先生ショナルな出会い


 頼る頼らないの話をしていたのを覚えているだろうか。レイナは勉強が出来るクラスに居るので教えてもらおうとか朱莉が点数操作しているので実は頭良いんじゃないかとか。あの話は全く無意味に終わってしまった。対戦相手になるなどとどうして予想出来る。普通の状態なら乗り気になれないか最初から降伏していたが今回は事情が変わっている。

 点数操作出来るような奴と現実的に頭が良い奴が相手だ。普通に考えたら勝ち目はないが、俺には頼れる姉貴がついている。


「えー! 私に勉強教えろって?」


「頼む! どうしても勝ちたいんだ」

 いざとなれば姉貴を頼ればいい。甘えにも似た感情は否定しない。以前、両親との仲は険悪ではないと言ったが、険悪ではないというだけで良好でもない。長い間別の場所で暮らしていたらそうもなろう。恨むような事ではない。家族でこれなら遠距離恋愛は現実的ではないという結論が得られるだけだ。

「んーーーー。助けてやりたいんだけどなあ。私、明日から暫く家空けるんだよなあ」

「へ? そんな。姉ちゃん暇人じゃないの?」

「失礼な。私の記事は実地体験が基本なんだからそれっぽい場所を見つけたら行かないとね。今回からパートナー見つけたから。どうあっても私の都合じゃ遅らせる事が出来ないわ」

「そんなぁ……別に心霊スポットとか都市伝説とかよく分からないけど、逃げないから良くないか?」

「良くない。あんなイケメンなパートナー見つかったの奇蹟だし。私だって少しくらいかっこいい人と友達になりたいんだよ?」

 終わった。

 パートナーを探していた件については理解出来る。姉貴は……千年村だったか。俺にはよく分からない場所に一人で行って冗談抜きで死にかけたらしいから、身の安全の為にも誰か一人相棒が欲しいというのは分かる。

 分かるが、この釈然としない感じは肝心のパートナーがイケメンらしいからだろうか。俺が恋愛脳なのは周知の事実だが、もしかして血筋だった?

「……もしかして顔だけでパートナー選んだ?」

「まさか! そんな人同行させたら殺すだけだよ。友達の紹介」

 そこは信じよう。俺も少し熱くなり過ぎた。顔だけで選んだなんてありえないのだ。選択の権利はあちらにだってある。姉貴は控えめに言っても美人だが、出会いがないのはその職業が大きく作用している。オカルトライターの女性なんてどう考えてもお近づきになりたい職業ではないだろう。極端な話、死刑囚の女に惹かれる男は居ない。その人の持つ肩書はとても重要だ。

 それとこれとは話が別で、何にせよ俺の負けが決まってしまった。一応一人でも勉強はするが、それで勝てるなら苦労はしない。相手は秀才と点数操作が出来る奇才だ。学生的にはあり得ない手段だが、どうしても点数を取りに行くなら真面目に勉強するより絶対にバレないカンニングを模索した方がいいまである。

「テストいつ?」

「学校で正式に通知が出るのは来週くらい。だから二週間後かな」

「おーけー。じゃあ家庭教師を呼んであげましょう」

「お断りします」

「あれっ?」

 姉貴が困ったように眉を顰めた。

「何で?」

「うちにそんなお金ありません」

「あるよッ! お姉ちゃんなめんなコラ。ついでに行っとくと友達呼ぶだけだからお金もかからないし」

 姉貴の友達には、偏見で申し訳ないがまともな事を言ってくれるイメージが無い。急にこっくりさんのやり方とか教えてきそうで、嬉しいというよりも怖い。勿論気遣いそのものは純粋に感謝しているのだが。

「―――一応聞いていい? その友達の事」

「勉強教えるって言ってもやっぱりやる気が出ないと駄目でしょって事で女の子です。それで滅茶苦茶美人。知り合いの中で一番美人まであるかな」

「姉ちゃんより?」

「それさあ、どう答えればいいんだろうね。うんって言ったらナルシストみたいだし謙遜すれば嫌味って言われるし酷いよねー。だからそれは弟君に任せる。でも私に白旗上げても嬉しくないよ、だって私はそう思ってないし」

「…………ふーん。因みに聞きたいんだけど、そのイケメンと会う時姉ちゃん化粧したりする?」

「弟君、お姉ちゃんはデートする訳じゃないんだよ? 化粧なんてしても最悪文字通りの死に化粧になりかねないし、それは嫌でしょ」

 死ぬかもしれないなんて実感がてんで湧いてこない。なんだかんだ姉貴はいつも帰ってきている。寿命ですら死なないのではと思うのは流石に行きすぎか。イマイチ乗り気になれない俺を横目に、姉貴は早速その友達とやらに電話を掛ける。

「―――あ、もしもしマホ? 私だけど。可愛い可愛い弟君のさ家庭教師をね―――面倒くさい? そう言わないでよー好きにしていいから」

「ちょっと待って姉ちゃん。人身売買契約みたいなのしてない?」

 弟の人権はいつの間にか姉に管理されていたらしい。もしかするとこの世の真理かもしれない。気軽に引き渡された俺の全権は流れを変えるには十分だったようで、通話終了と同時に家庭教師の件は快諾された事が説明された。

「姉ちゃん。俺って奴隷ですか?」

「いいえ、弟です。そこまで拒否しなくてもいいでしょ。確か弟君現在彼女募集中だし、恋人関係になるようだったら応援しちゃうぞー」

「姉ちゃんの紹介から繋がるのってなんかなあ……後、女子の可愛いと男子の可愛いって違うし」

「あー。はいはい。大丈夫大丈夫。大学時代からの知り合いだけど毎日告白されてたから」

「返事は?」

「『だるいからパス』」

 強者の余裕という奴か。美子本人に気持ち悪いと思われていた俺が惨めに思えてきた。真にモテモテな奴と俺とではこうも差が出てしまうものか。銀造先生の言った通り、心が腐った人間は駄目なのかもしれない。

「来週から正式な通知だっけ。じゃあ来週に来てもらうようにしとくよ」

「それまで姉ちゃんが教えるとかない?」

「明日から家空けるって言いましたが何か?」



















 複雑な気分で部屋に戻ると、大神君から弟の尾行中である旨のメッセージが届いた。彼の執念たるや目を瞠るものがあり、今隣町から帰って来た所らしい。『弟がゲーセンでゲームも触らず誰かを待ってるので合流してほしい』との事。

 とてもとても勉強する気にはなれなかったので即座に返信。真っ先に到着したのも俺だった。残る二人は俺が到着する前後に返信を出しており、今から向かうそうだ。

「なんで最初に来るのが匠悟さんなんすか?」

 開幕早々、大神君は露骨に嫌そうな顔で俺を煙たがっていた。

「俺が一番暇だったから」

「しゅうさんがいいよお……」

「本当に朱斗が大好きだなあお前」

「そりゃあもうッ。時々女の子に見えるくらい好きですよ! あ、これ内緒でお願いします。キモいと思われるんで」

 俺もその方向で良いと思う。何故かは言わないが。ゲームセンターの中には確かに彼の弟と思われる中学生が座っていた。目の前にクレーンゲームがあるのに触ろうともしない。しきりに腕時計を気にしている様子も不審と言えば不審だ。

 しかし俺には、その行動の意味が分かった気がした。

「…………これ、見ててあんま面白いものじゃなさそうだ」

「え、どうしてですか?」

「彼女居た男の勘だ」



「ごめん。遅れた」



 監視をしつつ雑談で時間を潰していると、大神君の後ろから朱斗の声が掛かった。今しがた変わった信号を駆け足で抜けて、勢いよく俺に抱き着いてくる。

「待った?」

「大神君の弟は何かを待ってる。レイナは一緒じゃないのか」

「え? もっと近くで見張ってるって言って、さっき入ってったよ」

 驚いて振り返ると、クレーンゲームの横にあるもぐら叩きの場所に見覚えのある背格好が窺えた。遠目からでは何ともその様子はハッキリしないが、少し距離を詰めると、目をキラキラ輝かせながらハンマーを持っていた。



 ―――何やってんだアイツ。 

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