人身布告
テストは二日間に分けて行われる。テスト最終日から部活動は滞りなく再開されるので、部活大好き人間のモチベーションは初日と比べると段違いに高い。俺の方も万全だ。早朝にマホさんのマッサージを受けたお蔭で身体中が軽い。数学と化学が二日目に集中している件は如何ともしがたい。初日は幸運だと思ったが今になれば不幸だ。
―――いよいよあれに頼る時なのか?
化学式や数式にも有効なのかは分からないが、『どうしても』という状況でそんな事を考えている暇はないだろう。百点を取ろうとは思わない。しかしワンチャンス掴めるかもしれない。ならやろう。組織の命名権を取れなくても何ら致命的なデメリットはないが、勝負である以上全力でやりたい。何事も全力でやるのが人生の楽しみ方だと、姉貴は言っていた。
答案用紙が配られて、インターバル。試験開始と同時にペンを取った。本番で出題されたテストはどれもこれもマホさんが出した問題に近い。解き方は同じだろう。いつにない速度で記述が進み、少しでも多くの時間を確保せんとする。
―――他の家庭教師でも同じ結果だったかな。
答えは否。美人であるという点でモチベーションの保ち方が変わってくる。このクラスに限れば九割九分の男子が同意してくれる筈だ。でなければマホさんブームは訪れない。そして、仮にそういうサービスをしている会社があったとしても、家庭教師という役に求められるのは美貌ではなく指導能力の高さであるべきで、まともに選べば美人なんてむしろあり得ない。理想と現実は違う、色々な意味で食い違っている。美貌は求められないと言ったばかりだが、モチベーションを保っていたのは間違いなくその容姿とスタイルな訳で。
マホさんは理想と現実の中間に居るオバケみたいな存在と言える。
つまり姉貴グッジョブ。
恋人にはなれなかったが、良好な関係は築けたと思っている。お蔭で俺はこうしてまともな勝負の場に立てている。組織の命名権は俺の物だ。
「む…………」
試験中の私語は禁止だが溜息や無声音くらいなら黙認される。この場合の私語とは誰かに話を振る程度の一般的な声量を指している。
―――こんな問題やったかな。
記憶がない。
じゃあ使おう。配点は答案用紙の中では最高点だ。入学したての頃、当時の担任は言っていた。『テストは基本的に点数をあげるつもりで作っているが、一問か二問くらいはあげないつもりの問題を出している』と。
全ての先生がその法則を持っている訳ではないだろうが、少なくともこれは点数を上げるつもりがない。一生懸命記憶を探しているが心当たりがちっとも浮かんでこないくらいだ。探し場所を間違えると風呂上がりの谷間とか机に乗った胸とかが出てきて困る―――うーん。自分でも思ったより見ていた。タンクトップ姿のマホさんとか、今のテストのどんな問題よりも鮮明に思い出せる。
テスト時間残り十五分。彼女に授けられた最後の手段を作り終わった。答案用紙を埋め尽くしたら消しきれなさそうなので可能な限り小さな文字で作成。それでも真っ黒い壁みたいになってしまったが、これで一体何が分かると言うのだろうか。
「………………あ?」
正体が分かったかもしれない。
これはシークワーズだ。
それ自体はちりばめられた言葉から単語を探すパズルの一種だが、わざわざテストの対策としてこれを出したなら必ず意味がある。わざわざ『不正ではない』と念を押した事も考えて―――残り三分。
目を皿のようにしてようやく見つけた。
原理不明だが、このシークワーズには問題の答えが隠されている。その有効性は点数で証明するしかない。どうせ分からないのだから、当てずっぽうでも何でも頼れるなら頼ろう。
テストの終わりを告げるチャイムが鳴った。
これで全て終わりだ。
「「「お疲れ様~」」」
焼肉屋で俺達は祝杯を挙げていた。テストを無事に超えたお祝いと言った所か。名目は何でも良い。それぞれの手にあるのは各々の好みに合ったソフトドリンクだが何も問題はない。理性があってもパーティは盛り上がる。
「さぁて、今日は部費でぱあっと盛り上がろうッ」
「え。それは。私の。責任?」
「真面目に受け取るなレイナ。一般部員に部費をどうこうする権利はないからな」
ちゃんと割り勘なので話をややこしくしないでほしい。大神君も誘うべきかと迷ったが、その場合組織の命名権で争っている話を持ち出せないので何となく他人行儀にならざるを得なかった。よく考えたらこの選択肢に意味はない。一年一人と三年三人。誘いやすさを考慮すれば彼が外れるのは必然である。朱斗の所には個人的な誘いが来ていたようだし、それならば仲間外れになっても恨みっこなしだ。
「打ち上げを純粋に楽しみたいから早速ぶっちゃけるんだけど、答案ってその日に返ってくる訳じゃないから気が早いよね」
「それは言うな。テスト自体は終わったんだから」
「答案は。帰って来ないけど。点数は。出るわよ」
レイナが慣れた手つきでタン塩を焼きながら呟いた。女子はもう少しヘルシーなものが好きだと思っていたが流石に偏見が過ぎたようだ。彼女と好みが同じなのは偶然か。いやいや、好みなどほんの少しの誤差でしかない。焼いた肉は美味しいものだ。
網の上にはタン塩とカルビとミノが並んでいる。一先ず注文したもので、これから精一杯楽しむつもりだ。犯罪者たる俺達にも日常を楽しむ権利はある。またいつかの攻防に備え、今はたくさん食べようではないか。
「救世人教の。一件以降。先生達は。早めにそういう仕事を。済ませたいみたい」
「何で?」
「さあ。学校は。時々。意味のない事を。するから」
毒がある言い方だ。大方生徒が死ぬと事務処理が面倒だとか、クラスの平均を作る際に手間がかかるとか。そういう小さな理由が原因だろう。普通の社会でも人が死ねばクレジットカードを止めるだの口座を止めるだの、死亡届を出すだの火葬だのと面倒な手続きが存在する。多分それが嫌なのだ。
人が死んでいるのに何を馬鹿なと思うかもしれないが、度重なる誤報は確実に人々を無関心なものにしている。特別なイベントであった死が、ありふれた陳腐なイベントに成り下がろうとしている。ならばこの反応も頷けよう。退屈はひたすらに面倒なのだ。
「風紀委員会の。取り締まり基準にも。点数があるみたい」
「点数が低い奴は取り締まられるのか? 権力の横暴だろ」
「目をつけられてるだけよ。そういう事だから。用紙の返却はさておき。点数の通達だけなら。その内来るの」
良い具合に焼けた肉が皿の上に移動する。この場の仕切りをレイナが行っているのは自主的で、俺達も積極的に否定しようとは思わなかった。威厳は全くないがこれでも部長だ。都合の良い時くらいは立てようとも。
「美味…………ああ、最高。白飯があると満足感がマシマシだな」
「体育祭が終わった後もこんな感じで打ち上げする?」
「その時は。家か。何かで。バーベキュー風味で」
「お、いいねえ。まあちょっと気が早いか。この治安じゃ体育祭が夏休みの前か後かも分からないし。そっちの計画を立てる方が良いかも」
「プール。あるから。後は。考えにくい」
高校生にとって……早い者なら中学生から水泳の授業は中々どうしてセクシャルな意味を持つ。普段は意識もしないような女子も、スク水を着れば意外と可愛い事に気付いたなんてザラだ。勿論周知のアイドルが想定通りに魅了する事もある。
朱斗は適当に理由を付けて見学しているので、今年も参加しようとしないだろう。無理やりにでも参加しようとすると下はともかく上丸出しの痴女スタイルで挑む事になってしまう。断崖絶壁の貧乳と言えども胸は胸。うっかり他の男子が目撃すると目も当てられない状況になる、絶対。
「毎日焼肉とかやりだしたら胃が死にそうだけど、何回か集まるくらいは悪くないかもな」
菊理やら千歳も俺が誘えば来るだろうか。毎度毎度一人で外食しようとすると何故かお会計済みが続く為、お金の使い道を考えられなくなっている。誰かと仲良くなるつもりならその方針で集中的に金を注ぐのも手段の一つか。マホさんと姉貴と俺の三人で行きたいかも。
「あ、肉で思い出したけど、近況報告ね。普段隠してる場所に誰か別の人が来てる形跡がある」
「最悪の。思い出し方ね」
「そんな思い出し方ってないだろ」
俺達が揃って顔を顰めても、朱斗は話を中断しなかった。『他人事』だから気にしないとまでは言わない。空気くらいは読む。カレーを食べてる時にあの話をするくらいありえない。
「自分がマークされてるって思う人はいる?」
「テストには真面目に臨んだからないと思うんだけどなあ」
「大神君。とか?」
「それはないね。あそこに行くのは不自然すぎる」
空気の読めないテーマもあったが、基本的には雑談が続いた。三人で肉を突きながら思い思いの事を喋っては食べるこの時間が、ともすると一番幸せかもしれない。この瞬間だけ、俺達は普通の学生で居られる。『他人事』さえも遥か彼方へ。
ふと視線を逸らすと、レイナが携帯を腰で覗いていた。
「点数。来たわ」
「お、順位は?」
「…………匠悟が一位」
「……マジで!?」
付け焼刃の基礎力でレイナ達に勝てるとは思っていなかった。命運を分けたのはやはりあのシークワーズだろうか。細かい点数配分は不明らしいが、総合点数が判明すれば十分。
「組織の名前。どうするの?」
「いやあずっと前から思ってたんだけど、俺達も人間様の偽物なんじゃないかって思ってな」
「……匠君。それは」
「ゲンガーって意味じゃないぞ。ほら、普通の人は殺人なんてしないし、死体遺棄もしない。正義の為と法に背く真似はしない。だろ? 『本物になる為に人を殺すゲンガー』と『本物を守る為にゲンガーを殺す俺達』は、きっと似て非なる存在だ。鏡みたいなものでさ」
だから考えた。ゲンガーに対して全力で喧嘩を売る名前を。彼等がどんな目的で侵略しているかはさておき、普通になろうとする彼等にとって、それは屈辱的な姿勢だろう。
俺達は人間の偽物。
ゲンガーも人間の偽物。
その本質がどちらの側に立っているかという部分だけに齟齬がある。それ故に俺達は生き写し。善悪を違えただけのコピー。
「だから組織名はドッペルで行こうと思う。俺達はドッペル団。ヒトを守るヒトならざる影法師。全人類の為に俺達が堕ちるんだ」
人殺しの大義名分としては、十分だろう。
「活動中は前回使用したネームで呼び合おう。テストで一位を取ったんだ、文句はないだろ?」
「細かいルールは後で整備する感じ?」
「私は。構わない」
「全会一致の原則につき、決まりだな」
本物がいなければゲンガーはなり替われず、故に存在出来ない。
ヒトが居なければ俺達は偽物を殺せず、故に存在できない。
ドッペルとゲンガーの争いは、これからも続いていく。
どちらかが滅ぶその時まで。ドッペルゲンガーに『
これはそんな偽物達による醜い侵略戦争の話。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます