都合の良いかみさま
帰宅を知らせる声をあげた瞬間、俺は殴られることを覚悟していた。夜の十時に『ちょっと出かけてくる』と言い残して出て行った弟の帰宅が午前二時。しかも背中に見ず知らずの後輩を連れている。人攫いとは思われなくとも姉貴にはすべてを問い質す権利と俺を嬲れる権利がある。それくらいの心配をかけた。死亡する事はなくても、こればかりは不可避の未来だ。
何故千歳を連れて来たのかと尋ねられたら怪我をしているからだと返すしかない。ずっと背中に女子高生を背負っていると一周回ってむしろ存在が空気になりつつあるが、彼女はまだ意識を取り戻していない。病院へ行って『怪異にやられました』なんて言ったら漏れなく俺も診察される恐れがある。薬物的な意味で。
だから姉貴を頼りに来た訳だ。千歳の家事情は全く把握していないが、今回集合出来た上に警察が周辺をうろついている事も無かったので大丈夫だと信じたい。玄関を抜けて、深く息を吸い込む。
「ただいま」
昼夜逆転生活をしがちな姉貴ならまだ起きている。一階の明かりはついていなかったから寝ている可能性も勿論ある。暫く目を閉じて音を聞いていると、二階からドタドタと騒がしい足音が聞こえ、階段付近で雪崩が発生。「あいたたた」と足を踏み外してそうな声も一瞬、懐中電灯が顔に当たって視界が狭まる。
「…………
「うん。ただいま」
「……」
痛いのは嫌だが、覚悟はしている。右から来るのか左から来るのかは分からない。或は正面? 早い所俺を罰してほしい。そうされるだけの謂れがある。そう素直に諦めていただけに反応が遅れた。姉貴は懐中電灯を切って代わりに一階の電気を点けると、瞳を潤ませ、しかし決して涙は流さず。
「…………うん。おかえり……!」
ただ純粋に迎えてくれた。
お姉ちゃんは、ヤサシイな。
そんな気持ちを振り払う。忘れろ。もう『隠子』は終わったのだ。雑念に気を回されている内に手を引かれてリビングへ。姉貴は千歳を俺から引き取ると、それをソファで寝かせてから二つの椅子を引いて、片方に座った。
「……家族会議です」
「え」
「お姉ちゃんに何も言わずに何処へ行ってたのか、話して。ゲンガーとは違うでしょ」
やはり全部お見通しか。姉貴には敵わない。言われるがままもう片方の椅子に座り、神妙な面持ちで家族と向き合う。
「えーと、『かくりこ』の所へ行ってました」
俺はあの情報を知らない。そのままでなければいけない。マホさんから貰った力がなければ全員死んでましたなんて、実際起きてもない出来事を伝える程心労を重ねる言葉はない。心なしか姉貴は少しやつれているようにも見える。余計なことは言わなくていい。
「……良く生き残ったね。あれは事前知識がないとほぼ詰みの噂なんだけど』
「姉ちゃんは行った事あるのか?」
「まあね。オカルトライターなら『隠子』に突撃取材くらいかまさないと。弟君は知ってるの? どうやって生まれたとか、そういうの」
「いや……あ、『かくりこ』は隔離の子じゃなくて隠しの子ってのは聞いた」
「聞いた……少しは詳しい人が居たのか。じゃあ納得だ」
まさかそれが自分だとは思いもしないか。マホさんがくれたこの紙は一体何なのだろう。
「その人の言った通り、『かくりこ』の正式名称は隠す子供で『
「増殖鬼ごっこ?」
「遊びから抜けようとしたり、或はとっくに死んでると、その人は『隠子』の力で復活して、自由行動可能なオニになるの。教えられるんだって、生きてる人を食べれば復活出来るって。まあそれは嘘なんだけど」
「……因みにつまらないって言った時はどんな遊びなんだ?」
「それは隠子の『禁忌』だね。『こっくりさん』にこっくりさん自身の質問をしちゃいけないとか、十円玉を処分しないとか、そういう駄目な行為の事ね。私が取材に行ったのはそこが理由でもある。『禁忌』を踏んでも生き残れる可能性があるから比較的無害だと思ったの。三つ同時―――言われた人は誰かと接触した状態で対応する色に触りながら隠れる必要がある」
分かる訳ない。
あの時はたまたま千歳の身体に色が入っていたから助かった。それと來原君の生存。ルールも糞もない不公平さに、今更ながら『隠子』は俺達を逃がす気なんて更々なかったのかもしれない。誰かが発狂すれば遅かれ早かれそのワードを言った人間は出現しただろう。
「話が逸れたね。捨てられた子供達が静かになったら、神社の方で一人―――今はもうないけど、奥にある沼に子供を一人沈める。一人鳥居でロープを固めて首を括る。一人小屋の中でバラバラに引き裂いて殺す。後は残った子供たちが起きるまで待って、起きたらオニの扮装をして全員で襲うの。神社がわざわざ山の奥深くにあるのはそういう非人道的な行為を行う為でもある。ちゃんとルールだってあるんだよ。『隠れ鬼』『色鬼』『外れ鬼』。三つのルールを徹底して子供達を殺していく。それが弟君達を巻き込んだ『遊び』の正体だよ」
「……えーと。俺達が出られなかった理由は?」
「『隠子』は死後の世界の子供。弟君達は一旦死んでたんだよ。だから出ようにも出られなかった」
あの景色にはそういう理由があったのか。姉貴の綺麗な黒髪もきめ細やかな肌色も白を基調とした縞々の服も正常に見えている。正しい景色と視界はこんなにも色鮮やかで美しいものか。あの世界を出てからずっとそれを実感している。
「その話を聞いてて疑問だったんだけど、望まれない子供を殺すのに何でそんな真似してたんだ?」
「座敷童をね、作ろうとしたの」
姉貴は侮蔑の笑みを虚空に浮かべる。
「座敷童は分かるよね。妖怪か神かはともかく。家に居ると幸運をもたらすっていうアレ。犬神じゃないんだから無理なんだけどね。誰が言い出したんだか座敷童は作れるものだって……いや、分かってるけどさ。人間ってね、勝手なんだよ。望まない子供とは言ったけど、その子がもたらす幸運にあやかれるならあやかりたいと思う人があの神社に子供を捨てる。座敷童となった子供が血の繋がりを辿って自分を幸せにしてくれたらなんて。馬鹿みたいでしょ」
「その話。本当なのか?」
オカルト話にとって禁断の質問。本当に恐怖体験をしてきたのは分かっているからこそ尋ねずにはいられなかった。姉貴は意味深な視線を俺に向けてから、安心させるように目を閉じた。
「さあね。それが真実かどうかは分からない。これは都市伝説と呼べないような古い口承。座敷童に見立ててどうのこうの。そんなのは後世の肉付けかもしれない。『他人事』にもそうであった方が面白いと考えた人達が広めたのかもしれない。怪異なんてそんなもの。都市伝説なんてそんなもの。全部嘘で、全部真実。参加した弟君なら分かるんじゃないかな」
密室は結界。
使った物は元通りに。
そんな話は一度として出て来なかった。あの世界に居る間『隠子』に共感していた俺は微塵も疑いなど抱かなかったが、始まりはあちらではなく、騙りの為に形式が大事と言い張った俺が先なのだろうか。
「―――でも」
「あの神社が捨て子を引き取ってて、それを殺してたのは本当だよ」
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