察知出来ると思うけど、あの直後じゃ怖いでしょ。僕は怖いから絶対付き合わないよ。やるなら本当に自己責任ね」
俺も嫌だ。アクア君の救援が次も来るとは思わないし、二度目ともなれば偶然では済まされない。先生だって彼を狙うようになるだろう。
「おーい朱斗。行くぞー!」
「……呼ばれちゃった。本当は君にも来てほしいんだけど、ねえどう? 今から恋じゃなくて友人を取ってみない?」
「お前は脈無しなのか」
「え、じゃあ付き合ってくれるの?」
「まだ無理」
「そういう期待させるような言い方はだね、決まって梯子を外す前フリと決まっているのさ。まあ精々頑張りなよ。君を一番理解してるのは私だって、そこは譲らないから」
「おい」
「……あ。じゃ、じゃあね」
遂に校内でも素の自分を晒し始めた朱莉に一抹の不安を覚えつつその背中を見送った。クラスに残っているのはこれで十人程度。テスト期間の間は多少モテていたが、多少学力がついた所で根本的な魅力は変わっていないようだ。先約があるとはいえ、誰にも声を掛けられないのは人間の闇を見たようで悲しい。
菊理のクラスを尋ね忘れたので、自発的に合いに行く事が出来ない。連絡先は交換しているのだが、いざ電話やメッセージを送るのは少し恥ずかしい。そういう関係でもないのに恋人っぽい気がして…………
『なんで分からないの』
よし、当ててみせよう。
それでもし外したら、電話しよう。そう勝手に納得すると、俺は一直線に保健室へ向かった。久方ぶりの再会を果たした場所。彼女だって連絡を入れてこないのだ、同じ意地を張って同じ事をやろうとしているに違いない。
保健室と職員室と校長室は例外的に出入りだけが自由で、占有は認められない。当たり前なのだが、それでも待ち合わせ場所にするだけなら咎められる事もない。
「お、匠ちゃん」
お気楽に構えた様子の菊理がベッドから足を降ろして待っていた。
「良くここが分かったね」
「何となくな。そっちこそよく俺が来るって分かったな。連絡来た覚えないぞ」
「匠ちゃんだったらここに来るかなって思ったんだよ。それで外れたら電話してみようかなって。あたし、やっぱりこういうの慣れてないからさ!」
「デートが?」
「まあそうなんだけど、その言い方ちょっと恥ずかしいな。匠ちゃんは随分慣れてるんだね」
ベッドから足を降ろし、隣に座る。恥ずかしいのは本当らしく、ゲームをしていた時より距離が遠い。
「恋人居たし。これくらいはな。イジメが止まってから山羊さんは恋人出来なかったの?」
「出来ないよあたしには。どっちかって言うと恋のキューピッドはやってたけどね。三人くらいあたしの頑張りで付き合ったんだよ、凄いだろ? 詳しい話を知りたいかい」
「んーいいかなそれは。山羊さん美人なのに、告白もされた事ないんだ」
「匠ちゃんは外見だけが大事だって思ってる? 性格が悪いとモテないぞ~。あたしはほら、知り合いの世話を焼きたいだけな所あるから、典型的な異性として見れないタイプって奴……って何でこんな話してるのさ。匠ちゃんナンパしに来たの?」
「いや、仲直りのデートに来ただけです。まあほら、そう固くならずに、友達とどっかで遊ぶ感覚で行こうや」
ベッドから降りて、手を差し伸べる。菊理―――山羊さんは何度か目を瞬かせると、嬉しそうに手を取ってくれた。
「匠ちゃん! 何処へ行こうかッ」
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