狂真サークル
新たな恋を探す旅
「…………い」
「……おーい」
誰かが俺を呼んでいる。普通に考えれば朱莉だが、今日は家に泊まってないし、そもそも呼びに来る理由がない。
「……姉ちゃん」
「あ、起きた。朝ごはん食べないの」
姉貴が起こしに来るのは意外だ。いつも昼夜逆転生活をしているから大抵起きる時は俺が一人で起きて、勝手に朝ごはんを食べて登校するのだが。この謎の時期に生活サイクルを見直したというなら感心だ。姉貴にも少しは常識というものが備わったと見える。
「あー食べるよ…………え、待って。ちょっと待って。朝から腹下すの確定じゃん。遅刻決定だよ。悪い夢だから二度寝する。お休み」
「こらこら~! 私の料理を口実に二度寝しない。そりゃ下手なのは認めるけど。最近練習してるんだからね。私自身もお腹壊すから」
「うーん。ごめん。姉弟だから信用ならないや。休みの日だったら幾らでも毒味に付き合うけど、今日は顔洗ったら出ようかな」
姉貴自体は嫌いではない。むしろ好きな方だが、どうも好きという言葉はあらゆる要素をひっくるめる節があるが、それは違う。料理だけはどうしても駄目だ。世の中には圧倒的不向きが存在してしまうのだと理不尽に思えるくらい、彼女の料理は壊滅的で、破壊的で、取り敢えず暴力の権化だ。
学校を休みたい時には有効だが、平常時なら地雷以外の何物でもない。
「あれ、姉ちゃんエプロンは?」
「おー。いい所に気付きましたな弟君。勘違いしてるみたいだけど、朝ごはん作ってるの私じゃないよ」
「へ?」
両親が来たとでも?
いいからいいからと促されて下に降りる。洗面所で諸々を整えてからリビングに入ると、何食わぬ顔で朱莉が椅子に着席していた。
「おはよう。悪いね、勝手に作らせてもらったよ」
ゲンガーは関係なさそうだが、目の前の状況の理解を脳が拒んだ。状況を整理しよう。彼……もとい彼女の名前は明木朱斗/朱莉。ゲンガーと呼ばれる謎の存在が人類を侵略しようとしているなどととんでもない発言をかます悪友だ。俺の事が好きなのか何なのかよく分からないがやたらと押しが強い。家に泊まった事もある。姉貴は朱莉を男だと思っている。
「どうしてこうなった」
「それは、君が起きるのが遅いから」
チェックのエプロンは自前だろうか。妙に似合っているのがむしろ腹立たしい。それで作った食事もみそ汁、焼き魚、ゴマで和えた野菜、卵焼き。和食チックなのはさておき、しっかりしすぎだ。遅刻するかどうかという時に食べる朝食ではない。極論ジャンクフードでも許された。
「せっかく作ったのに食べないの?」
「……いただきます。姉ちゃんの分は無いんだな」
「要らないって。なんか負けたみたいで悔しいからとか何とか」
何と張り合ってるんだ姉貴。
天は二物を与えない。つまり姉貴に料理の才能がない事は、別に嘆く程の事ではない。それに張り合っていると表現の都合で言いはしたが、勝負にすらなっていない。朱莉の完全勝利だ。こんな美味しい朝ごはんは久しぶりに食べた。
彼女は食事中、黙るタイプのようだ。少し意外だったが決して気まずくはない。心地よい沈黙というか、食事に集中してても良いという安堵感が、どこかで漂っていた。
「……朝食作ってもらってなんだけど、今日弁当ないのが割と効くぜ」
「どうして?」
「いつも冷凍食品買ってきてそれを弁当に詰めてるのが俺流の弁当だからな。今はそんな事してたら間に合わん。まあ購買で買えばいいから餓える心配はないが」
お金を節約したいなら一食抜けばいい。死にはしない。心の余裕はなくなるが。
「ああ、それなら心配いらないよ。悪友の気まぐれで、君の分も作ってある。これを食べるといい」
―――こいつ性別隠す気あんのかな。
男が料理をしないという偏見はないが、友達の為に朝ごはんは作る弁当まで用意すると、そこまでする男子は希少だ。男というか実際は女子なので……通い妻なのだが。そうじゃない。傍から見れば男なんだから、違和感のある行動は控えた方が良いモノではなかろうか。
多分その辺りは何も考えていない。朱莉には結構そういう所がある。
「さて、時間がないんだった。片付けはお姉さんに任せて僕達は先に行こう」
「勝手に人の家に上がり込んだ件について何か言うつもりは?」
「ない。強いて言えば悪友きょうはんのよしみだ。さあ行こう」
本当に迂闊な所がある。姉貴に聞かれたらどうするつもりだったのだろう。彼女はオカルトライターだ。ゲンガー関連の話だと察する可能性は十分にある。そういう嗅覚の鋭さは弟の俺が保証しよう。
―――あれから二週間と少し。
芳原美子は個人的な事情で学校から去り、山本ゲンガーは死亡した。俺と朱莉は共犯者だ。死体を完膚なきまでに破壊したのが俺で、何処かへ捨ててきたのが朱莉。誰一人死人として減ってはいないので事件にはならず、さらにはゲンガーが未熟だったお蔭で痕跡を消す手間も省けた。山本游大を名乗るもう一人の存在なんて最初から居なかった。そういう事にすればいい。
殺してみて分かったが、ゲンガー退治は人を殺す感覚とそんなに変わらない。見極めを慎重に行わないと依然として殺人犯になるリスクを孕んでいる。共闘関係は互いの一線を守る為にも必要な処置だ。朱莉も嬉しそうにしていた。
一つ気がかりなのは美子の行動だ。普通に考えれば俺の事を恐れて逃げたのだろうが、それはあまりにも都合が良すぎる。あんな性悪女がたかだか一回の殺人未遂で恐れるかと言われると……あり得ないとは言わずとも、考えやすくはない。仕返しの一つや二つ、それに伴う責任を背負わされると覚悟していたのに、この軽さはなんだ。
彼女と交流のあった面々はSNSで接触しようとしているが音沙汰がないらしい。かと言って死んでしまったのかと至るのは早計。自主退学には手続きが必要だ。本人は生きている……もしくは『本物』が死んだのを良い事にまた別のゲンガーが新たな人生を始めるべく一か八かでなり変わったか。大方の予想としてはそんな所。
俺としてもあれで恋人としての縁は切ったつもりだ。ここからは心機一転、改めて恋人を探そうと思う。『他人事』にしても、やはりハッピーな景色は見たいものだろう。こんなひねくれ者を誰かが好きになってくれるなら、是非交際してくれたらと思う。
「そういえば匠君は、テスト対策した?」
「俺達それどころじゃなかっただろ。してないよ」
「五月六月は抜き打ちテストが発生する可能性が高いからね。定期的に復習をお勧めするよ」
「んー……」
テストはつまらないので嫌いだ。それ以上でもそれ以下でもない。あまりにつまらなさすぎる。無意味ではないとしても、取り敢えず面白みのないイベントは大嫌いだ。その点体育祭や文化祭は身体も動かすし絶対トラブルが起きるしで、結構好きだったりする。
「乗り気じゃない?」
「まあなー」
「ではそんな匠君に朗報だ。五月の終わり際には星見祭がある。君は二年間美子の尻を追いかけてたからすっかり忘れてると思うが、あれはいいよね。学校にお泊りする行事だから」
発言に棘があるものの、そう言えばそんな行事もあったっけと今更思い出した。そして言われた通り、確かに昨年と一昨年はアプローチしていただけなので記憶も薄い。これも今更だが、自分が気持ち悪いなあと思った。『他人事』なので治すつもりはない。
「そんな素敵なイベントだけど、テストの点が悪かった人は地獄の校内宿泊テスト漬け地獄が待ってるから、ちゃんとやった方がいいよ」
「うーん。自信ないから良いカンニング方法を教えてくれよ」
「いいよ」
「いいのかよ」
ここまで円滑に事が進むと良心が手段を恥じる。その申し出は俺の方から断った。
「やっぱいいや。真面目にやるよ」
「僕が勉強を見てあげるよ」
「やだよ。お前いつも俺の順位の一個……」
そこまで言って、気付いた。あり得ない。個別教科、全教科総合。全ての点数において俺を丁度一下回る。一度ならず二度までも。三度過ぎれば四度あり。毎回毎回綺麗に一点だけ下なのは偶然では済まされない。
「まさかお前、狙って順位を運んでるのか?」
朱莉は悪戯っぽく舌を出して微笑んだ。
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