因果を知れどまつろわぬ



 最悪の寝覚めを覚悟した上で、敢えて言おう。



 友達の死に目を最後に向かえる朝は最悪だ。



 何が最悪って、この寝覚めにも拘らずきっちり睡眠をとっている自分が最悪。七時十五分に起きるとか健全極まっている。直前に見た夢は健全どころか人が人ならトラウマ必死。生涯を通して忘れられない思い出となるだろう。


 我ながら今度ばかりは死に対する感覚麻痺に感謝しないといけない。等と言いつつ枕が濡れているのはよだれかはたまた大量の涙か。目からよだれを垂らせるならそうに違いない。



 ―――何が起きたんだ。一体。



 夜の学校。俺が補習で残されている可能性は薄いので、直近でそうなる可能性があるとすれば星見祭の夜の部か、そこを超えた就寝時間か。どちらでもいい。杞憂ならいいなと使ってしまった結果がこれか。やはり山羊さんはどうでもいい事に首を突っ込んで、未来では遂に命を落としたらしい。俺なんて庇わなくても良いのに……なんて言っても、わざわざ世話を焼かせろと言いに来るくらい、菊理は何かと首を突っ込みたがる。言った所で無駄か。


 しかしマホさんがくれたこの札は本当に便利だ。感謝を想うだけであの女性の底知れぬミステリアスに引きずり込まれそうで、取り敢えず思考を打ち切る。今は菊理―――山羊さんの事だ。状況から全く情報が得られないので今一度死に瀕した彼女の発言を振り返る。



『……役目を、果たしちゃったね』


『いいん…………だ。これは。血の定め……なんて…………信じたく、ないけど。本懐。だから……』



 役目、とは何なのだろう。


 知りすぎれば身を亡ぼすとマホさんは俺に忠告してくれた。これは知り過ぎているのだろうか。いいや、それはない。友達の死を回避する為に必要な知識だ。下世話な言い方をすれば恋の切っ掛けにもなり得る出来事をみすみす逃そうとは思わない。


「血の定め……」


 声に出して読んでみると、不思議とその言葉に聞き覚えがあるような気がした。言葉というよりも……類似性? 何度か繰り返しで呪文のように唱え続けると、微かに脳裏を過った記憶を掴む事に成功した。


 我々は『おおかみ』の一族であると。


 それは大神家で発見した書物にかかれていた一文。大神家の開祖は腕の立つ猟師であったが故、生業の狩猟が獣の祟りを引き起こしてしまった。人に殺められ、その骸すらも利用される獣は人間を嫌う。その呪いは血族に連なる者を根絶やしにするという。俺の見立てではゲンガーの存在が照明されたせいで呪いも真実であると思い込んだ大神君の凶行だと……当時は思ったし、大神邦人ゲンガーが消えた今となってはその真偽がハッキリする事はない。


 重要なのは、大神家が『獣』に呪われた一族であるという点。記録を残した家長は代々最後に自殺を果たしており、その呪いを信じ込んだ彼もまた自殺してしまった。自らを穢れと断じ、曖昧な『獣』の幻想に唆され死んでしまった。



 あの家では呪いと呼ばれていたが物は言い様だ。『獣』の呪いを大神家の血脈に染みついた宿命とするなら、それは血の定めとも言えるのではないだろうか。



 彼女に家族関係の話を持ち掛けた事はない。初めて出会った時から今に至るまで、俺達は絶妙な距離感の中で付き合っている。お互いの事を知らず、知らせない。星見祭の日にその了解は破られるが、その日までは少なくともそういう関係だった。


 当日までに、聞き出せるだろうか。


 未来は変えられる。俺が何もしなければこの通りの未来になる。ただし朱莉に気付かれてはいけない。頼れるのはレイナか千歳か、自分だけか。ゲンガーに関係あるかは分からないが適当に騙してアクア君の協力を得てもいい。ゲンガーが関与するならドッペル団の出番でもあり、その時は団員以外との関係を悟られないようにしつつ殺害しないといけない。休むとは何だったのか。俺はいつになったら休めるのだ。



 ―――悪いな、山羊さん。



 俺は運命なんて信じない。俺と彼女が出会ったのは全くの偶然だ。だからこそ一会を大切にしたい。己よりも。命よりも。


「センパイ。朝食が出来ましたよッ」


 扉を叩きながら声を掛けるのは新妻後輩JKこと千歳……冗談。姉が寝ているので代わりに作ったのだろう。裸の付き合いというのは女子でもあるのか、お風呂では何らかの話題で随分盛り上がっていた。それは知らないが、姉貴が台所を任せても良いと思えるくらいには仲良くなれたようだ。


「おう。今行く」


「直ぐですよ? 遅刻しても私、手助け出来ませんからねッ」


「分かってる」



 もう美子みたいに、目の前で死なれるのはごめんだ。俺は惚れっぽい性格なので軽率に知り合いが全員好きだ。好きな人には死んでほしくない、未来を視たからにはせめて守りたいのは当然の事で、俺にはそれくらいしかできないし。





 『俺』には、それしかない。






















 千歳の協力は仰がず、学校へ。未来の情報を元に本人に問い質すのは恐らく間違っている。知りすぎれば身を亡ぼすとは恐らくそういう意味。情報の先取りで先手を打ち続ければ何処かで必ず裏目が生まれる。仮にゲンガーが関与していて、俺が『未来を視ている』と勘付けばどうなる。何としてでも俺を殺そうとする筈だ。それでは結局菊理を守れない。多分。


 足元を掬われないようにする為には協力者が不可欠。その候補は二人。アクア君とレイナだ。前者はゲンガーさえ関与しているなら幾らでも協力してくれるだろう。特別洞察力に優れている訳ではないが、今の俺は無自覚ながらきっと動揺しているので、隣に冷静な相方が欲しい願望は否めない。


 後者は『隠子』突破に際して実際に目の前で実演している。そこを契機に俺達は生存したので信じる信じないの工程は省かれよう。同じドッペル団の仲間でもあるので何ら気遣う必要もないが、何かと自分を軽視する感覚だけはマイナス点だ。菊理を助けたと思ったらレイナが死んでいたでは話にならない。


「匠君。難しい顔をするね。星見祭を心待ちにしている顔ではなさそうだ」


 机に肘を突いて悩んでいると、対面に朱莉が椅子を構えて座った。先程までは別の男子達と話していたようで、今は俺との会話を試みつつ、話題を振られたらその度に後ろを見て返事をしている。


 そんなに俺と会話したいのか。


「―――まあな。せっかく休もうと思ったのに何処かの誰かさんが変な情報吹き込むからそういう訳にも行かなくなって」


「それは……ごめん。でも教えなかったら文句を言いそうじゃないか君は」


「まあな。ただそんなに多数を相手するとなるとどうしても方針が決まらなくてな……大体そいつらは星見祭に何しに来るんだよ」


「事情説明とかでしょ。いつまでも隠し通せるものじゃないし、ここらでいっちょ新しく上塗りしないとね」


 それとなく探りを入れたつもりだったがあえなく躱されてしまった。残り二日がこんなにもどかしいと思った日はないだろう。この二日の内に何もかも解決出来るならそれに越した事はない。何の気兼ねもなく星見祭を楽しめるからだ。尤も、世界はそこまで俺に優しいモノではなく、またゲンガーも容赦はない。


「一応部活って参加しないと駄目か?」


「そりゃあね。星見祭も午前中は授業だろう。お泊りイベントをそのままの意味で採用してる学校なんかないよ。僕はあまり好きじゃない建前だが、修学旅行だって文化的学習がどうのこうのという建前があるだろう? どうして?」


「……部長から聞いたんだよ。銀造先生がちょっと……俺達を勘繰ってるって」


「へ?」


 心当たりはない、か。彼女がドジを踏んだ訳ではないらしい。朱莉は渋面を浮かべながら視線だけでその犯人を決めつけている。俺は頭を振ってレイナの援護に回った。


「日頃の行いで、アイツは違う」


「ふーん? 澪奈部長はうっかりやな所があるから、信用出来ないなあ」


「だとしても、今じゃない。他に色々考えられる可能性もあるだろ。俺達、何か失敗したか?」


「ふーむ」


 お互いに心当たりが無いなら、銀造先生は何をきっかけに俺達を勘繰っているのだろう。直感の時からそうなりそうな予感はしていたが、具体的に理屈を求めようとするとこれが難しい。大神殺しにはレイナも関与している。俺達だけがきっかり失敗をしたなんてあり得るのだろうか。


 ふと時計を見ると休み時間が終わりかけていた。一〇分なんて昔は随分長いように思えたが、年は取りたくないものだ。周囲に目を向けてみると、八割以上の視線が廊下に集中している事に気が付いた。


 吸い込まれるように俺も見て。朱莉もつられて振り返る。











「匠悟。朱斗。てめえら、ちょっと来い」

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