家族の為なら

「弟の件は、伏せました」

 放課後に集まるや否や、誰が聞くでもなく他でもない彼の口から結果が告げられた。今回は銀造先生が居ないので秘密会議には丁度良い。

「因みにどうやって伝えたんだ?」

「中学生って事は伝えました。取り巻きの女の子の特徴はなるべく詳しく。弟の特徴も伝えて……でも、家族だとは言わなかった。です」

「……何で?」

「警察に引き渡したら弟が犯罪者になるじゃないですか! だって、だってそんなのおかしいでしょ! あんなの、あんなの幸人じゃない! 絶対何か理由がある筈なんです。きっと誰かに騙されてたり、なんか……ああ…………!」

 激情が先行しすぎて言葉が追いつかないのだろう。やり場のない怒りや悲しみが言葉を殺し、その大きさだけを膨らませる。これを聞いた俺達には彼を止める義務があるのかもしれない。犯罪者を少なからず匿った知人を更に匿うのはおよそ良識に則った行動ではない。


 だが、俺達には別の敵が居る。


 ゲンガーだ。

 奴等と戦う為には、多少法律違反をする必要がある。傍から見れば既に殺人を犯した俺達が今更この程度の罪で怯む道理はない。ゲンガー殲滅の為にも、俺達は敢えて罪を背負う。人類の為なんかではなく、自分の大切な人がゲンガーと替わらないように。

「……なあ大神君。君の弟はいつも女の子を連れてるのか?」

「はい。フルメンバーは珍しいですけど、大抵一人か二人は……それが何ですか?」

 千歳と公園でケーキを食べていた時に見かけたのは尾行中の大神君だった……それは良かったが、彼の前方に弟は居ただろうか。当時俺は大神幸人の事を知らなかったが、女の子を連れている人間を尾行している構図は見逃さないだろう。


 そもそも、尾行が下手なんておかしいのだ。


 大神幸人は尾行されている自覚は無かった。撒く素振りも見せなければ目の前で堂々と犯行に及んだのが良い証拠だ。それを見逃すなんて考えにくい。無警戒で大人数の人を尾行して見失うなら、それは下手というよりそもそも尾行なんてしていない。

 あの時見た大神君は。否。



 どの大神君が『本物』だ?



 部室全体がどことなく痛ましい雰囲気に包まれていた時だった。部室のドアが勢いよく開き、風紀委員の腕章を嵌めた人間が無遠慮に踏み込んできた。

「大神邦人。警察の方が見えてるぞ」

「え?」

 大神君は目を丸くしてから、部室全体を見回した。俺達も互いに目配せして心当たりなどない事を共有し合う。誰も通報などしていないし、そもそも今はその段階にない。もしこの場に居る大神君が偽物なら警察に引き渡す手も考えられなくはないが、悩み始めたばかりだ。

 風紀委員が乱暴な手つきで彼を掴もうとするのをレイナが阻んだ。

「待って。何の。用なの」

「風紀管理部。人を見る目がないんじゃないか? メンバーから犯罪者を出すなんて。連れてきたのは明木だったか? お前が計画犯だったりするのか?

「何を―――!」


「救世人教の凶行を止められなかった風紀を守るとは名ばかりのお飾りなお前達に言われたくないな」


 日常的な違反の取り締まりはどうでもいい。表の圧力で牽制して裏の俺達が取り締まる構造だから。しかし凶行は公衆の面前で行われた。警察が呼ばれるより前に止めたのが俺なんておかしな話じゃないか。そういう時こそ風紀委員の出番なのに。

「俺のイジメにも気付いてくれなかった。確かに俺達は裏方だが、少しは頑張れよ表。風紀管理部が表からも管理してどうするんだ、お?」

「…………ッ!」

 風紀委員の人間は俺に強く言い返せない。入学したての頃にあったイジメを解決したのは銀造先生及び朱莉のお蔭であり、風紀委員は何の役にも立たなかった。風紀管理部との関係性通り、彼等は圧力として君臨しているだけで、何もしない。

 『他人事』ながら非常に不愉快だ。

「で、何の容疑なんだよ。こっち煽ってないで教えろよ」




「大神邦人が複数箇所でルールを逸脱した行為をしている疑いがあるそうだ」




 …………そうか。

 こう来たか。

 大神幸人は、自分の名前を偽っていた。よりにもよって共犯者とも言える恋人に兄貴の名前を騙っていた。大神君が弟を守ったのに、彼はその行為に刃を向けた。背中から突き刺したようなものだ。「……大神君。これは行った方がいい」

「な。何で!? あ、そうか……でも、これは!」

「事実がどうあれ行った方がいい。俺は違うからって逃げたらそれこそ犯罪者みたいだぞ。乱暴に捕まりたくないだろ」

「…………」

 ポンポンと彼の背中を叩くと、今にも躓いてしまいそうな不安定な足取りで風紀委員に連れられて行った。銀造先生が居ないのはつくづく幸運だった。彼の気質は暴力的なので、この場に居たら大神君は確実に殴られていただろう。

「大神君。連れてかれちゃったわ」

「んー多分昨日の証言が効いたのかもな。女の子の証言は詳しくしたらしいし、あの服装が一日限定とは考えにくい。それで捕まえたら女の子がゲロったんじゃないか。邦人君に言われてやったとか」

「ちょっと待って。それは考えにくいよ。関係者としてとっつかまったなら邦人君の顔を示すものとか要求されない?」

「そもれそうか。じゃあ五人で兄貴を嵌めようとしたのかもな」

「……五人。全員。ゲンガー?」

 言い切るには状況証拠が足りない。

 またも警察がゲンガーである可能性も考えられるが、不自然な状況でもない。昨夜の目撃者が高校生だったから学校を訪問しただけの話だ。いくつか可能性は浮かんできたがどれもこれも可能性の息を出ないものばかりだ。一か八かは許されない。

「―――大神君は。助けるの?」

「勝手に助かると思うぞ。さっきも弟を売る決心をしたみたいだったし、俺の存在を公表すれば女の子達の言ってた邦人とこっちの邦人が別人だって分かるしな。こっちは映像持ってるんだからどうにでも出来る。いつの間にか貧乏くじを引かされたみたいで警察に怒られそうだがそれはどうでもいい。お前たちが怒られるよりはマシだ。…………自分から証拠映像渡しに行った方が印象良さそうだな。友達の弟に似ててでも別人だったらどうしようとか色々悩んだ……みたいに。適当な理由でっちあげればいいか」

「私達は。どうするの?」

「俺の存在を知りながらこんな手段に踏み切ったって事は、兄貴がどうにかしてもみ消したとか楽観的に考えてる可能性が高い。じゃなきゃ兄貴の名前吹聴して罪擦り付け大作戦は成功しないからな。家には居なさそうだが町の何処かで歩いてる可能性がある。二人で捜索しといてくれ」























 何だ、この違和感は。

 ゲンガーは侵略者の癖に事なかれ主義では無かったのか? 何だこの、人類に対する破壊工作とも言えるような行動は。アクティブを通り越してアグレッシブだ。ゲンガー同士はお互いを見破れないから連携が取れない筈なのに、何が目的でこんな真似を?

 そもそもゲンガーって何だ?

 案の定、俺が映像を提供したら大神君は解放された。そして二人できっちり怒られた。それだけで済んだのは幸運だったかもしれない。大神君が警察署につくや直ぐに弟の事を話し、そこに映像を持った俺が現れたのが幸いした。俺は大神君の弟がやったとは信じられなくて彼にだけ一旦話した事になり、彼は彼で弟がやったと信じられなくて次家に帰ってきたら問い詰めるつもりだったらしい。


 つまり、昨日から大神幸人は帰っていない事になる。


 これを庇ったというには無理がある。警察の方はどうやら救世人教の一件で大目玉を食らい(俺は知らないがマスコミからのバッシングもあったとか)、特に学生の関与する犯罪には目を光らせなくてはいけなくなったようだ。俺達が解放されたのは直接的証拠の存在があったからだと言っても過言ではない。

「匠悟さん、ありがとうございますッ!」

「いや、気にしなくていい。それよりも話したい事がある」

 警察が聞いても過敏にはなるまいと思いつつ、距離を取ってから彼に切り出した。

「もう一人の自分って、信じるか?」

「……はい?」

「信じてないか。その、大変言い辛いんだが、君の弟はもう一人の自分に替わられた可能性がある」

「え、ちょっと何を言ってるか分からないんですけど。何の話ですか? ふざけてます?」

「君を助けに来てまでわざわざふざけるのか、俺は」

 恩を盾に、強引な信憑性を押し付ける。たまたま自販機が視界に入ったので炭酸飲料を二人分購入し、片方を彼に渡した。ながらの方が聞きやすいだろう。恩を上乗せしたかっただけだが。

「男同士腹を割って話そう。弟君と仲が良かったのは本当か?」

「はい。全然喧嘩もしなくて……」

「じゃあ逆に、弟君が何かストレスを抱えてるような事はあったか?」

「え」

 初心にかえるべきだ。分からない情報をいつまで考えていても仕方がない。ゲンガーの乗っ取りは基本的に本人との接触から始まる。本人がしたくない、やりたくない等のネガティブな感情を持つ行為の代行……心の隙間に付け入るのだ。

 美子は俺が嫌いだったから任せた。

 山本君はよく分からない。

 齊藤享明は二人で救世人教の手伝いをしていた。

 心の隙間は三人中、二人にあったと言ってもいい。齊藤享明には議論の余地がある者の、遺書を書くくらいこの世に絶望していたようだし、ゲンガーは本物の狂気の巻き添えになったと考えるべきか。

「…………ない。です。俺の弟は悩みなんかないですよ」

 悩みがない、か。

 それは本当に正しい観点なのだろうか。或は家族にも教えたくない隙間があったか。質問を変えないと判定は出来ない。

「君の弟が変わったきっかけは? 前日に怒られたとかそういうの」

「あー……いや、分からないですね」

「本当に仲良かったのか?」

「良かったですよ!」


「悩みを相談された事はあるか?」


 遂に大神君が押し黙った。時間がかかってしまったが、ウィークポイントが見つかった。俺は大神家の家庭事情なんてちっとも知らないが、悩みのない人間は居ない。その前提で仲良しとされた家族に少しの心当たりも浮かばないならそれ自体が悩みだ。


 大神幸人は家族を信用していない。


 事情は分からないが、その可能性が高い。

「もう一人の自分って何ですか?」

「ん。もう一人の自分はもう一人の自分だ。全く信じがたい話なので信じてもらわなくても一向に構わないが、君の弟が変わってしまった理由は単純に本人ではない可能性がある」

「そんな馬鹿な!」

「馬鹿だと思うよ俺も。でも実際に恋人が目の前で自殺して翌日登校してきた事だってあるんだ、俺は信じるしかない」

 だから問題は。本物の所在と偽物の目的だ。ある日急に変わったというなら、本物はまだ生存している筈。






「無事に無罪が証明された事だし、君の家に寄っても良いか?」

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