正しいケ色
聞き逃した言葉は恐らく『井戸に三つの遊びの共通点にある物を入れる事が出来れば勝ち』だ。大分意訳が入ってるのではないかと? その通りだがここまで来れば間違いないだろう。実際、『色鬼』の度に確定で色が塗られる場所はあって、そこにこれがあったのだから。
「……一応足から順に入れるか」
「それは。何で?」
「何となく気持ち悪い」
反対する意見はない。それなら頭から入れても同じだが、同じならやはり足から入れても問題ない訳で。そこに拘りを持とうというなら何か理由があるから。
相田君は俺の言う通り姿を消してくれた。片腕が折れているというのに何処へ行くつもりだろう。ここでもし全員脱出を果たせば、彼の言う脱出方法とやらは永久に実行出来なくなる。
右足と左足を投入。チャポンと水面の跳ねる音は聞こえたが底は見えない。不気味だ。水音とは言葉上の表現であり、この下にあるものが本当に水かどうかは分からない。水のような『何か』という可能性もある。
「山羊さん、胴体貸して」
「……ごめんよ匠ちゃん。あたしがふがいないばっかりに」
「いいよ。こういうのは女の子に任せるものでもないから」
らしくもない事を言って素性を誤魔化す。死体を触る事に慣れているなんて言えない。既に今更感はあるものの、どうせなら徹底的に足掻いてみるのが悪党の醍醐味という奴ではないだろうか。
「クロ色どーこだ」
そのルールの指定に、誰もが一瞬困惑した。ここはアカとクロの世界だ。それが基調になって構成されている世界でクロ色の指定とは何事か。刹那、世界からクロが失われた。井戸の底を隠す闇も、景色全体を塗り潰していたクロも、一斉に塗り替わって―――
真っ先に動けたのは色の事など気にも留めていなかった俺だけだった。萩澤慧を渾身の力で殴り飛ばし、井戸に投げ込まれようとした頭部を救出。
「えッ! ちょ、匠君!?」
「―――やっぱりこうなったか。おかしいと思ったッよ!」
立ち上がろうとする慧ちゃん目掛けて頭部を投擲。それ自体はキャッチされたが、彼女も勢いは殺しきれず尻餅をついた。すかさずマウントポジションへ移行し、『灰色』に染まった彼女を殴り続ける。
「なになになに! え、匠ちゃん!?」
「匠悟!」
明亜君を除き、全員が俺の凶行に目をシロクロさせている。その気になれば簡単に止められる筈の菊理も俺の本気に圧倒され足が石化していた。
それはそうと最初の一撃がかなりまずい場所に入ったらしく、慧ちゃんの抵抗は弱弱しいものだった。手に持った相田君の頭部でどつかれたりもしたが、気にせず何度も殴っているとやがて気絶してしまった。
「ごーう」
「朱斗! 刃物!」
「え、あ? え……あ」
「早く!」
説明している暇はない。制限時間は十秒しかないのだ。振り返って手を伸ばすと、明亜君のゴツゴツとした手が重なった。掌に折り畳みナイフが置かれている。
「しーち」
直ぐに刃を起き上がらせて腹部に一刺し。強引に下腹部へ向けて切り下すと刃は肉の感触を感じないまま存外あっさりと色を切り開いてしまった。骨も無ければ内臓もない奇怪な体の中に眠っていたのは血塗れの頭部。この場の誰にも似ていない。
確認する暇もなく、後ろに振りかぶって投げた。
「きゅーう」
形式が大事だと俺は言った。
これが飽くまで遊びなら、こう締めくくるべきなのだろう。
「じゅ―――」
「みーつけた!」
―――――――。
声が止んだ。
アカと灰色に変わった世界は相変わらずだが、『隠子』はいつまで経っても現れない。五分、十分。十五分。いつまで待ってみてもルールが提示されない。
「……終わったの?」
「……終わった。みたい」
「これで、帰れるって事?」
「遊びなら勝ちって事でいいんすかね」
誰もが不安に思う中、俺は一人『隠子』を想う。
本当に彼は、楽しかったのだろうかと。
こんな遊び相手を減らすような危険な遊び、再現性がない。噂が広まれば誰もここを訪れなくなるだろう。例えば俺達のような生還者が吹聴したら。例えば姉貴みたいな熟練者が来てしまったら。
「…………俺達の、勝ちだ」
ニワカに過ぎない俺が何を考えても的外れになるだけだ。どうやら姉貴は『隠子』の事を良く知っているようだし、帰ってから聞いてみるのもいいだろう。もしかしたら怒られるかもしれないが、泣かれるよりはマシだ。全員死亡の最悪の結末を回避出来ただけ良しとしよう。
―――コン。
「ん?」
井戸の端に何かが落ちた気がする。この場に居る誰にも聞こえなかったようだ。横目に視線をやると、遊ぶ前より無くなっていた柄杓が一本転がっていた。何故こんな所にとも思ったが、『隠子』について知った今なら分かる気がする。
遊びに使った物は元に戻す。
それが最低限のマナーであり、俺がでっちあげた形式だったではないか。危うくこれを忘れる所だった。
―――ありがとう。
さて、それは俺が言ったのか。それとも俺ではない誰かが言ったのか。
「匠ちゃん。急になんであんな事したのさッ」
怪異との遊びに勝利した俺達だが、人間社会に安心という言葉はない。全員の緊張がゆるんだところに、菊理が空気の読めない質問をぶちかましてきた。
「理由が必要なのか?」
「必要だよッ。事と次第によっちゃ、あたしは今から匠ちゃんをボコる」
「……」
痛いのは嫌だが。それ以上に彼女との仲を拗らせるのは嫌だ。都合が良いとか悪いとかではなくて、単純に不愉快だ。明亜君に一瞥を送って助けを求めると、彼は小さく頷いて先輩である彼女に向けて淡白に言った。
「菊理さん。慧は相田の頭を『かくりこ』の頭部として入れようとしたんですよ。形式が大事って事なら、『かくりこ』を見つけたいのに別人の頭を入れたら全部台無しになる。で、本物は何処にあったかって言ったら慧のお腹の中」
「だったら取り出すしかないだろ。アイツはもう死んでたんだから」
それは誰もが知る所となった情報。萩澤慧の死体は人間と呼ぶには中身が足りず、ガワだけの薄っぺらい存在であった。生物学的に臓器もなければ骨格もない存在をヒトと呼ぶ事は出来ないが、一方で彼女が生きていた瞬間を俺達は知っている。
この矛盾に納得をつけるには『萩澤慧は人ならざる人らしき存在』になってしまったとするしかない。早い話がゾンビで―――『かくりこ』の手先とか『魔物』とか、後は好きに補完してほしい。俺はニワカなので正しい答えを導き出せない。
「…………そう。じゃあ信じるよ。でも」
何かを言いたそうに言葉を繋ごうとしてそれっきり。
境内に帰って来た。
俺は千歳を背中に背負っているので手水舎への柄杓返還は明亜君に一任した。彼が居なければ本体探しに更なる工程が加わっていたので今回のMVPと言っても差し支えない。手水舎に柄杓が返還される、これで元通りの鎮沼神社。
「帰りましょう」
景色にはまだ異常が残っており、一体いつになったら解除される事やら。そろそろ本当にこの色が正しいような気もしてくるが、そんな事はないと思った全員が鳥居を抜けて来た道を戻った。瑞々しく色づく葉っぱが左右に並び、夢幻の闇を色づかせる。アカとハイとミドリ色。殺風景の単色ケ色が俺達の帰り道。二度と繋がる事のない何処かと現実の通り道。
―――パキッ。
前方で枝を踏む音が聞こえ、間髪入れずにもう三つ。先頭を歩く明亜君に続いて菊理、レイナ、朱莉の足だろう。俺もすぐにそこを通り過ぎる―――
ふと背後が気になったので足を止めて振り返ると、何か見覚えのある影が俺達に追いつかんと必死の形相で走ってきていた。
「…………てぇぇぇぇぇぇぇ」
「まああああああああってえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええゑえええええええええええええええええええ得得ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええエエええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!」
「―――ああ」
本物らしく足掻くと言うのなら、応援しよう。運が良ければ次の誰かが来てくれて、その時に助かるかもしれないから。
「君はそこで、もう少し遊んでるといい。さようなら、大神邦人君。ゲンガーはもうお腹いっぱいだから、むこう百年は『隠子』の遊び相手として頑張ってくれ」
枝を踏んで、通過する。
「おれもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおでえええええええええええええええええええええたあああああああああああああああああああああああああああああああああああ―――」
背後にはもう、誰も居ない。
居たとしても見つからない。
きっとそれは、神隠しに遭ったから。
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