他人の幸は蜜すぎて辛い

 大神君の弟との面識は俺達の誰にもないので、多少迂闊でも問題はない。それを失念していたのは認めるが、だからと言って本当にゲーセンで遊ぶ奴が居るだろうか。大神君は曰く何度も尾行を撒かれているらしいので外で待たせている。俺は朱莉―――朱斗と共にゲームセンターへと足を踏み入れた。この近距離で見ると確かに弟なのだなと分かる。大神君は顔つきがかなり幼い方で、高校生なら中学生、中学生なら小学生、高学年なら低学年と、彼を知らない人から見れば実年齢と外見に差異が生まれるタイプだ。弟は特に目元と眉毛の辺りが似ている。



「えい。えい。えい。えい。えい」



 それはさておき。

 まるで初めてプレイしたかのような反応で懸命にモグラを叩く可愛い生き物をどうしてしまおうか。俺も中学校まではゲーセンどころかゲームの存在を知らなかったので人の事は言えないが、それでも中学で一通りの事は経験した。これは……見守るのが正解なのだろうか。

「朱斗。どう思う」

「んー。放っておけば?」

「…………そうだな」

 多分、あれはレイナなりの偽装だ。幾ら知らない人物と言ってもあからさまに見ていればいつかは視線に気づかれる。俺達も見倣うべきだ。その完璧な偽装術を。ただ、それを差し引いてもゲームステージに向き合う必要があるモグラ叩きはどうかと思う。やるならばもっと透明度の高いゲームだ。要するにクレーンゲーム。

「お金、持ってきてないなあ」

「俺もだ。でもやらなきゃ不自然だよな」

 クレーンを動かさず中身だけを見つめるのは不自然すぎてレイナの事を言える立場でなくなる。ただし、それもやり方次第だ。大神弟の様子は特別誰かの尾行を警戒しているようには見えない。クレーンゲームを二つ挟んだ先から見れば、気付かれる事はないだろう。

「何回も尾行されてるなら流石にもっと警戒すると思うんだけどな」

「彼が単純に尾行が下手くそという可能性がある。というか本人がそう言ってるんだからその可能性は考慮されるべきだ」

「うーん……」

 尾行が下手ってなんだ。

 言いたい事は分かるが、逆も然りだ。尾行に一回でも気付かないと『されているかも』という可能性は被害妄想でしかない。大半の人間は尾行なんてした事ないから下手くそだろうし、大半の人間は尾行なんてされた事がないから気付くのが下手だ。ある程度人通りがあるなら真後ろを歩かれても気付かないし気付けない。

 つまり大神君が幾ら不器用でも、尾行が下手なんて間違ってもあり得ないのである。


「お待たせ~邦人君ッ」


 えッ。

 仮に双子だったとしても、同じ名前にするとは考えにくい。しかしその甲高い声は大神弟へと向けられていて、彼もまたその声に応じて立ち上がった。やはり、彼女と待ち合わせか。俺も美子とデートしていた時、早めに到着して待っているとその時間が永遠に思えた。

 中学生の癖にハーレムを作っている辺りからも容易に想像がつく。恋人の方は知らない顔だが、今時の中学生にしてはかなり攻めている気がする。単に染めたと思われる金髪に少し屈むだけでパンツが見えそうなチェックのミニスカート、胸元のガードが緩めな黒いノースリーブの服。これから夏が待ち受けていると思うと妥当なファッションだが、個人的には攻めすぎている。もしかしたら色々と経験豊富な、火遊び大好きな中学生なのかもしれない。

「ごめんねー。こんな場所で待ち合わせて。じゃあ行こっか~」

 大神弟の声は小さくて聞き取れない。が、脈絡的にもそう悪い返事はしていない筈だ。鼻の下を伸ばしている姿がここからでも分かる。思春期真っ只中の男子はああいう顔をするものなのだなあと他人事ながらにそう思った。

「ああいう格好が好きなら僕もするけど?」

「俺はもうちょっと遊んでない感じのが好きだな」

 だからレイナとか美子とか千歳とかの方が好きだ。朱莉は……遊んでいるというより悪ふざけしているのでノーコメント。彼女を好みと認めるのは何となく癪だった。ゲーセンはゲームをする場所なのにキスをするなんて信じられない。とんでもないバカップルだ。

「具体的には胸やけがするくらい」

「何が?」

「あのバカップルな感じがちょっと」

「やらしくなかっただけで君もそんな感じだったと思う」

「マジで」 

 朱莉の方を振りむくと、彼女の唇が軽く当たった。当てに来たと言った方が正しいか。大神君が居ないからと言って性別を隠す気がない行動は慎むべきだ。頬を赤らめたって許される事ではない。

「隙だらけ♪」

「……もうちょっと、隠そうな?」

「ふふふッ」

 気を取り直して弟君の方へ向き直ると、二人は今ゲームセンターを出ようとしている所だった。外の大神君からもその姿は確認出来たそうだ。尾行を撒かれているのかそれとも下手なだけなのか。似ているようで両者はかなり違う。ハッキリさせるいいチャンスだ。

 レイナは、まだモグラ叩きを遊んでいた。一瞬本気で放っておこうか迷ったが連れていこう。離脱した理由を捏造するのも面倒だ。あれだけ集中しているなら単に声を掛けても無視されると思い、俺は昔のノリでちょっとした悪戯を仕掛けようと考えた。


「レイナさーん。遊んでる場合ではございませんよ~?」


 背後から脇の下に手を入れ、大きく抱きしめた。

「ひきゃああああああああああああああッ!」

 余談だが相手が知り合いじゃないと犯罪になるのでやめよう。俺も胸には触らないように気を付けている。そこまで行くと流石に言い逃れ不可能だし。

「あ。あ。あ。あ。匠悟。な。な。な。何で」

「オメーが監視してるかと思いきや単に遊んでるからです。反省してください」

「ご。ごめんなさい。あんまり。楽しくて」

「反省してくれて結構。じゃあ行こう」

 もぐら叩きがまだまだ終了していないせいで未練が残りそうだったので、残りは勝手に俺が終わらせた。これで恨まれたら筋違いもいい所だ。そこまで遊びたいなら後で幾らでも時間を取るから今は我慢してほしい。 

「…………ずるいなあ」

 朱莉の不機嫌な声が背中に届く。何がズルいのかはよく分からないが、もしこの悪戯について言っているなら男だと思っていた時期に散々やったのでズルいのはそちらだ。


 今考えたらきわど過ぎて生きた心地がしない。


 ますます何で俺は本当の性別に気付けなかったのだろう。























 これだけ人数が居れば尾行が下手くそという線は切れる筈だ。なので今回の尾行が成功するなら単純に大神君の尾行が下手だった……という結論になる。そちらの方が楽なので、そうなってくれるなら大神弟がゲンガーかどうかという調査の方に力を入れられそうだ。

 その判定だけは失敗出来ない。人を殺せば単なる殺人者だ。これは本当に大切な心構えなので何度でも唱えるし何度でも言わせてもらう。正義を見失うな。殺すのは飽くまでゲンガーだ。

「あれは……二人目の彼女ですね。俺が見かけた順番ですけど」

「ハーレムって言うくらいだから、彼女さんも他の子の存在は認知してるんだよね?」

「はい。だから……おかしいんですけど」

「大神君に似てる。かっこいいから。あり得なくは。ないわ」

「え。じゃあ澪奈部長付き合ってください!」

「ごめん」

 こっちのラブストーリーは二秒で終わった。もう少し早く告白していたら成功したかもしれない。レイナは悪道に墜ちてしまった。最早人の幸せは望めないというか、事情を知らない大神君がそれを見たら殺人行為だと勘違いして止めかねない。

 ゲンガーは人を躊躇なく殺せる。

 その一瞬でレイナの生死が決まるかもしれない。俺は反対だ。無理強いはしないが。

「因みに大神君や。そのハーレムに特徴はあるか?」

「特徴ですか?」

「全員金髪とか、全員巨乳とか、全員高身長とか、髪縛ってるとか」

 言ってて思ったが真ん中はあり得ない想定だ。彼の隣を歩く女子は高身長でもないし巨乳でもない。朱莉よりはあるが、彼女をボーダーラインにすると全てが狂う。大神君は腕を組んで暫し首を傾げたが、ピンとくる答えは得られなかったようだ。頭を振って項垂れた。


「邦人君!」


 二人目の……今度は茶髪の女子が大神弟の隣に並んだ。あれが両手に華という奴か。中学生の癖にけしからん奴だ。普通に考えて不純異性交遊なのでさっさと学校は取り締まれ。

「ポニテかあ」

「好み?」

「否定はしない」

 レイナが慌てて髪を纏めようとしたが、纏めるものを持っていなかったようだ。悲しそうな表情で俺を見つめてきた。何やってるんだ?

「あれは三人目ですね」

「うーん。本当にモテモテだなあ。後二人も同じ下りを見なきゃいけないと思うと気分が悪い」

「まあ落ち着きなよ。僕の考えが正しければ道中で出会った感を装っているがこれは仕込みだ。待ち合わせていたね」

「流石しゅうさん!」

「ハーレムってくらいなら同格とも思えない。単に従順な女子が命令に従っただけかもな」

「俺の弟がそんな不埒な奴な訳ないでしょ!」

 そんな訳ない真似ばかりするから尾行しているんでしょうが、と。反論したい気持ちは分かるが彼はどちらの味方なのだ。

 ここまで考察しておいて最終的に案の定なハーレムデートだった日には骨折り損だ。これではゲンガーかどうか判別がつかない。本物と一度も接触していないのも痛手だ。大神君の証言しか情報がない以上、本当に判別なんて出来るのか。


 いっそ明確に害意を示してくれればいいのだが。


 大神弟はその後も恋人と合流。いずれも『邦人』と呼び、両手に花束の状態で歩くようになっていた。

「そういえば弟の名前は?」

大神幸人おおかみゆきとです。なんで俺の名前なんか使ってるんだろ……」



 ハーレム御一行はカラオケボックスの中に足を踏み入れた。

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