あソぼ ? う
「センパイ、センパイ何処ですかッ?」
火翠千歳が戸惑いを隠せない様子で彷徨っている姿を発見されたのは柄杓の捜索から十五分後の事だった。
「火翠さん、どうしたの?」
「センパイが消えちゃいました! 後、山羊先輩も……」
「……何だって?」
場を仕切っていた人物の失踪は集団心理にとてつもない衝撃を与えた。立場や考えは個別にあるとしても、この場に居る者の殆どが取り敢えず彼―――草延匠悟をリーダーとする事に不満を持っていなかった。三年生で、異様に冷静で、『かくりこ』に対する知識を人一倍持っていた。
狙われるのは、当然だ。
違うとすれば生き残りの火翠千歳に疑いはかけられないという事。今までの発言と行動、そして今度は二人が消えた―――うち一人は襖を蹴りで壊すような武闘派―――という状況。彼女に疑いを持つ人間は今まで何を見て来たのか。
だから全員が同情し、絶望した。自分達を導く人間が消えたのは許容出来る不測を超えていたのだ。ただ一人を除いて。
「火翠さん。落ち着いて。事の経緯を話せる?」
「はい……センパイが、『大神君が怪しいから男同士で話してくる』って言って、それで本殿の…………裏の方に行って。心配になった山羊先輩も見に行って…………消えちゃったんです……!」
火翠千歳は悲しさというよりもまだ困惑が勝っているようで、涙を滲ませる気配はない。現実を受け入れられていないのだろう、その場でペタン座りをしたと思うと、明後日の方向で『センパイの声!?』などと錯乱状態に陥っている。彼女が捜索に参加出来る状態でないのは明らかだが、それ以上にすっかり落ち着いた主催者への疑念を、全員が隠し切れないでいた。
「……え。え? 俺知らないですよ! あ、あの人が嘘吐いてます!」
「いや、嘘かどうかはさておき草延さんは間違いなく君に会っていなくなってる。邦人君、自分が無実だと言うなら、会って何を話したのか教えてほしいな」
「俺は知らないんですって! 明亜さん、疑わないで下さいよ!」
「火翠さんが内通者の可能性は限りなく低いと俺は考えてるよ。それは君以外の全員に思う所がある筈だ。草延さんが内通者だった場合は違うし、彼女が内通者ならあの時は草延さんを庇わず便乗するべきだった。でもそれをしなかった」
「内通者が二人以上居る可能性もあるでしょ!?」
「草延さんがそんな重要事項を見落とすとは考えてないよ俺は。もし意図的ならあの人が内通者で、やっぱり火翠さんは違うしね」
たった一手の些細な事故とそれ以前の状況により、大神邦人は逃げ道を失った。この場で一番簡単な責任転嫁は発言者そのものを咎める事だが、火翠千歳の善性がその選択肢を端から潰している。否、それを使うかもと考えたなら、もっと発言すべきだった。草延匠悟と鷹夏明亜のどちらかに与するか、第三の立場として積極的に場を引っ張るべきだった。
消極的な人間に交わり、成り行きに全てを任せたのが敗因だ。
「…………ッ。で、でも。嘘を吐いてるんだから仕方ないでしょ!」
その発言には何の力もない。泣こうが喚こうが、只一人リーダーに疑問をぶつけ続けた明亜が主導権を握るのは当然の流れであり、彼に疑いをもたれたらその他一切の、先程まで自分が混じっていたグループからの不信も避けられない。
「取り敢えず、生きてるかもしれない四人が見つかるまでじっとしててくれない? 俺の考えだと『子』は自発的に誰も襲えない可能性があるから、もし君が内通者じゃないなら縛られてても被害は発生する筈だ。いや、むしろ被害が出てくれるなら君は草延さんに続いて人確定の枠に入れる」
「何ですか!? 普通に『子』が襲った可能性だってあるじゃないすかッ!」
「それが出来るなら、内通者に何の意味もないんだよ」
鷹夏明亜は暴く。
草延匠悟の嘘と、その穴を。
「澪奈さんが消えてから内通者の話になったのは覚えてるよね。で、その後草延さんは内通者が内通者になったタイミングについて話してたけど、まずここがかみ合わない。内通者の役割は情報の提供の筈だ。朱斗さんが消えた理由はそうでもないと説明がつかない。そして、それが澪奈さんの失踪とは何の関係もない」
「……あ、そっか! もし内通者にも『子』と同じ事が出来るとしても、あの女は奥の和室で寝てたから」
「そう、触れない。澪奈さんが消えた件は多分、密室が何処かで解除されてたのかな。俺達はあの部屋を詳しく調べてないから分からないけど―――その前に、勝利条件。俺達は『子』を見つけないといけないんだから、もし『子』が直接襲えるなら内通者なんて作る必要がないはずだ。霊的に言えば多分内通者って憑りついてるとかそういう状態なんだと思う。『子』の行動をサポートするんじゃなくて、内通者が『子』のターゲットを指定してるんだ」
「『鬼』は!? 『鬼』が襲った可能性がありますよ!」
「こういう場所は『形式』が大切なんでしょう? なら『子』を探す鬼と、俺達を身代わりにしたい『子』にだって形式がある筈だ。多分消えた人達が身代わりにされてるんじゃないかと思ってるけど……」
コミュニケーションゲームの醍醐味は、その名前が示す通りコミュニケーション。聞き手に回った時点で話し手が味方に居なければ、詰むのだ。
「私、あの部屋に縛っとくッ! こいつのせいで散々疑われてたまったもんじゃないし!」
内通者探しは、これにて閉幕した。
アンモニア臭漂う和室に連れ込まれた大神邦人は、それとは全く無関係に胸倉を掴まれていた。
「話が違うでしょ……怪奇現象になぞらえて襲おうって言ったのアンタじゃん」
「俺にも分かんねえよ。他の奴等も全然居ねえし、本当に怪奇現象は起きるし、最初から予定と違うもん」
「もう、馬鹿でしょマジで。とっとと逃げるしかないじゃん。私達も消えましたで終わればアイツ等自滅し合うでしょ」
「いや、それはないな」
『他人事』はここまで。
俺の声と共に、家の外側に隠れていた菊理が二人を制圧。口を塞ぐモノを用意せねばという焦りは、即座に昏倒させる彼女の当て身技術により解決した。そういう技術は加減を誤ると普通に人を殺す気もするが、『偽物』は人間に見えるだけのバケモノと教えたのと、たった今盗み聞きした会話が功を奏した。
とっくに負けたと思っていたから油断したのかもしれないが、壁に耳あり障子に目ありとも言う。油断するべきではなかった。
「し、死んでないよね」
「ええ、自分でやったのに? 大丈夫だよ、誰かの尿に暫くキスするだけだから」
この騙りにおける最期の問題点。
大神君をどうやって内通者に仕立て上げるか。
寡黙だから怪しいというのはほぼ難癖レベル。これが気軽に集まって行うゲームで、陣営の勝利そのものを目指す場合に初めて合理的になる理屈だ。黙ってて怪しい、喋り過ぎて怪しい。命の懸かった状況でそれは慧ちゃんと何も変わらない。
沈黙していれば取り敢えず怪しまれないと考えたなら彼は賢い。正確にはどうやって引きずり出すかが思いつかないだけだが、何にせよ嫌な戦法だった。
だから二人を騙りに協力させた。
当然難色は示されたが、俺達の最大の敵は『偽物』もといゲンガーだ。それを特定する為と説得したら渋々了承してくれた。千歳には余計な情報を教えない方が良いと思ったので、彼等に話す情報だけを言い渡して俺達は一旦姿を眩ませた。だからあの困惑は正しい。
後は明亜君が自分の中で理屈をつけて大神君を引っ張ってくるだろうと信じて待機した。この計画からも分かる通り大神君を取り敢えず処分してから潜伏者を見つけようと思っていたのだが、とんだ入れ食い状態だ。お蔭で潜伏まで見つけられた。
「山羊さん、ありがとう。『偽物』は見つけられたら人生終わりのかくれんぼガチ勢だから、このまま放置すれば消えるよ」
「ん。あたしは匠ちゃんに全部乗っかっただけ。そのままの山羊さんで居てって約束だったろ? 頼ってくれて嬉しかった。あたしの方こそありがとね?」
恥ずかしそうに笑う菊理に、俺は何を返せば良いのだろう。悩んだ末に拳を出すと、予定調和で彼女も拳を突き出した。
「あー、どうやって俺達生存してたって事にしようか。取り敢えずこの家から出るとしても、あんまり遅いと誰かが見に来るだろうし」
「それは大丈夫でしょ。朱斗君が反対方向に走ってったのさっき見えたし」
え?
この暗闇で見えたのか?
等と驚いてしまったが、菊理はこの作戦に参加した時点から朱斗も澪奈も『偽物』の件を承諾していて何かしているんじゃないかと思っていたようだ。こういう所にも粗があった。次回似たような事をするつもりなら気を付けねば。
そして彼女の予想通り、待てども待てども誰も家に踏み込んでこない。不安になって外へ飛び出すと鳥居近くで集団が朱莉を囲んでおり、その制服と裸身はズタボロに切り裂かれていた。
「ああ、匠君ッ! 良かった……無事だったんだね」
果たして何の話かとも思ったが、取り敢えず話の流れに乗っておく。菊理が余計なことを言わないよう、左手で握って牽制する。
取り敢えずそれっぽいので、涙も滲ませておく。良く分からないが片膝を突いて労わるように頬を掌で触ってみる。
「あ、ああ。お前のお蔭でな。レイナは?」
「はぁ……あああ……うう。多分、何処かで、休んでるかな……」
「何があったんですか?」
「……おかしな場所に迷い込んで…………はぁ…………怪物に襲われた。全員、死ぬ所だった……うう…………!」
そこでようやくストーリーを察した俺は素早く発言に割り込むように繋げた。自傷してまででっちあげた物語を無駄には出来ない。
「ああ、子供の足音とか笑い声とかそんなチャチなもんじゃない。一つ目の怪物に襲われた。山羊さんだけだよ、まともに逃げ切れたのは。でも、出られなかったみたいで。そしたら朱斗が自分を囮にして逃げろって……」
「に、逃げたんですか……?」
「残った方が男らしいとは思わないな。『子』をどうにかしに行った方が全員が生き残る可能性があった。現にこうして俺達は無傷で帰還した。『子』をやっつけてきたんだ。そしたら『子』は内通者を巻き込んで、消えた。全部、終わったんだよ」
『子』さえどうにか出来れば。
それは内通者という存在を捏造してからもハッキリしていた目標。『子』によって消え去った俺達が戻って来た原因は必然『子』の消滅だ。ただし存在する人間を『子』に仕立てるのは難しいので、内通者としての代償を新しく設定した。
果たしてその内通者が誰であったかは、随分と戻らぬ二人以外に居るだろうか。
「……慧が、内通者。二人居たんですか」
「ああ。とにかくこれで、全部終わりだ」
もう、疑い合う必要はない。さっさと朱莉を病院へ連れて行こう。
最後の確認として、人数も把握しよう。誰か一人欠けていたら色々とボロが出てしまいそうで恐ろしい。大神君と萩澤慧が死んだので残り十人。取り敢えずゲンガー以外は全員生存。
――――あれ。
足りない?
待て待て。どうしてそう思った。あれはそう。家で密室を作っていた時だ。あの時、ドッペル団を除く『十人』が密室を動いていた。ドッペル団とは俺達の事で、参加者が十二人であるならその頭数は九人でなければならない。一人多い。
不意に右腕の袖を掴まれ、我に返る。
振り返ってから、そちらは菊理を掴んだ手とは逆である事に気が付いた。
「ね ぼく アそび せな イで
え。 の おワら よ
ミ な 苦 と あ ソ
ん ぼ 亡? 」
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