アイに薪を 火に贄を

星見祭




『え、星見祭?』


 七月も中旬に差し掛かった頃の休日。怠惰な二度寝をしようとしていた所に飛び込んできたのはレイナからの電話だった。



 星見祭。



 建前はとっくの昔に忘れた。学生にとって重要な部分だけ言うなら全学年共通の学校お泊りイベントだ。五月に存在するイベントだったが、救世人教の一件もあって有耶無耶になってしまった。それどころではなかったという言い訳は理解しよう。実際、俺も忘れていた。



『体育祭は?』


『やる。夏休み挟んで。九月体育祭。十月文化祭』


『ハードスケジュールだな。つー事は修学旅行は十二月か……』


『そうなる。それで相談。星見祭は。学年の垣根を超えた。交流を目的としてるけど。その使い方は』


『主に男女交際の名目で使われており、学校は度が過ぎなければ黙認している、だろ。知ってるよ、ずっと美子のケツ追っかけてたんだから』



 分かりやすく言えばデート目的に使われている。度が過ぎなければというのは校内で著しく風紀の乱れたパーティを開くとか、パーティでなくても二人きりでエッチなことを……直接言及するのは控えさせてほしい。その領域なら、まだ俺はピュアなもので。



『もし。相手が居ないなら。私と一緒に。どう?』


『…………ああ、取り敢えず寝てもいいか? 二度寝する最中だったんだ。このまま起きてるとお前からの電話を夢と思いたくなる』



 時刻は朝の―――昼という人も居るが俺は朝と思いたい―――十時。二度寝をすれば午後を回るのは確実で、俺のだらしなさというものは姉譲りなのだと実感する……彼女をだらしないと呼ぶのは駄目か。あれは昼夜逆転及び昼夜順転の生活を繰り返して時間間隔が壊れているだけだ。



『はぅッ。そ。そう。ごめんなさい。先約が。欲しかったの』


『んー。そんな俺をモテモテ君みたいに言われても困るんだけどな。じゃなきゃ彼女作るのに苦労とかしてないし。因みにお前、俺以外に当てはあるのか?』


『…………別に。デートしなきゃいけないって。訳じゃないし。一人で。楽しむわ』



 そう言えばレイナはクラスではクール系で通っている事を思い出した。ただ寡黙なだけとも言うが、もっと単純に人見知りなのだろう。知り合いの男が居れば―――例えば、ちょっと前までうちの部活に在籍してた後輩とか。



『そうかー。ん、じゃあお休み』


『お休みなさい』



 電話を切ってカレンダーを確かめる。今から三日後。水曜日か。ほんの少し着替えが必要なだけというお手軽さもあって開催までの日数が異様に短い。これではゲンガー捜索に際して何の仕込みも行えないではないか。


 寝るというのは嘘だ。そのイベントを思い出してのんびり眠れる訳がない。色々と考える事がある。何せ『隠子』はゲンガーの見分け方について何も教えてくれなかった。



 ゲンガーと確定した大神君も慧ちゃんも襲われた。



 つまりあれは怪異ではない。人でもないだろうから……結果よく分からない。俺達は怖い目に遭っただけで何も持ち帰れていない。これが骨折り損のくたびれもうけという奴だ。姉貴には以降そういう場所に行く時は必ず自分を通せと釘を刺されてしまったし踏んだり蹴ったり殴ったり殺したり……




 ―――お腹いっぱいだなあ。




 大きな失敗はしてないものの、この活動に意味を見出せなくなったらおしまいだ。モチベーションを保つ為にも、祭りの当日くらいはゲンガーを忘れてみるのもいいかもしれない。


 なんか、特に理由はないが。疲れたのだ。本当に。


 自室を出て隣の部屋にノックすると、返事が返ってきた。入室許可と見なしてノブを回す。




「千歳。調子はどうだ?」























 火翠千歳の腕は、いつの間にか治っていた。


 目を覚まして直ぐに本人は帰ろうとしたが、家に電話したところ何故か帰宅拒否をされ、成り行きで暫く俺の家に泊まっている。着替えが家の目の前に置かれていた時は恐怖で思わず声をあげてしまったほどだ。


「は、はい。お蔭様で随分元気になりました。有難うございます、センパイ」


「……なんか元気無さそうだな。今のお前は『こんにちワン』とかやりそうにないぞ」


「き、緊張してるだけですよ。センパイのおうちに、初めて来たので」


 一糸纏わぬ姿でもないが、彼女は布団で下半身を隠し続けている。ワインレッドのパジャマ姿に何を恥ずかしがって……説得力が無くなりそうだ。パジャマとは無防備の証。俺に気を許してくれたみたいで、凄くそそられる。


「せ、センパイ。今、センパイのお姉さんは居ないですよね」


「居るけど寝てる。姉ちゃん大体昼は寝てるから。内密の話か?」


 俺の家に居るだけの人に内密とは意味の分からない話だが、特別五感が優れている訳ではないので、扉さえ閉じれば十分内緒話は成立する。


「私。結構寝てました、よね」


「んー丸一日は寝てたな」


「ヘンな事、言ってませんよね。ヘンな事、してませんよね」


 千歳は薄く頬を染めて俯いてしまったが、さっぱり心当たりがない。そこまで恥ずかしい寝言を言っていたかどうか……そもそも寝言なんて言っていない筈だ。彼女が目覚めるまで学校を休んでドッペル団に仮病の共犯を担わせてまでもつきっきりで様子を見ていた俺が保証する。一年生で断トツ人気の美人は伊達じゃない。寝顔はいつまで見ても飽きなかった。


「言ってない」


「そ、そうですか。なら良いんですけど」


 何故モジモジしているのかがさっぱり分からない。恋人が居たのに女心の理解不足とかマジ? 姉貴なら分かるのだろうか。会話を繋ぐのが下手なせいでやや気まずい沈黙が場を支配する。やりきれなくなってその場に腰を下ろすと、意を決したように今度は千歳が立ち上がった。


「センパイッ。ほ、星見祭って知ってますか!?」


「おお。君より知ってるよ。三年生だしね俺。やっぱ連絡は全員来る感じか。レイナだけ謎の情報網使ってんのかと思った。準備期間無さ過ぎだよな。仕方ないけど」


「良かったら…………じゃなくて」


 自分を勇気づけるように胸の前で腕を組んで。後輩は目を瞑りながら叫んだ。












「センパイと一緒に過ごしたいですッ。だ、駄目でしょうか!」

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