取り敢えず、三角関係?

 俺は、原則として全てを軽んじないつもりでいる。その油断がいつこちらの足元を掬ってくるか分からないからだ。『他人事』だからこそ注意出来る事もある。だからどんなに教科担任の指導が下手くそでも決してそれを口には出さないし、それで点数が落ちても自分の責任という事で終わらせていた。

 マホさんの授業を受けてからというもの、なおさら授業学校の授業に集中出来なくなった。理由に邪さがないとは言わないが、単純に教え方が下手な可能性もある。ただ、頭に入らないのはいつもの事なのであまり俺の尺度は信用されるべきではない。

 単純に勉強に集中出来ないと言った方が正しいかもしれない。局所的な記憶能力君は勉強がお気に召さないようだ。



「耳寄り情報でーす。匠君が美人家庭教師を家に呼びましたー」



 特に理由はないが唐突に帰りたくなった。

 昼休みの喧騒は右から左に知識が抜け続ける授業よりは耳に入る。それは今の俺にとってウィークポイントも甚だしい。朱斗は男だ。少なくともこの学校に居る限りは男であり続ける。他ならぬ教育機関が朱斗を男と認めたのだ。だから男子用の制服を着ているし、男子と同じ授業を受けている訳で。

 以前にもあった通り、朱斗は俺という相方を抜いても男子に人気がある。悪ノリの代表みたいな奴だ、好かれるのは必然である。そんな男の話に食いつかない男子は殆ど居ない。悪ふざけに乗っかってしまうような軽いノリを持つ男子ならまず仲良しになれる。


 ―――俺は一体何の怨みを買ったんだ?


「マジで!」

「俺らも頼もうぜ?」

「何処で頼めるんだ?」


「……家に来るなよ。マジで」

 マホさんは言葉の節々からダウナーな印象がある。ゲンガーの存在を知っていて尚『あんなのどうでもいい』と言い切ってしまうくらいには気だるげだ。彼等を家に招くのは俺としても控えたい。その一線だけは朱斗も弁えており、俺から住所を聞き出せないと分かるや男子達は噂の発端に注目したが、彼女が突然梯子を外した事により下世話な方向へ進んでいた話は終末を迎えた。

 あの家は、拠点でもある。

 本物かどうかも明らかでない者に踏みしめる敷居はない。それを言い出すならマホさんはどうなのかと言う話だが、それはそれだ。『ゲンガーかもしれない』で過敏になり過ぎたら日常生活を送れなくなる。アレルギーも斯くやの拒否反応を示せばむしろ発見されやすいだろう。大体がしてとうに総理がゲンガーなのは明らかなので、過激派は今すぐ自殺するしかない。

 かなり居心地が悪いので教室を出ようとしたら朱斗が阻止してきた。通り抜けようとすれば肩を掴まれて反転。自分自身の机に押し戻される。

「で、本当に誰なのあの人」

「知らないって」

「知らない訳ないでしょ。あんな美人が知名度ゼロとかあり得ないから―――ってそうじゃなくて。僕を一発で見抜いた。普通じゃない」

「んー……同じ性別なら分かるんじゃないのか?」

 レイナも見抜いてるし。

「後、お前の偽装って制服のミスディレクションありきだからさ。そういう先入観がない人だったら分かりそうだよな」

 身長が低い、骨格がそもそも女性的、、喉仏が見えない、声が中性的。男性である事に疑問を持つ材料は幾らでもある。俺も気付いてからは何故他の奴等が気付けないのかが不思議でならない。

「…………いつまで居るの? あの人」

「姉ちゃんが帰ってきたらか、テストが終わったら?」

 朱斗にしかめっ面は中々どうして似合わない。俺は笑顔の方が好きだ。昔からた、多分、その笑顔に元気を貰っていた気がする。

「……はあ。何だろう。こんなに面白くないテスト期間は初めてかもしれない」

「お、だからって手加減はしないぞ」

「それは勿論、僕の凄さを見せつけてやるさ。そして分からせてみせようか。家庭教師など呼ぶまでもなく僕の方が教えられるってね」

 何処で対抗意識を燃やしているのかは分からないが、マホさんは絶対に乗らない確信がある。そもそも彼女は姉貴の頼みがあってここに来たので、勝負とかそれ以前の問題過ぎる。本気で尋ねたいのだが、何に張り合っているのだろう。独り相撲は空しいぞ。

「今日も直帰?」

「おう」

「はぁ…………まあ、お互い変な動きは控えて素直に学生気分に浸ろうか。段々そういう時間も少なくなりそうだし」


 …………学生気分、ね。


 事実、学生の筈だが。

「急にしおらしくなったな」

「空しくなっちゃって」 

 そりゃあそうだ、と俺は馬鹿にしたように笑った。独り相撲に鑑賞に値する需要なんてない。気を取り直してお弁当を食べようとする彼女に『実はこのお弁当もマホさんが作ってくれた』と言ったらどんな反応をするだろうか。

 好奇心猫をも殺すと言うが、この場合単純に殺されそうなのでやめよう。俺の中のナマズがそう告げている。女子の機嫌はそう何度も狙って損ねるものじゃない。女心の理解不足だ。

「因みに名前はもう決まってるの?」

「いい感じに喧嘩を売る名前にするつもりだ。ゲンガー共の抑止力になれたら結構。侵略とやらが一時的に止まって俺達に全部の矛先が向いたら一番だな」

「何人いるかも分からないモドキ共の悪意を受けるつもり?」

「俺達は悪党なんだろ。なら悪意結構。レイナの分まで受けるつもりだ。『他人事』だから痛くもかゆくもない」

「はぅぅッ!」

「お、似てるな」

「ケッケっケ。物真似はお手の物さ。それにしても匠君は相変わらず『女の子』には優しいんだね」

 嫌味のつもりか。それとも本当の性別を明かせない彼女なりの苦悩か。ゲンガー対策と言っても、もう少しやりようがあるのではないか。性別なんて隠すから関係ない所で苦労するのだ。

 でも、性別を隠してきたからここまで仲良くなれた気がする。

 同性だからこその距離感は、確実に存在する。朱莉と気の置けない関係になれたのは彼女を男とだと思っていたからだ。

「じゃ、優しくしてやろうか?」

「馬鹿。僕は男だぞ」

 構わず、弁当の中にあったウィンナーを箸で渡す。俺達が一緒に居るのはそう珍しい状況でもないので視線はそう多くない。朱莉の頬に朱が差した。きょろきょろと周囲を見回して両手を振る。

「ちょ。ちょっと。変な勘違いされちゃうよ?」

「おいおい。俺が恋愛に生きる男なのは周知の通りだ。勘違いなんてないだろ」

 二年間一人の女性にアプローチしていた男にどんな勘違いを抱くというのか。みんな、知っている。同年代は俺がとんでもない馬鹿なのを知っている。真性の恋愛脳であると呆れている。だから誰も、気にしない。

 明木朱斗の制服のように、そういうものだと思い込んでいる。

「…………し、仕方ないな」

「おやおや? にやけてるんですか?」

「馬鹿」

 朱莉は大きく口を開けて、ウィンナーを受け取った。


「…………美味しい♪」

 、

 機嫌を直してくれたようだ。

 朱莉の表情に笑顔が灯る。お返しにと魚の切り身みたいなものを貰った。別に誰もイジったりしない。

「レイナも同じクラスだったらよかったよね」

「それは普通だったら嬉しいけど、多分違うから助かってる部分がある」

「ん? どういう事?」

「俺達がモドキ界隈から認知されてあぶり出されるようになったら、同じグループで固まってると容疑者にされるだろう。この状況はリスクを回避してる。本当はラッキーと思うべきだ」




「本人はそう思ってないみたいだけど」  




 廊下の方へ差された指に従うと、レイナが壁からひょっこりと顔を覗かせながら羨ましそうに俺達を見つめていた。クラスは当然、ざわついている。俺達の関係性など知らない故。

「……ホラーだ」

「昼間だよ」

 努めて無視しようとすると携帯にメッセージが入った。中身を確認するまでもなく苦笑い。二人で顔を見合わせて、同時に確認してみる。








『同じ輪に入りたい』

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