呪いのない人生



 見立て殺人という推理には決定的な抜けが存在した。



 それは最初の傷害事件だ。



 恋人四人と男女の二人組を襲撃し、恐らくは重傷を負わせた事件。もし大神家に伝わる呪いとやらに見立てて殺していたなら、あの二人を襲う理由がない。殺していないからセーフと言われたらそれまでだが、俺が介入しなかったら絶対に死んでいただろう。


 何故そこを気にしなかったかは述べた通りだ。あの本では家長が記録上全員自刎している。父親の胸から上が潰されていたのもそういう事だろう。母親の死体は見ていないが、電話口で大神君が語った言葉が真実なら同じように頭を潰されている筈。手口が一致しているので、嘘か真か分からぬ(獣の呪い自体はデタラメと言える根拠はあるが)呪いが関与していることは明白。


 話を整理しよう。


 大神君に罪を擦り付けようとしたのは紛れもなく彼の弟であり、そのせいで一旦警察に行く事になった。この時点で大神幸人は平気で傷つける人間だと判明しているので、帰りに寄った大神家での殺人は状況証拠的にも彼の仕業となった。俺もそう考えたし、見立て殺人に気付く前は呪いで錯乱したのだと思った。


 ゲンガーという存在自体がややこしい相手と戦うなら、こういう勘違いは良く起きてしまいそうだ。俺達は気付かぬ内に一貫性を作ってしまっていた。始まりはずっと前―――大神君からこの件を話された時だ。



 あの時、俺達全員が彼の弟はとっくにゲンガーであると結論付けていた。



 ゲンガーは平気で人を騙せるし殺せる。そんな弟ではなかったという兄の言葉を信じて決めつけた。間違いの元だ。今なら分かる。非行に走っていた方の幸人君は――――本物だったと。


 何故かは分からない。俺達はゲンガーさえ殺せればそれでいいので、調べる義務もない。しかしそう考えれば辻褄が合うのも事実だ。



 何らかの理由で幸人君は不良少年になり。


 幸人ゲンガーが見立て殺人により両親を殺す。



 ゲンガーの方の動機はなり替わる動機として丁度良かったから呪いを利用したのだろう。天涯孤独になれば『本物』として再出発も出来るし。だから最終的には幸人君も大神君も殺すつもりだったと考えられる。ここに同一人物であろうという一貫性を持たせたのが全ての勘違いを生んでいた。


 さて。


 全部勘違いだったというのなら、見立て殺人という発想に至るまでの話も違ってくる。当初は弟の乱心と考えた俺だが、ゲンガーにとって家の呪いなんて文字通りの『他人事』なので影響があったとは思えない。となると本当は誰が獣の呪いを受けていたかだが。



 大神君―――大神邦人しかいないだろう。



 だから本物を殺した。だから自殺した。彼もまた義務教育を経て科学信仰を持っていた筈だが、きっとゲンガーの存在がそこに隙間を作ってしまった。両親を殺され、弟も自分の良く知る人物ではなくなってしまった。そんな極限状態の孤独が彼の常識を変えてしまった。何故なら呪いのせいにすれば、何故殺されたか分からない両親の死についても説明がつくから。自分と弟も死ぬべきだという結論にもなる。


 千歳とケーキを食べていた際に目撃した彼の奇妙な動向は、死に場所の下見をしていたのではないだろうか。事件より前にあの本を読んでいたらの話だが。





 あれから一週間が経過した。






 只ならぬ精神状態に陥っていたレイナも時薬によって快復。平常時のテンションに戻ったとは言い難いが、日常生活を滞りなく遅れる程度には回復した。まだまだ笑顔が引き攣っている事も多いが、直に慣れる。慣れてもらわないと本人が困る。


「では。今日も。始めましょう」


 銀造先生は今日も居ない。そう言えば美子の時と違って何も起きていないのが不思議だ。この学校も遂に感覚が麻痺したのか―――


 風紀管理部のドアが勢いよく引かれた。




「すみません。遅れましたッ」




 大神邦人の姿が、そこにあった。




 自殺した筈の彼が、笑顔を浮かべて大好きな朱斗先輩にすり寄る。さしもの彼女も困惑の色を隠しきれなかった。


「い、いっ君」


「しゅうさ~ん! 聞いてくださいよー、銀造先生に拳骨されたんすよ~? そりゃ一週間も休んだのは悪いと思ってますけど酷くないすかッ? 俺、連絡も入れたのに!」


「お。大神君。あ。貴方。し」


「どうして一週間も休んだんだ?」


 レイナは迂闊だ。『死んでない』人間に『死んだのでは?』なんて聞くべきではない。それこそ自殺行為だ。


「あーえっと。匠悟さんとかには言ってませんでしたっけ」


「ぼ、僕にも言ってないけどね」


「ありゃ~? んじゃ改めて説明しますと、なんか死んだ事になってたんで取り下げに行ってたと言いますか……」


「はあ!?」


「そう思いますよね! 俺だって訳わからないすよ。警察がね、お父さんの死体がーとか君の死体が―とか言って見せて来るでしょ? でもおかしいじゃないですか。だって二人とも生きてるし。俺も弟も生きてるし。 大体警察って雑なんですよね。頭がない死体を俺達だって決めつけるとか論外でしょ。それでまあ、色々立て込んでまして。すみませんでしたッ!」


 ゲンガーを殺しても罪にならないという理屈は、ゲンガーと本人を合わせて一人分とする考え方から来ている。一の一あまりと言うと分かり辛いか。ゲンガーが居ても居なくても一人分なら死体が見つからない限りは大丈夫だから……という理屈なのだが、当の本人達は全員死亡してしまった。大神家はゲンガーに乗っ取られた形になる。


 そして本物が居ないので、彼等が自動的に『本物』になる。殺せば人が減るので殺人だ。わざわざ顔を見せたという事は俺達の存在に気付いている訳ではなさそうだが、それよりももっと酷い状況になってしまった。


















 俺達にこのゲンガーは殺せない。





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