ヒト狩り


 カラオケボックスの中にまで踏み込むと監視カメラにも姿が映るし碌な事がない。だから外で待つ事になるのだが暇すぎて苦痛だった。

「何だよもうこれただのデートじゃん……」

「僕達もデートしよっか」

「男同士をデートとは言わない」

「じゃあ。私と」

「澪奈さんは本当に性悪な女ですね~。自分が部長なのを良い事に越権行為ですよそれ」

「はぅぅッ! わ。私は。別に。いやらしい意味じゃ」

「しゅうさん! 俺と一緒に中入りましょう! 澪奈部長だと変な意味が出るかもしれませんが、俺とだったら先輩と後輩ですよ!」

「はぅぅぅぅぅッ!? 大神君。まで。酷いわ!」

 大神君は事情を知らない筈だが、何故かレイナがイジられキャラになっている。元々こんな感じだっけ。もっとレイナはミステリアスで近寄り難くて……色々と頑固で融通が利かないイメージだし、実際そんな感じだった。


 ―――弟と喧嘩したって言ってたな。


 もしかしてその辺りの難儀な部分で喧嘩してしまったのだろうか。だとするならレイナの弟は実に良い仕事をしてくれたと褒めてやりたい。

「あー。うん。それ以上はやめとこうな。はあ」

 しかしふざけ出すのも無理はない。もう四〇分は経っている。何を歌っているか分からないがこっちの都合も考えてほしい。退屈は猛毒だ。段々帰りたくなってきた。今なら勉強がとても面白いものに感じる気がする。

 それから更に二〇分が経過して、ようやく御一行様がカラオケボックスから出てきた。

「おっそ」

 暇すぎて朱斗と手遊びしていた。五人の服装にも変化はなく、歌いに歌って疲れ切った様子が伺えるくらいか。本当にデートを監視しているだけで収穫とは呼べない。これを見失うって大神君の尾行は下手すぎるのではないか。 

「なんかもう不安要素何も無いし、帰ってもいいかな」

「ええ、そんなッ。原因が何も判明してないじゃないですか!」

 倫理的に問題しかないハーレムデートを眺めるだけになりそうなのに、やる気になれと言う方がおかしい。一応後三時間は付き合うが、それ以上何もなかったら引き留められても俺は帰るつもりだ。時刻は七時を過ぎた。季節が夏に寄っているのでギリギリ日は落ちていないともいえるが、ほぼ夜遊びだ。姉貴は明日から居なくなるし、寝る前くらいにはもう一度会いたい。

 大通りとて人通りが減ってくる。俺達の尾行も目立つようになり、彼等の内誰かが後ろを振り返れば直ぐに気付けてしまう。これを躱す術はない。俺達も大概人数が多い。大神弟は女子達と談笑しながら歩いていた所で、何かを目撃したかのような足取りで引っ張られるように横道へ入っていった。

「ん?」

 大通りで何かする事は無いだろうと思っていた。人気がなくても車はある。相手も同じ状態なら追いかければいいが、車なら目撃の瞬間に通過してしまうので追跡は不可能。このままぶらぶらと歩くなら『夜遊びしたい年頃だった』で話は終わったが、こうなると話は別だ。

 奥の道を覗き込むと、五人がカップルと思われる男女を囲んで暴行を加えていた。それは殴る蹴るの連打でもあり、自尊心を完膚なきまでに破壊する辱めでもあった。二人共誰が所有していたのか銀色のハサミで服をバラバラに切り刻まれ、一糸纏わぬ姿を中学生達に撮影されていた。

 成人男性が、何故こうもやられてしまうのか。

 相手が殴ったから自分も殴る、は正当防衛にならないかもしれないが、恋人と一緒にいる所を集団で襲われた上にあられもない姿を撮影されるような状況だ。反撃し、恋人を連れて逃げるくらいは法律上でも許されるだろう。ただし体格差以上に数的有利は重要で、また彼等にはハサミという名の凶器がある。

 使用用途にその気がなくとも刃物は人を殺傷出来る。そこに体格差など関係ない。

「通報一択。お前等頼んだぞ」

「匠悟さんはッ!?」


「君の弟がどうしてこうなったのか調査してる最中だ。だから、少し調べる。すまないが俺の存在は内緒で頼むぞ」


 通報されてからの警察は早い。早く済ませよう。大神君は既に『事件ですか? 事故ですか?』の下りに入っている。俺は携帯を開きながら無防備にカップル狩りの現場になっている場所へ踏み込んだ。

「はーい笑って―」

 凄惨な現場にいるとは思えない間抜けな声に全員が振り返った。被害者二人の顔がボロボロなのは幸いだった。極限状態の最中、俺の顔を目撃して記憶する暇はない筈だ。『他人事』みたいで申し訳ないが、俺の存在が明るみに出ると通報者である三人に迷惑が掛かる故。

「な、なに撮ってんだよ!」

「おーいいねえその表情。女の子の方は照れ屋なのかな? もっとこっちを見てくれていいんだぜ?」

「や、やばいってこれ……」

「逃げろ!」

 無神経な乱入者に恐怖を覚えた五人は腕や布で顔を隠しながら走り去っていった。こんな所でもたもたしていたらまるで俺がやったと思われそうなので、彼等の逃げ道に沿って離脱する。風紀管理部とはここで一旦お別れだ。

 大神幸人の顔写真は取れたし、上々の収穫だ。これはゲンガー判別の際の重要な手がかりになるだろう。






















 家でグループ通話を開いて待っていると、そろそろ九時になろうかという頃にレイナと朱莉が順々に入って来た。俺の家に警察が来ていないので、透明人間化には成功したという認識で良いのか。

「通報後は?」

「あの二人は救出されたね。後は身内でもある彼次第だ」

「どういう。事なの」

「澪奈部長は偶然だったみたいだけど、僕はずっと彼と一緒だったからね。やりたい事は手に取る様に分かるのさ。匠君、僕はちゃあんと知り合いって事は伏せて伝えたよ」

「まあ、知り合いじゃないから嘘は吐いてないんだけどな」

 大神幸人は俺達の事なんて知らないし、俺達も今さっき顔を見たばかりだ。これを知り合いと呼ぶなら全人類がとっくに友達で、そんな事はあり得ない。

「要するに、大神君が弟を庇うのかどうかって話だよ。レイナ、大神君は弟の事をどう思ってるだろう」

「……とても。大切に。しているわ」

「そう。そんな弟がおかしくなってどうすればいいか分からない。だから俺達が調べるという話になってるな。そのおかしさが犯罪にまで染まった時、彼はまだ弟を守るのか? 守らないのか? 守ったとして弟はどう出る。守らなかったとして弟はどう出る。そこが重要だ」

 彼女達だけが通話に参加したなら、大神君は最初から見ていた云わば第一目撃者として詳しい話をしに行ったのだろう。警察も一番証言を取れる人間を重宝したい筈だ。三人が同じ事件を目撃して一部三人とも全く同じ証言、一人だけ更に深い証言を取れるなら三人一緒に拘束する必要はない。即興の流れストーリーを用意したのは朱莉だろうか。素晴らしい。

「俺は、大神弟―――幸人君の写真を持ってる。撮影された事に彼も気付いてる筈だ。女の子の方は後ろ姿だけなんだけど……こうなると弟の視点では詰み確定。俺が情報提供しない訳ないからな。何か大胆な動きが必要になる。ゲンガーかどうかはここの噛み合わせ次第だが一発で判明するかもしれない」

「具体的。には?」

「ゲンガーは人類を侵略しようとしている。だから積極的に人類を排斥するような真似をする奴は九割ゲンガーだと考えていい。勿論、頭のおかしい人間という可能性はあるが、自分の知っている人間がある日突然そうなる可能性は天文学的な確率だ。これを弱点と言っていいかは分からないが、ゲンガーは決してオリジナルにはなれないんだよ」

「なり替わるんじゃ。ないの?」

「それはオリジナルを他人に依存してるじゃないか。僕が言いたいのはゲンガーが幻我幻吾郎げんがげんごろうみたいな、ずばり本人そのものという存在になれないって事だ。無から有は作れないが有から有は置き換えられるって考えたら分かりやすくないかな」

 その弱点の抜け道は『頭のおかしい人間となり替わられたら今いち判別がつかない』という事だが、侵略する割には面倒を好まないゲンガーの性質を考慮したらその抜け道自体使われる事は稀か、全くないか。頭のおかしい人間はそれだけ面倒の火種を持っている。

 ゲンガーにとっても本意ではない状況ばかり訪れる筈だ。

「あの。女の子達は。ゲンガーじゃないの?」

「それは何とも言えないから保留だ。犯罪者だからってゲンガーとは限らない。犯罪者を取り締まるのは警察の仕事だ。俺達は間違っても殺人者になっちゃいけない。殺すのはゲンガーなんだからな。確証の持てない内は殺しに行かないし、放っておくべきだ。幸人君が捕まるなら芋づる式に取り締まられるだろ。今日はもう寝るから、後は好きにしてくれ」

 通話から抜けると、携帯の電源を落としつつ心姫の部屋へ。ドアをノックして呼びかければ、すぐに姉貴が出てきた。

「ん。どした?」

「姉ちゃん…………気を付けて」

「ん? ああ、うん。そうだね。気を付けるよ。もう二度と会えないかもしれないから、今の内に弟君の顔をじっくり眺めるとしますか」

「そんな事言うなよ……本当になるかもしれないのに」

 俺はもう姉の仕事についてとやかく言わないと決めている。この人は心底から神秘的なモノに惹かれて生きている。そういう姉なのだと知っているから。

「言っても言わなくてもなる時はなるよ。不安にさせるなって言うならもう私の職業が不安そのものだしね。でも心配してくれるのは嬉しい。お礼と言うのも恥ずかしいけど、今日くらい一緒に寝よっか? 昔は一緒に寝たもんね」

「……一緒に寝たって言うか、勝手に入って来たんじゃん。座敷牢に」

「そうだっけ? 記憶にございませんなあ。久しぶりに姉弟っぽい事したら思い出す気もするんだけどなー?」

「……そっちが一緒に寝たいんかい」

「お姉ちゃんはいつだって頼られると嬉しいものよ。特に君みたいな世話の焼ける弟君はね」

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