風紀の乱れは人の乱れ
「では。今日も。始めましょう」
翌日の放課後。レイナが部室全体に声をかけると、俺を含めた四人が頷いた。俺、朱斗、銀造先生、そして大神君だ。
二年生の後輩であり、部員四名中三名が今年で卒業という限界集落も斯くやなグループで将来を期待される唯一の後輩だ。一応卒業までには何処かで部員を補充する予定だが、風紀管理部はスカウト制を採用した馬鹿みたいな部活なので人が来るかどうかは俺達次第だ。強制ではないので断られたらそれまででもある。
因みに彼は朱斗が連れてきた。どうやったかは分からないが、そういう理由から朱斗に対する好感度は特別高い。
「取り敢えず発言したいな」
「匠悟」
「大神君が部活をバックレてた理由について詳しく聞きたい」
「俺ぁ言った筈だ。過保護なのよこいつは」
「先生は一旦静かにしてて下さい。取り敢えず本人から聞かない事には事情がハッキリしない」
彼は先生の手で強引に連れ込まれてから沈黙を続けている。いつもの調子でないのは明らかだった。本来はもっと人懐っこいというか、陽気な方なのだ。俺に制されたのが余程腹立たしかったのか一瞬だけその視線がこちらに向いた。
「いっ君。話してくれるよね?」
「…………はい。しゅうさんなら話せます」
俺でさえ一度もやった事がないフランクな呼び方で互いの仲を再確認する。俺が遠回しに催促しても無視したのにこの違いは何だろう。これこそ『他人事』なのでそれほど気にしてないが、もしかして俺には先輩力が足りないのか。
ともかく朱斗に促され、大神君はポツポツと己の身に降りかかった出来事を語り始めた。
「俺、弟が居るんですよ」
「男兄弟か。仲良さそうだな」
素直にそう思ってしまった。妹に殺されかけたからだろうと言われたらその通りなのだが、性別が同じだと趣向もそれなりに合って必然的に喧嘩が減るような気がする。するだけだ。姉貴とは喧嘩なんてした事ないが、それは年が離れすぎているからだろう。
「ええ。めっちゃ仲良いと思います。一緒にゲームとかしますしね。でも最近様子がおかしいんです」
「それは。例えば」
「弟はまだ中学生なんですけど、夜遊びし始めて……彼女も作ったみたいなんですけど、四人くらい……いるんですよね」
中学生がハーレムを……!?
確かに様子がおかしい。または倫理観がおかしいのか、道徳が終わっているのか、美貌がおかしいのか。この国が一夫一妻を採用し、一人の男性が二人以上の女性と関係を持つのは浮気ないしは不倫とされいずれにしても悪印象にしかならないと知っての行動か。ハーレム願望自体を否定はしないが、行動に移せてしまった時から何もかも破綻している。ただ事じゃない。
俺だって姉貴が逆ハーレム作りだしたら同じ反応をしそうだ。内面の質とかそういう複雑な事情を差し引けば心姫はめちゃめちゃグラマラスなので身体目当ての男が―――
この話はやめよう。
なんか気分が悪くなってきた。
「不良グループとも交流があるっぽくて……」
「このご時世に不良だって? 僕は見た事ないけどな」
「レトロな不良は居ないだろうな。もし居たら自動的にそいつが一番ツッパってる事になる」
「この前は両親の財布からお金を抜いてたり……とにかく色々おかしいんです! 部活どころじゃなくて、調べようと思って……でも俺、尾行が下手なのかいつも何処かで見失うんですよね。はい。それで休んでました。すみません、ホント」
やはり本人から聞き出して正解だ。これを過保護と呼ぶのは無理がある。普通の人間ならどうして弟が変わってしまったのかを追求するだろうが、それはもう大神君がやっているだろう。身内の分析が得意なのは身内だけだ。原因を特定出来るのもやはり身内しかいない。つまり昨日俺が見かけたのは、尾行中の彼だったか。
俺達は机の中央で視線を合わせた。レイナも薄々勘付いている。本物じゃないだけの偽物。人類を侵略せんとする謎の存在。
ゲンガー。
身内になり替わられた場合、放っておけば救世人教のような事件を引き起こされかねない。あれは宗教観も関係していたが、ゲンガーの目的が人類侵略なら人質として利用される可能性は真っ先に検討されるべきだ。
「原因に心当たりは?」
「ないですよ! 父と母も弟が豹変したのには気付いてます。でも誰も心当たりがないんです。最近、暴言も吐くようになってきて―――本当にもうどうしたらいいか」
風紀管理部の最中に出た話題だ。切るも取るも部長次第。ここは生徒の自立性を重んじる学校。異常事態ならばいざ知らず、ほんの少しのトラブルは生徒間で解決させようとする。レイナは俺と朱斗の視線を窺ってから、目を閉じた。
「心の乱れは。風紀の乱れ。校外の出来事でも。大神君の。心を乱すなら。解決しないと。いけないわ」
「おお。レイナさんが珍しく長文を!」
「はぅッ。イジらないで。匠悟」
「話の腰を折らないの。部長として、方針はあるの?」
「一つずつ。追っていくつもりよ。人付き合いは。連鎖しやすいわ」
大神君の証言を全面的に信用する形で風紀管理部は動く事になった。尤も、これは部活動であって探偵事務所のようなものではないので依頼という形で固執する事は許されない。飽くまで並行で進めるのが風紀管理部だ。
エアガン徴収の一件が響いたのだろう、明確な校則違反はおろか、グレーな行為さえも見かけなくなってしまった。特に二年生は山心中した救世人教のメンバーが居たと発覚したせいでゲームと漫画の持ち込みさえしなくなったとか。秩序を守らせる側としては素晴らしい傾向だが、ここであらゆる秩序機構が抱える問題が発生する。
暇になる。
極端な話、あらゆるルールを全人類が守るなら警察は要らない。というか厳密な取り決めすら必要ない。破った場合の対応など想定した所で無意味なのだから。つまり何が言いたいかと言うと……
「新しく組織を作らない?」
俺達が取り締まられる側に転向する。つまり暇なのでサボり始めた。話題が話題なのでレイナも参加せざるを得ない。風紀管理の仕事をしている人間が居るとすれば今は銀造先生と大神君だけだろう(彼には気晴らしという名目で頑張ってもらっている)。本当に悲しい限界部活動だ。
「組織?」
「国境なき医師団みたいな感じで。ゲンガーに立ち向かうのに単なる三人組じゃ面白くないでしょ?」
「面白いとかの。問題なの?」
人が死んでるのに。
レイナにとっては笑いごとじゃない。父親が死んだ現実は、これからもずっと続いていく。
「ごめん。でもね、実際名称はあった方がいいと思うんだ。あっちにも知性はある。僕達がそういう組織として有名になれば、一部のゲンガーは侵略をやめるんじゃないかなってね」
「総理大臣取られた時点で手遅れな気もするけどな……もしゲンガーの存在が明るみに出ても俺達は悪の組織一直線だぞ」
「もしくは。救世人教と同じ。カルト集団」
「僕達は、紛れもない悪党だよ?」
レイナの良識を咎めるように、朱莉は強い口調で言い切った。
「僕と匠君は既にゲンガーを殺してる。澪奈も協力するって事ならいつかはそうなる。あれは人じゃないからセーフなんて理屈誰が信じるの? そうだよ、あれは人間じゃない。本物じゃないだけの偽物だ。それが真実なのは間違いなくても―――これじゃ自分達は目覚めていて、他の人間は全員偽物だとか宣ってた奴等と一緒じゃないか」
「――――――ッ!」
無慈悲な発言に打ちのめされそうになった彼女を背中から抱きしめる。レイナはまだ染まっていない。復讐する動機があるだけの一般人だ。それ以上は味方出来ないと一瞥で朱莉を牽制すると、彼女は暫く間を置いてレイナにターンを譲った。
「…………悪い事。なの?」
「レイナ」
「お父さんが死んだのは。良い事。だったの?」
「レイナ!」
怒りは人を二元論の衝動へと導く。ゼロか一〇〇しか選べない状況で、自覚を促す発言は危険だ。涙を滲ませる部長にハンカチを渡しつつ、強引にターンを奪う。
「組織の話。俺は賛成だぞ」
「本当?」
「メンバー三人なのが心もとないが、結束力も強まる。お前は悪党だと言ったが、誰が何と言おうと正義はこちら側にあるんだ。俺達が止めなかったら勝手に人類は侵略される。孤独なヒーローどんとこい。名前はそうだな。姿なき騎士団とかどうだ」
「国境なき医師団に引っ張られてるね」
「うるさい」
名前はどうでもいい。俺達―――レイナに必要なのは大義名分だ。自分をどれだけ正しいと信じられるか。何処まで行っても『他人事』な俺と、並々ならぬ敵意を抱く朱莉とは違う。何事もそこに動機がないと人は動かない。
「テストも。近いし。高得点を取った人が。決めればいいわ」
その提案を名案と思ったなら既に術中に嵌っている証拠。レイナらしいうまいやり方だ。自分は頭がいいから負けない自信があって、学生の本分である勉強も怠らせない。勝ち負けの概念を持ち込んだので異議も許さない。
―――それは、面白そうだ。
「その話。僕は乗った」
「俺もだ。その代わり一番点数を取った人間が絶対に決めろよ。誰かに任せるのは駄目だ。いいな?」
全会一致。
名称不明団の指針の決め方は、自然とこうなるか。
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