運命なんて
およそマルチなスペックを持つ草延心姫がどうして料理だけはからきしなのか。その理由は俺にも分からない。珍しく己の腕前を自覚しているのも、改善しようと積極的に料理経験を重ねていくのも精進としては正しい形にある筈だ。にも拘らずどうして上達せず、また人に害を与えてしまうのか。
何度考えてもその求道精神に問題があるとしか思えない。回答は恐らくそれだ。マホさん直伝のシークワーズを使っても多分同じ答えが出せる。姉貴はまずレシピ通りに作るという事をしない。厳密には作ろうと思っても作れないのだ。
さながらそれは方向音痴が如く、そのつもりもないのにオリジナルが加わる。塩を小さじ1と言われているのに大さじで掬ったり、一回掬ったのを忘れてもう一回入れたり。繊細な味わいはそれだけで崩れるが、では大雑把な味が変わらなければ家庭料理としては及第点。それは考えが甘い。彼女はそういう些細な間違いを二度三度、四度五度と繰り返し最終着地点を大幅に変えてしまう。
「たらのマヨネーズホイル焼き……って。何だ?」
「鳥団子と人参? キャベツ? はあ……弟君、料理ってこんなに色鮮やかなものだっけ」
「それは高度な自虐ですか?」
「う、うーむ。私は一体何処で間違えたんだろうか。さっぱり分からないや」
間違えてるとすれば何処もかしこも。料理下手な人間にバリエーションを求める方がどうかしているか。俺はこんな料理を知らない。千歳はあまり自慢をするタイプではないが、己の身に真の毒物を味わった手前、謙遜は嫌味になる。己の性質とをすり合わせた結果、『そんな難しい料理じゃないので後でレシピ残しますねッ』と言ってくれた。それ自体はとてもありがたい事だ。我が家の家庭料理にまた一つ色が加わるのだから。
だから問題は、そのつもりもないのにオリジナルを開拓する誰にも制御出来ないその腕前なのだ。
「マホにも言われたけど、私の料理って魔界料理なの?」
「魔界に謝ろう。魔族と人の全面戦争になったら姉ちゃんマジで戦犯だからな。姉ちゃんの料理は魔界とかじゃなくて……地獄の刑罰とかで食べさせられそうな奴だ」
「ごめん。私には違いが分からないよ」
「魔界料理の味付けが人に合わないのは当然だろうが。でもちゃんと料理っぽい味付けになってるだろうし、それと同一視するのはまずい。だって姉ちゃんの料理とコーヒーの粉みたいな奴だったら粉を直に食った方が美味いもん」
誰も魔界が実在する前提で話している事に突っ込まない。千歳は俺達のやり取りを笑っていたがどちらかと言えば苦笑いであった。普段は姉に対してあまり物言いをしない俺もこの時ばかりはズケズケと意見を言う。文字通りの死活問題を静観する理由は無い。もし静観していたら多分俺は死んでいる。
「そう言えば、マホさんにも食わせた事あんの?」
「あるよ。怒られたけどね」
「なんて?」
「生命の無駄遣いって」
端的に辛辣な感想だが、的を得ている。姉貴の腕前が人並みになる日は来るのだろうか。
「美味ぇ…………ふぉぁぁああああああ」
「……呪われてる可能性が出て来たね、私」
「姉ちゃん、流石にこれをオカルトに絡めるのは無理があるよ」
「―――そこまで感動されると反応に困るんですけど……良かったですね?」
「良かったよ。外食みたいなホラーもないし」
千歳の明るい気質が場を和ませているのか、姉貴を間に入れても食卓の空気は穏やかなものだった。ここには居ないので実感は薄いが、俺には姉貴の他にも家族が居る。両親はともかく妹との仲は最悪で、その食卓……いや、座敷牢に居たのを食卓も何もないか。まあ、楽しいものではなかった。昔の俺にとって楽しい事と言ったら姉貴と過ごしている時間だけ。
―――これが家族なのかな。
妹を妹と思えない俺に本物の何たるかを語る資格は無い。なのだが、それでも千歳のような女の子が妹だったらどれだけ良かったか。残念なのは千歳は血縁者でもないし、明確に異性として意識しているという点だ。間違っても妹はあり得ない。
「千歳はいつまで居るんだ?」
「やっぱり、お邪魔でしたか?」
何気ない質問だったのだが、言葉選びを間違えたらしい。後輩は眉を下げて悲しそうに俯いた。そんなつもりは本当に無かったので取り繕うように手を振った。
「そういうんじゃない。お邪魔だったらとっくに追い出してるだろ。家から帰ってくんなって言われた人間泊めるのは初めてでどうすればいいか分からないんだ。心当たりはあるか?」
「うーん。ありますけど……」
話したくなさそうだ。俺も人に言えない事情を抱える身なので突っ込もうとは思わない。ゲンガーを殺す為なら卑怯上等だが、こんな健気な後輩に意味もなくその姿勢は貫けない。もし尋ねたいと思うなら、その時は俺も全てを話さなければ。
「星身祭が終われば、多分。帰れると思います。でも…………センパイさえよろしければ……」
「ん?」
「―――何でもないです! 忘れてください」
お互い大変だな。
自分勝手に親近感を覚えてから、とりとめのない雑談と共に夕食は滞りなく終了した。
就寝前。
マホさんから貰った紙を片手に、俺はボールペンを宙で弄んでいた。ペン回しが出来ないのでずっと上に投げている。
―――誰に使おうかな。
千歳の事を知りたい気持ちもあるし、朱莉についての疑いをはっきりさせておきたい。レイナは単純に心配で、アクア君には興味がある。菊理は……
「山羊さんだな」
特別理由は無いが、あの世話焼き気質はどう考えても近い内にトラブルを起こす。無駄遣いになってもそれならば良し。まだ十八枚もある。
思わず声に出てしまったが不都合はない。それは彼女を知る人間でなければ理解しようがないのだ。家畜の名前か何かだと思うだろう。絵本の登場人物みたいに。
夜山羊菊理と書いた紙を枕元に、俺は眠りについた。
夢という名前の何かは、直ぐに目の裏を過る。
俺自身も死亡していた前回と違い、今度の視点は他ならぬ俺のものだ。夢を夢と自覚したまま動けるなんて妙な気分。明晰夢と言うのだったか忘れたが、未来を視ているので多分違う。ここはどうやら学校の様だ。外を見れば夜の帳が降りている。
周囲の状況を何となく把握した所で、俺に覆いかぶさっている彼女へ目を向けた。
「……役目を、果たしちゃったね」
夜山羊菊理。男勝りで世話焼きな気質とは裏腹に、寂しがり屋で自罰的な側面もある。ただそれだけの女の子が、腹部から大量に出血しながらも、俺に覆いかぶさっていた。当然ながら状況は分からない。尋ねようにも夢という体裁が邪魔をして自由に喋れないどころか身体も動かない。全身がふわふわしている。
「運命って……信じる……かい。匠ちゃ……ん」
「山羊さん……俺は」
「いいん…………だ。これは。血の定め……なんて…………信じたく、ないけど。本懐。だから……」
「何の話だよ山羊さんッ。死ぬ事が本懐なんて意味が分からないッ。なんで。どうして。俺の身代わりになる必要なんかなかったのに!」
身代わり?
俺は何かに襲われたのか?
校内なのに?
『隠子』とは訳が違う。俺は一体何に襲われたと言うのか。山羊さんの意識が薄れていくのは素人目にも分かった。次第に目の奥から光が消えていく。
「……あた……しは。うんめ…………とか。信じない…………けど。匠ちゃんと会えた…………ことは。運命だって………………思って」
「家畜を贄に……生き…………………………………」
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