一緒に死んでくれ



「ミドリ色どーこだ」



 本殿に辿り着くと首のない御神体がミドリ色になっていたのでそれに触れてやり過ごした。当然誰も居ない。明亜君も菊理も言われた通りの役目を果たしている最中だろう。こんな事になるなら菊理を連れておくべきだったか。結果論なので仕方なし。


「レイナ。お前、俺の身体を運べるか?」


「一人じゃ。無理」


「だよな……」


 そして千歳はこの様。リスクが高すぎる。誰かもう一人。主に菊理が欲しいが、二人いれば流石に運べるので人手さえいれば何とかなりそうなので我儘は言わない。その人手をどうにも出来ないので色々と文句を言わせてもらう。


「レイナ。お前も俺と同じようによく分からんルールを聞いてきたと思うが、何か気付いた事とかないか?」


「…………」


 エロエロな所とか、精神が不安定な部分を除けばレイナの頭は良い。学があるのと頭が良いはまた別の話という理屈も分かるが、頼る先が彼女しかないのだ。同一視させてほしい。レイナは顎に手を当てていつになく真面目に考え込んでから、一つ絞り出した。


「色の付く物体に。法則が。ある気がするわ」


「……そうか。因みになんだが、次に言われる言葉を予測出来たりは」


「当てずっぽう」


「そうなるか」



 提示される間隔はランダムと思われる。


 暫定『色鬼』に法則がある?



 これだけでどうにかなる訳ないだろう。


「何を。心配してるの」


「暫く、俺は自発的に動けなくなる。だからどうしても『かくれんぼ』だけは引きたくないんだ」


「……どういう。事?」


「色ならまだどうにかこうにかなる可能性があるだろ。もう一個は条件不明だから考えても仕方ない。『ぼくといっしょ』じゃさっぱり分からん。だから危惧するべきは『かくれんぼ』だ。ちゃんと隠れないといけないっぽいから俺の身体を動かせる人が居ないとヒント以前に死ぬ」


 間隔がランダムなら最長インターバルを気合いで引くという手段もある。要するにお祈りなので頼りたくない。ただでさえ不利を極めた状況をこれ以上搔き乱してたまるか。レイナはうんうんと己の中でたった今受けた説明を咀嚼していたが、不意に首を捻り、喉に詰まる疑問を吐き出した。


「何をするつもり。なの」


「え? 寝る」


 ふざけているのか、と視線で咎められた。微塵もふざけていない。俺は至って真剣であり、それがこの理不尽な遊びを生き抜く為の手段だと本気で信じている。これは確かに卑怯かもしれないが、公平さを求めるなら『かくりこ』には最初にルールを説明してほしかった。相手が不公平に攻めてくるならこちらだって考えがあるというだけ。


 こんな場所にまで風紀を求めるなと視線で抗議すると、彼女は顔を真っ赤にしてスカートを抑えた。


 見えてないよ別に。  


「実はこんなもの、貰ったんだ」


 そう言ってポケットから取り出したのはマホさんから貰った紙を取り出した。これまた白にあってシロに非ずの異物。アカと黒の世界に浮かぶ白い紙は、見慣れている筈が酷く不自然に思えた。


「これに名前を書いて、枕の下に入れて寝る。するとその人の未来が視えるらしい。使った事がないから効果の真偽は分からないが、藁にも縋る思いだ。やるしかない」


「書く物は。どうするの」


 肝試しに来てまで筆記用具を準備しているような勤勉な生徒はそもそもこんな場所に来ない。古ぼけた神社なら筆くらい用意してくれても良いだろうに、それは都合が良すぎたか。この場で手っ取り早く用意出来る筆記用具が無かったので、仕方なしに俺は漫画の見様見真似で親指を噛んで出血させた。


 ほんの少しの傷を作るだけなのにかなり痛い。涙が零れそうだ。


「匠悟ッ」


「大丈夫……助かる為なら手段は選ばないさ。それから枕は……」


 勿論千歳。マホさんは『枕に入れて眠れ』としか言っておらず、その種類については拘らなかった。ならば気絶中の後輩を抱き枕に見立てて 行うのもありだろう。発想が色々な意味でいただけないのは分かっているが命には代えられない。どうせ動けないのを良い事に唇を奪ったのだ。今更何を躊躇するものか。


「ちょっと。待って。本気なの?」


「じゃあ枕探すか? 見つからないと思うけどな」


 日用品は人が存在し、実際に使用するからそこら中に転がっているのであって、こんな神社には壊れた枕も見当たらない。あればその方が不自然だ。


「待って。匠悟。今。気付いた事があるわ」


「この場で使えそうなら採用する」


「ルールは。二回連続で。来ないの」


 …………成程?


 思い返せば確かにそんな気がしてきた。サンプルが少ないので確定とは言い難いものの、縋るには充分な情報だ。それと含めて、俺も引っかかっている事がある。



 ごく短時間にルールが提示される事はない



 『かくりこ』はルールを提示しているという前提に基づいている仮説だが、これを差し引いても何らかの提示を短いスパンで行わないという仮説に代わるだけなのでかなり信憑性は高いと思っている。例えば『かくれんぼ』が終わった直後に『色鬼』とか。良く分からない奴とか。こちらに考える時間すら与えなかったケースが過去一度もないのだ。


 もっと端的に言おう。これは二択だ。レイナを信じて次にかくれんぼを引くまで待つか、自分を信じて今すぐに行い、かくれんぼが提示されないのを願うか。


「俺と一緒に死んでも良いか?」


 彼女はそんなバカげた質問に眉を顰めたが。


「……あの時。私は。死んでたから。どうせ今度も死ぬなら。…………な人と。死にたいわ」


 一部声が掠れて聞き取れなかったが大意は伝わった。俺は俺を信じる事にしよう。泥仕合は勘弁願う。無力な人間様にとってこの状況はジリ貧を招くだけだ。


 千歳を胸に抱きしめて瞑目しようとすると、背後に新たな温かさが密着した。この場で俺の背後を取れる人物は一人だけであり、行動の意味が分からないので、訝しげに尋ねた。


「……お前は寝なくてもいいんだぞ」


「死ぬ時くらい。自由にさせて。大丈夫。寝ないから」


 死ぬかもしれないという状況で人は安眠を約束されない。直前まで俺はその事に全く気が付けなかったが、不思議と今は眠れる気がした。二人の美少女に挟まれているからなのだとすれば、本当に『俺』はお気楽で。


 或いは『他人事』のように無関心なのかもしれない。 




 


















 草延心姫は泣いていた。


 四肢があらぬ方向にねじ曲がり、死体と言うよりは何らかの不良品のようになってしまった弟の死を悲しんでいた。


「…………私、そんなに信用されてなかったのかな」


 隣に座るのは彼女の友人でもある幻花。泣き腫らした上で更に泣こうとする心姫の涙を無言で拭いていた。その表情に悲しみは無く、同情も無い。何かそういう『真似』をしているようだった。


「お姉ちゃんが守ってあげるって言ったのに……! なんで怪異に一人で関わっちゃうのかなあ!? ねえマホ……私ってそんなに頼りない?」


「私にどう答えろと言うのかな。慰めが欲しいなら言葉を選んでくれ。君とはもうそこそこの付き合いになるけれど、未だにその『感情』が理解出来ないんだ」


「…………ううん、そんな事は望んでないよ。私も良く分からないだけ。何で頼らなかったのかなって。『かくりこ』は何も知らない人がちょっかいを出して良いモノじゃないのにさ……」


「私はあまり興味がないけれど。危険なんだっけ」


 心姫が涙を振りまきながら頭を振った。


「危険どころの都市伝説や古い怪異に比べたらまだマシだとは思ってる。でもそれは私がおかしいだけで、何も知らない人なら危険なんじゃない。もう―――どうでもいいよ。タクが死んだら、生きてる意味なんてないもん」


「そうとは限らないさ。私も協力するから、『かくりこ』について改めて整理しようか。二度と、いや。一度としてこんな事が起きないようにする為にも」


「意味わかんない!」


「でも気は紛れるよ」


 ほんの一瞬。







 幻花は『こちら』を見て、口元を緩めた。

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