噂への冒涜
きっかけは少し前まで遡る。
山本ゲンガーと俺が接触した切っ掛けを作ったのは本物の山本君だ。彼が『美子についてとんでもないことを知っているかも』と言ったから旧校舎に移動し、そこで襲撃された。朱莉と協力関係を築いていこうは本物との接触を避けていたが、レイナ達と三人でご飯を食べに行った時、彼がどうしてもとメッセージで画像を送って来た。
それは美子と山本君が夜の校舎で会っている時の写真。
本物同士に接点はない筈なので、これはゲンガー同士の密会と考えられる。山本君はきっと自分で自分を目撃する異常を知り、本当は見なかった事にするつもりだった。けれども美子が自殺して次の日に美子が登校するなどと、夢でもなければ頭がイカれたとしか思えない俺を助けたくてあの時話を持ち掛けたのだと思われる。つまり彼は誰よりも早くゲンガーの存在を知っていたし、俺の言葉に正当性があると考えたのだ。
気になるのは、ゲンガーの特性。互いの正体を知らないので報連相が出来ないという点。基本的にはその通りだと思っている。問題なのはリスクが高かろうと何であろうとゲンガー同士が接触したという事実の方だ。これを前提に考えられる可能性が二つ。
嘘を吐いているか、勘違いしているか。
もっと分かりやすく言おう。この時点ではまだ一割とか二割の疑いだ。わざわざ敵対的な立場に身を置く程の溝ではないが、全面的な信用をしない理由にはなるだろう。だからこの計画は大神君とそれ以外の潜伏ゲンガーと、朱莉を試すものでもある。
だから彼女―――火翠千歳を誘った。
大神君には目的がある。それが何かは分からないが、千歳を誘ったのだ。人選に意味があろうとなかろうと、きっと頭数は必要であろう。俺からのお願いでも後輩は良い顔をしなかったが、『家に招待する』のと『今度二人で何処かにでかける』という条件を呑んでようやく首を縦に振ってくれた。因みに理由を聞くと、『センパイともっと仲良しになりたい』というかわいらしいもので、危うく死にそうになった。ギリギリ致命傷。
菊理の方はほぼなりゆき。強いて言えば朱莉とレイナを除けば信用出来る人間が彼女くらいしかいなかった。彼女は姉御肌というか、いじめられっ子だった経歴に相反して誰かの世話をするのが好き(猶更イジめられていた理由が察せる)らしいので、元から乗り気だった。
『しょーがないなー匠ちゃんはッ。 うし、山羊さんが一肌脱いでやろーじゃんッ』
『変態』
『何で!?』
冗談は通じなかったが、頼られて嬉しそうな彼女を見ていたら心が満たされた。それで協力を取り付けて、詳細を説明して今に至る。
では二足わらじを履く事になった俺の視点で説明しよう。
これはゲンガーと、信用出来る人間を選別するイベントである。大神君側の思惑は知らない。どう終わるつもりでも彼だけは殺すつもりだ。これ以上は看過出来ない。彼が怪異かその類なら姉貴は協力者になってくれるだろうし、何よりレイナにも躊躇がなくなるだろう。本物じゃないだけの偽物―――暫定人間が、単なるバケモノになるのだから。それはとても良い傾向だ。メンタルケアにも限界はある。
違うなら、あぶり出しには使えないのでこの計画はボツだが、怪異を隠れ蓑に大神君を安全に処分出来るのは素晴らしい。潜伏ゲンガーが大神君に接触してくれたら御の字だがこれは期待するだけ無駄だと思っている。
行動計画票なんてものは存在しないのでほぼアドリブだが、肝試し中はドッペル団と女友達組の方を行き来しながら色々と走り回るつもりだ。レイナはこの計画を了承しているので俺のサポートに回ってくれる。主に朱莉へのカモフラージュを。
「いやーすみませんこんな、ねー。集まっていただいて!」
集合場所でもある山道の入り口に、学年混合の十二人が集った。
「肝試しって名目なんですけど、なんかもう探検気分で行きましょう! 大丈夫大丈夫、死ぬとかあり得ないんで!」
「あんな火事になって燃え尽きてないってのは本当なのか?」
「マジです! 俺がちゃーんと下見してきましたから。先輩方も或いは俺の同級生も、最近下らないじゃないですか、ねえ。変な事件ばっかりでテストもあってちっとも面白くない。なんでね、今日はスリル満点の肝試しを楽しんでいただこうかなって思ってます。あ、でも転んで怪我とか普通に危ないんで、ライトは絶対付けてくださいね」
時刻は夜の十時。こんな夜に学生が集まる事自体、死に対する恐怖が薄れている何よりの証拠かもしれない。気づかれないように敢えて遠くに固まっている千歳と菊理を確認してから、組織仲間の下へ。まだ活動はしていないのでドッペル団とは名乗らない(活動中はコードネームを使う)。
「なんで十二人なんだろうね」
「誘えたのがその人数だったんじゃないか?」
「うーん。まあ、今は考えても仕方ないか。所で匠君、吊り橋効果ってご存知かな?」
「恐怖と恋愛感情が似てるって奴だったか?」
「そうそう。カップルがお化け屋敷に入るみたいなものだよ。男女比が釣り合っている訳じゃないが、本筋を忘れないならそういうのも……アリだと思わない?」
そう言って朱莉は自然な流れで俺の腕を取った。度々思うのだが、本当に性別を隠す気があるのだろうか。彼女の正体がバレた所で組織活動が止まる訳でもなし、『他人事』なのでどうでもいいが、迂闊すぎるとまた別の意味で危険だ。
「……俺は構わないけど、あれだぞ。怖がりって事にしとけよ。じゃなきゃ手を繋ぐ意味が分からないから」
「ん? …………あ、ああ。そうだね」
俺が横目に怪訝な表情を見せると、今度はそんな彼女の腕を取る女性の姿があった。レイナだ。
「こっちの方が。自然じゃない?」
「え……」
「まあ、そういう意味ならな」
うまいやり方だ。本当の性別を知っているという情報が秘匿されて初めて有効になる戦術。朱莉の相手を彼女が引き取ってくれるなら動きやすくなる。俺としては歓迎したいが、あまりそういう雰囲気を露骨に出すと何処かでボロが出るかもしれない。
「ぼ、僕は匠君と一緒がいいなあ。ほら、澪奈部長は他の参加者といい感じになりなって。男同士で仲良くしてるから!」
「怖いの?」
「怖い訳ないよ。お化けなんて嘘だからね」
ゲンガーを相手にしておいてそれを言うか。
内々でふざけている間に大神君を筆頭とした肝試しのメンバーは既に山道へ入っていた。大勢がライトをつけているので、夜の山にしてはまだ明るい方だ。
「そうだ。ねえ手を繋ごうよ。三人でさ。それならはぐれる心配もないし」
「集団で。歩いてるのに。そんな心配?」
「あんなにたくさんライトがあったら明るすぎて雰囲気壊れるくらいだよな」
「そういう油断を奴等は狙うんだッ。手を繋いでおけばその人物はまだ居るって分かるだろ?」
お化けを信じていないとは一体。
口では否定しても怖がりの精神が滲み出ている臆病な朱莉を連れて、俺達も列に続く。恋人繋ぎに握りしめた手から、早速冷や汗のようなものが伝った。
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