血みどろノスタルジア
「ではまず、彼には足りなかったと思う?」
「事前知識。『かくりこ』はネットじゃ隔離された子供―――『隔離子』だって言われてるけどそれは間違いなの。本当の呼び方は隠す子供で『隠子』。都市伝説というよりは伝承に近い怪異なんだ。この金岬市の負の歴史……どうしてそんな都合よく歪んでしまったのかは分からない。噂話に尾ひれは付き物だが、これは切除しすぎだよ。遊んでただけの子供が神隠しに遭って笑い声や足音が聞こえるとか……にわかが面白半分で行くに決まってんじゃん」
「個人的な怒りはともかく、実際はどうなの?」
「『隠子』は望まぬ妊娠、不貞行為の結果生まれた子供、家の事情で捨てなきゃいけない子供みたいな公には出来ないが処分したい子供の俗称だよ。だから単純に隠し子とも言う。隠し子を隠したままなかった事にしたのが『かくりご』なの…………場所だけでも連絡くれたら教えたのに」」
幻花は隣に置いてあったクリップボードを手に取ると、留められた紙を見つめながら堂々と話を逸らした。
「それにしても……全員死亡か。こんな事になるなんてね。冗談半分で怪異を怒らせちゃいけないのがよく分かるよ」
「『隠れ鬼』『色鬼』『外れ鬼』。タクも他の人も知らなかったんでしょ。それか、終わらせる方法が分からなかったか。他の怪異もそうだけど、 生き延びるだけで助かるなら苦労なんてしない。特に『隠子』は隠世と親和性があるから―――」
「じゃあ、どうすれば良かったと思う?」
「井戸に―――」
景色にノイズが走る。心姫の顔が伸びて縮んでザラついて、白い砂嵐に紛れて薄くなっていく。
「三つの――――――共通―――」
「―――る事が出来れば、勝ちで―――」
「起きて。匠悟! 起きて!」
ノイズの原因が判明したが、それについて咎めるよりも必死になって俺の身体を揺さぶる彼女の形相には鬼気迫るものがあった。肝心な情報を見逃した部分に対する怒りは取り敢えず収めて、直ぐに身体を起こして起床を端的に伝える。
「状況は?」
「さーん」
理解した。
しかし本殿は物がなさ過ぎて隠れ場所が無い。どうやら賭けに負けてしまったようだ。肝心な時にいつも二択を外すなんてついていないを通り越して哀れではないか。誠実さの欠片もない嘘を繰り返し、続けた者の末路か。どうせ死ぬなら幸せな夢を見たまま殺してほしかったが、そこをレイナに求めても仕方ない。
「こっち。来て!」
「隠れ場所に心当たりがあるのか」
「ある!」
自信満々にそう言い切る彼女の顔には諦観など微塵も感じられない。それは己に対して抱く希望と言うよりも他の誰かに命を預けている、言うなれば全幅の信頼とも呼ぶべき希望に溢れていた。そこには最早目を背ける余地はない。レイナの信じている相手とは俺の事だ。
誰もこの紙を使ってどんな事が起こるのかを把握していないから、きっとヒントを不足なく獲得していると思い込んでいる。哀れな話だ。『隠れ鬼』が始まったばかりに俺を助けようとしたその行為が、ヒントの決定的な部分を欠落させてしまったのだから。
が。
決して無意味だったとは思わない。俺と一緒に死んでも良いという人間を散々作っておいて、本人が諦めてどうする。弟が未来でお姉ちゃんを泣かせてどうする。
―――攻略してやる。
あれだけヒントがあれば十分だ。
レイナを信じてついていくと、辿り着いたのは隠れ場所と呼べそうもない小さな草むら。しかもここは建物でも無ければ密室でもない。『かくれんぼ』ならこういう場所は使えないだろう―――と先程までは思っていたが、『隠れ鬼』なら話は別だ。
千歳をうつ伏せに寝かせてから、その横で二人仲良く匍匐姿勢に入った。俺は気付くべきだった、『色鬼』の条件を満たせなくて追跡された事そのものを疑っていれば良かったのだ。何故俺は提示されたルールに従わないと即死すると思い込んでいたのだろう。
「じゅーう」
原因は扉越しの速水君だ。彼は秒数が終わった瞬間に殺されたが、あれが良くない先入観の始まりだった。
『隠子』の足音が遠ざかったのを二人で確認してからもう一度千歳を抱き上げて立ち上がる。そろそろ腕の感覚が無くなってきた。
彼女は軽いが、それでも人間一人。何度も何度も抱えようとすれば流石に重くもなる。
「ヒントは。貰えたの?」
「おう。そろそろ遊びを終わらせないとな」
アカと黒の世界にも目が慣れてきた頃だ。それで名残惜しいとかそういう感情は全く湧いてこない。何故なのかはよく分からないが、今は『隠子』の気持ちが手に取る様に分かる。共感はしない。理解した上で拒絶する。
何故なら俺は人間だから。
何故なら君は怪異だから。
そして俺には、死んでほしくない人が居るから。
「『隠子』は三つの遊びから成っている。『隠れ鬼』『色鬼』『外れ鬼』。制限時間は一律で十秒。ルールはほぼ文字通りだ。『もういいかーい』は隠れろという合図。『〇色何処だ』は色の指定。そして一番分からなかった『僕と一緒』は多分、誰かと身体が接触してないといけない」
存在を認められない子供。言い換えるなら、天涯孤独を強いられた子供だ。『僕と一緒』という言葉には自分と同じ外れものを求める仲間探しの要素が入っている。
だからトイレを出た來原君が死亡した。ルールがよく分からなかった今までは最難関だったが、判明すれば一番温いルールだ。千歳を抱えている限り俺がこれで殺される事はない。
「接触……私。誰とも接触した記憶がないわ」
「そりゃ無意識だからだろうな。俺も山羊さんと何処が接触してたのか見当もつかない。まあルールが分からないから無理もないな。これまでに死んだ速水君と來原君がこのルール提示の際に死んでるからまあ間違いない」
確実に言える記憶として明亜君はあの時善意にはやる千歳を抑え込んでいた。だから彼も無事だったのだ。
「遊びを強制する怪異なら当然、勝利条件は遊びに勝つ事だな。それも独立した遊びにそれぞれ勝つんじゃなくて、三つ同時に勝つ必要がある」
「……どういう事?」
「お前には話してなかったか。姉ちゃん曰く、怪異は形式が大事なんだ。これはデタラメとかじゃない、あの人本職だし。それで思ったんだが、『隠子』は遊びの形式をかなり大切にしてる。考えてもみろよ、ただ俺達を殺したいだけなら遊びを吹っかける必要もないし、吹っかけるにしても嘘を吐いて一まとめにしたところを襲うとか、無法なりのやり方がある」
「……そうね。その気なら。初手で死んでるわ」
「つまりその気じゃない。だからこそ『形式』を守らない奴は死ぬ。勝手に遊びから抜けようとする奴とか、提示されたルールに従わなかった奴とか。俺達はただ言われたルールをこなしてるだけじゃ無理なんだ。もっと根本的な部分に触る必要がある」
もう一度眠るのはリスクが高い。
二連続も短いスパンも無いとは言ったが如何せんそう言い切れるだけの証拠は何処にもない。単に今までの傾向を振り返っただけ。だからここで終わらせるのが一番安全で、最も危険だ。
俺には前提知識なんて少しも仕込まれていない。
これは未来でお姉ちゃんが教えてくれたヒントを基に推測を立てているだけ。外せば文字通り致命的な失敗となり、先程見た夢の通りの結末を迎えるだろう。
「遊んでて神隠しにあった子供っていう噂なのに、何故かその子供が鬼をやってる。いつまでもいつまでも鬼が変わらない。そんな遊びってどうなんだろうな。だから『隠子』は遊び相手が欲しいんじゃないか?」
子供同士の遊びはどうやって終わらせているだろう。そこには制限時間などあってないようなもの。例えば暗くなる前に帰れという親の言葉がその役目を果たしているだけで、子供はいつまでもいつまでも遊べてしまう。それを無理やり終わらせるなら。
「『隠子』はきっと逃げる側もやってるし鬼側もやってるんだろう。でも鬼ごっこは鬼が遊びをやめればそれ以上成立しない。だから俺達で鬼を交代するんだ。指定された色に触ってて、隠れてて、誰とも身体が触れていない『本物』を見つけてな」
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