おおかみ狩り

「またお前達か!」

「すみません。ほんと」

 度重なる誤報と誤報にならなかった事件のせいで、警察官はかなりピリついていた。今度は俺達が犯人なのではと思われたが大神家の玄関に監視カメラがある事が幸いし、容疑は晴れた。大神君は血縁者という事もありまた事情聴取だ。彼はもう犯人について心当たりしかないので任意と言えども喜んで協力した。

 因みに俺は大神君以上の情報を持っていないので早々に解放された。上手く離脱出来たと言えば喜ばしいが、時間がなさそうだ。


 ―――危うく、判定を間違える所だったな。


 朱莉に電話をかけると、二人の声が届いた。

「「もしもし」」


「何で仲良く使ってるんだ……まあいいや。分かったぞ。大神幸人はゲンガーだ」 


「証拠は?」

「家系」

 おおかみに穢され人狼となり果てた大神家は、途絶えるべき血筋とされている。記帳を務めた家長は全員自殺。死こそ誉れなりと謳われた呪いをゲンガーと出会ったことであり得ると思ってしまった大神幸人(本物)が乱心した……それが当初の発想だった。

「大神家はおおかみに呪われてるらしい。最初はそれで発狂しただけだと思ってたが、もっと根本的な前提を忘れていた」

 科学が科学として認められた数百年と千年以上前から続く一族への呪い。どちらが強いのかは明白だが、そこには抜け穴がある。信仰が力を持つには幼い頃から触れてなければいけない。そして自分の子供に『お前は最終的に自殺しなさい』と教える親はいない。この国には中学校までの義務教育があり、そこを通過するまでに俺達は科学の恩恵を味わい、科学を信じるようになる。

 つまり、あの本を読んだからと言って一族郎党皆殺しをするとは考えにくいのだ。


「おおかみは、嘘を吐く」


 それは、嘘つきの代名詞として『オオカミ少年』があるように。人狼ゲームにおいて嘘つきが『狼』とされるようにおおかみには嘘つきの意味合いが含まれている。

「もっと常識を信じるべきだった。普通の人が誰かを襲ったり家族を殺したりするわけない。これは大神家に古くから伝わる呪いに沿った見立て殺人だ。だから大神君の弟は既に偽物。間違いない」

 気になるのは何故兄の名前を騙って一度状況を複雑にしたかだが、ここまで来られたならどうでもいい。彼等が獣に穢され、ゲンガーがおおかみ気取りに人を殺そうと言うなら乗ってやろう。

「匠悟さん」

 電話の途中だが、咄嗟にマイクを切って振り返る。存外に事情聴取は早く終わったか。しかしその顔は酷くやつれており、部活内では朱斗に次いで明るかった面影は微塵も感じられない。ずっと泣いていたのだろう、目元が特別疲れている。

「もう一人の幸人って……本当に居るんですか?」

「信じるの?」

「―――やっぱり俺、本物だったらこんな事する筈無いと思うんです。お願いします、本物の幸人を見つけてくれませんか?」

「…………ああ。でも本物と偽物を間違えたらしかたがないから、君が本物を探してくれ。偽物はこっちで探す」

 状況的に、本物の幸人君は生きていないだろう。しかしここでさも本物が無事であるかのように言わないと彼は納得しない。許せとは言わないが……万が一にもゲンガーとの戦いに水を差される訳にはいかないのだ。




 さあ、おおかみ狩りを始めよう。



















 家から姉貴のおさがりでもある黒いコートを着用。フードを目元まで被って顔を隠し、物置から斧を持って外に出る。

 これが見立て殺人なら、次のターゲットは他ならぬ大神家の最期の生き残りだ。大神君には人通りの少ない場所を本物の弟捜索の目的で歩いてもらっている。既に朱莉とレイナが監視体制に入っており、発見次第拘束ないしは殺害する事になっている。


 ―――今度も警察に接触されたら御終いだな。


 特別な理由なしに凶器を隠し持つのは犯罪だ。スタンガンや催涙スプレーならまだ言い訳も利くし最近の治安も加味すれば黙認されるだろうが、斧はまずい。どうあっても誰かを殺す気だ。そしてそれは間違いじゃない。

 これからゲンガーを殺そうというのだ。むしろ正しすぎる。

「おおかみは?」

「まだだね」

「本当に。来るのかしら」

 二人と合流。十五メートル以上先を歩く大神君に異変は無い。焦る必要もないだろう。その前に二人には話しておきたい事がある。

「朱斗。レイナ。俺達で組織を作ろうって話を覚えてるよな」

「うん」

「テストは。まだよ」

「それは分かってる。その前にコードネームというか……隠し名を決めておいた方がいい気がしてな」

 こういうケースが何度もあるのは困るが、とはいえゲンガーはこちらの事情を汲んだりしない。外で殺す事を考えれば、万が一にも個人情報を掴まれない為にも出来るだけ本当の情報を漏らすのは控えるべきだ。

 俺達が殺すのはゲンガーだが、傍から見れば単なる殺人。なるべく対策はしておきたい。黒ずくめの服もその一環だ。俺だけじゃない、二人も夜のアドバンテージを最大限活かす為に暗い服装で闇に紛れている。

 なんだかんだ仲間が増えて嬉しいのか、朱莉は見るからに乗り気だった。ゆらゆらと落ち着きなく身体を動かしている。レイナは自分の発言を後悔していても不思議はない。心も体も解れてそうな朱莉と違って、彼女の顔は引き攣っていた。軽く手を触ってみると小刻みに震えているのが分かる。

「……帰ってもいいんだぞ。誰も攻めない」

「…………甘やかさないで」

「ゲンガーは人じゃないが、ほぼ人だ。これからやるのは大体殺人と一緒。最後に、もう一度だけ聞くぞ。本当に、いいんだな」

「……私が。決めた。道だから」

 ならばもう、何も言うまい。改めて暗号名の話に戻る。

「本名で呼ぶのはリスクが高い。こういう時だけでも、偽名であるべきだ。統一性はなくていいか。偽名だし」

 これからの事も考えつつ、連携を取りやすいように前準備に入る。名称不明団のグループ通話を開いて二人を招待。後は通話状態を維持すれば必要に応じて連絡が取れる。無線みたいなものだ。俺達の組織に司令塔になり得る人が居ないのでこうするしかない。

「名前は…………由来は、聞かなくていいか」

「霊坂だから。こうなった」





「だから言わなくていいって。おちゃらけた会でもないし―――おっと。人狼様のおでましだ。行くぞ。デモン、ゴースト」 

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