血祭りあげる宴の終わり
放課後。
授業が終わるや否や俺は直ぐに旧校舎へと向かい、先に潜伏した。山本ゲンガーに意図を悟られない為に敢えて遠回りをするのは大変だった。具体的にはグラウンドの方にある裏門を回って表門から入り直してから旧校舎に入った。
「朱莉。山本君の方は?」
「まだまだ。ん……野球部のいつメンと別れた。旧校舎に向かうみたい」
「分かった、待機する」
先に結論を話しておくと、今朝話した山本君は十中八九偽物だ。
まるで当てずっぽうみたいに聞こえるが、殆ど確信に近いモノがある。山本ゲンガーは目立ったミスこそしていないが、今朝の質問の反応が全てだ。問うに落ちぬは語るに落ちた。本物なら、行こうとしないだろう。そもそも美子からの呼び出しを俺が代理として務めている時点でおかしいと聞いてくるか。
俺と山本君が密会しようとした経緯を思い出してもらいたい。彼は何かとんでもない事を知っていて、それを俺に教えたがったのだ。『美子が自殺したと思ったら翌朝登校してきた上になんか破局してた』というトンチキな話を受けて言い出した部分が重要で、見かけ上は朱斗さえ流してしまった話題に唯一食いついた時点で、彼の持つ情報の類は恐らくゲンガーに関係している。教えようと思ったのは単なる善意だと思う。だからあの時の山本君は本物。
あの日以降、本物と偽物の見分け方に苦心していたから距離を取ったが、上述した仮定が正しいなら今朝の反応はあり得ないのだ。彼を呼び出したのは件の美子。大切な話があると言われても本物なら―――適当に誤魔化すか話の中身を尋ねてきた筈だ。何せもしゲンガーに関係するモノを見たなら大切な話という抽象的な話題は翻って自分に対する脅迫か口封じ目的でしかない。サスペンスやミステリーで被害者が死ぬパターンとしてもあるだろう。
だが、彼は何も突っ込まなかった。
山本ゲンガーが本物と相互理解の状況にあるならこんなポカはあり得なかっただろう。ただただ、未熟な手口に救われた。
「来たよ」
「分かった。じゃあお前も向かってくれ」
通話を切って、息を整える。こんな犯罪者染みた事をするなんて気が進まないと思われがちだが、元はと言えば殺しに来たあっちが悪いのだから報いは受けてもらうべきだ。俺にとっては所詮『他人事』なのだから、躊躇う必要はない。
ギイ。
二階に上がってくる音。そう言えば旧校舎の何処でという話をし忘れた。だが一階は外からも見えるしそもそも足場もないのでそこで待機される心配はない。待つとすれば二階か三階で、どうやら美子を探しているらしい。俺は教室に隠れて、彼が通過するのを待った。
喋らないのは、また顔を隠しているからだろうか。
足音が壁越しに背中を通過した瞬間、俺は教室を飛び出し、背中から男に飛びかかった。
「……!?」
やはりあの時と同じ格好だ。バットに野球の防具。背中からは見えないが顔隠しもあるだろう。今回、俺は顔を隠していない。ここで逃がせば次はない。
「大人しくしろ! この―――『偽物』がッ!」
力づくで防具を外し、その顔を露わに。その直後に頭突きの反撃。頬を掠める。それでも言葉を発さない山本君を見て、初めて俺はゲンガーの存在を認知した。何から何までうり二つ。背格好も同じなら顔もまるっきり山本君だ。これが偽物だというなら、確かにその違いは『本物じゃない』以外にない。
背中から何度も膝蹴りを入れて空き教室の中へ投げ飛ばす。近くの机に当たった山本君はそれでも怯まずに向かってきた。
「何すんだ!」
言葉上は被害者を装いつつも、やはりバットで突っ込んでくるか。凶器持ちに勝てる自信はない。俺は手当たり次第に旧校舎の椅子や机を投げ飛ばして対抗する。一個一個の投げるスパンが長いので簡単に見切られてしまう。黒板消しだけは当たったが、怯んではない。最後の椅子は単純に武器として使わせてもらおう。
「ようやく喋ったなゲンガー。美子はここには来ない。お前がこれ以上偽物を続ける事も許さない。諦めろ」
「ふざけんな! 俺が偽物だって……? お前、そんな奴じゃなかっただろ! 偽物はお前の方だ!」
「そんな親しかったか?」
椅子でバットを受け止めるのが精いっぱい。罠に嵌めた筈が何故か追い詰められている。痛覚がないなんて特性は聞いてない。単にダメージを与えられてないだけだ。黒板消しの柔らかい側面が当たったくらいじゃ本物だって怯まない。
椅子の足で彼を突き飛ばすと、俺は敢えて自分の目の前に椅子を投擲。バットを構えようとした山本君も思わず構えを解いてしまった。その飛距離では自分まで届かないと知っていたから。
だからドロップキックで飛距離を水増しするなんて、思いもしなかっただろう。
「うわあああ!」
ドンッ、と鈍い音が衝突して椅子が落下。野球部特有の反応速度で防御だけは間に合ったらしいが、強かに背中を打って喘いでいた。
「なんで……だよ! ふざ、けんな。ぶ、ぶっ殺して……」
「ぶっ殺して、何?」
朱莉が教室の扉を閉めながら、入ってきた。事情を知らぬ山本君は泣きそうな表情で彼女に訴える。
「朱、朱斗ッ。助けてくれ、あ、アイツ。匠悟がおかしくなっちまった。た、助けて」
「ぶっ殺して、何」
「助けてくれ!」
「ぶっ殺すよ」
旧校舎が静まり返る。
命の奪い合いにヒートアップしていたが、俺達はきっと騒ぎ過ぎたのかもしれない。訪れた静寂は苦言を呈しているようだった。やはり時間帯として放課後直ぐを狙ったのは正解だ。見回りは少なくとも部活が終わるまでは始まらない。
「ねえ山本君。ぶっ殺すなんて普通の人は言わないよ。君こそどうしたのさ」
「そ、それはだって。殺されかけたんだぞッ。俺、怖かったんだから!」
「怖かった、ねえ。それは匠君の方だ。彼は何も知らなかった。知る事もなかったのに、お前みたいな人間もどきが手を出したからこうなったんだ。ぶっ殺してやるなんてきつい冗談やめてくれよ。今はどっちが有利なのか認めるべきだ」
「は? 何を―――」
朱莉のケリが、山本ゲンガーの左目を打ち抜いた。声にもならない悲鳴を上げてゲンガーは床をごろごろと転げまわるが、足でお腹を抑えつけられ、強制的に釘付けになる。
「僕は冗談では言ってないよ。君を今からぶっ殺す。偽物は所詮偽物。『本物』の私達に排斥される運命だっていい加減自覚してほしいね」
そこで初めて状況を把握したのだろう。最後の手段として山本ゲンガーは大声をあげようとしたが、それも詰め込まれたハンカチによって妨害された。彼は泣きそうになりながら、今度は俺に助けを求めている。お前も良識ある人間なら助けてくれと言いたげだが、『他人事』なので無視させてもらう。
彼は遂に泣き出してしまったが、朱莉の手は止まらない。ポケットから出てきたタオルで口を縛って即興猿轡の完成。自由な両手は抵抗し放題なのだが、その度に彼女は鳩尾を踏みつけて弄んでいた。残念ながらバットは目を蹴られた際に手放している。俺の足元だ。
「朱莉。やっぱり殺すのか?」
「うん、殺すよ。生かしておいても危険なだけだ。あ、別に君がやれとは言ってないよ。嫌なら僕が済ませる。いずれにせよ用具入れを開けてくれない?」
言われた通りに用具入れを開けると、中には掃除用具でも埃でもなく、包丁や木刀に始まり、はては鞭やら針やらペンチやらがこれでもかと詰め込まれていた。朱莉が早朝に仕込んだのだろうか。一瞥すると、彼女は意地の悪い笑みを浮かべた。
「夜の見回りは結構雑でね。用具入れとかはあんまり見ないんだ。毎年毎年不法侵入者がいるならともかく、そうじゃないなら厳しく見回る方がおかしい。まあ、人の惰性って奴だね。単純にスペースが狭いから用具入れに入れる奴が限られるってのもあるけど」
―――これ、俺が選ぶのか?
殺しの道具というよりはどう考えても痛めつける為の道具まである。今回は時間効率も考えて包丁と―――金槌を選択した。朱莉は一瞬だけ嬉しそうに眼を見開いたが、直ぐに首を傾げて包丁を受け取った。
「人を殺した事でもあるの?」
「ない。けど、こいつらは人じゃないんだろ。俺はお前の言葉を信じる事にするよ。『自分』と全く同じ存在は一度のさばらせたら取り返しがつかなくなりそうだ。人と人の同士討ちなんて始まったらそれこそ侵略成功って事になる」
「そこも信じてくれるんだッ?」
「―――ま、『他人事』だしな。お前だけに穢れ仕事をしてもらうのもあれだから、共犯って事で」
包丁が山本ゲンガーの喉に突き立てられたと同時に、俺もまた脳天に金槌を振り下ろした。怪物にも似た濁音だらけの悲鳴が僅かに聞こえ、直ぐに途絶える。『本物じゃない』というだけの偽物は体の中身まで人そっくりだ。弾けた脳漿が全身にかかり―――しかしすぐに、消えてしまった。
「『本物』っぽくないな」
「未熟な奴がいたもんだね」
言いつつ朱莉が山本君の制服を切り開く。最初に彼女が刺した横腹の傷が、特に継ぎ目も痕跡もなく綺麗になっていた。
「あの場に行ってない筈の本物が負傷してるのはおかしいと思ってやったんだろうけど、本当に下手くそだ。その内仲間からも殺されてたんじゃないかな」
「いまいち要領を得ないんだが」
「本物にない再生力を勝手に獲得したせいでゲンガーの本来の姿が漏れてるって事。本当は血の処理とかちゃんとしなきゃいけないんだけど、死体を運ぶだけなら楽でいいや」
袋を取ってくる、と朱莉が教室を後にした。彼女の言葉を信じるならゲンガーのなりきりはマニュアル作業であり、非常にシビアなものである事が判明した。だから本物と交流しておく必要があるのかもしれない。今回みたいなミスをしない為に。
―――でもこのままじゃ運び辛そうだな。
山本君の身長は一八〇あまりもある。頭と喉を潰しただけではまだまだ原寸大だ。
彼女が戻ってくるまでの間、俺は山本ゲンガーを引き続き解体する事にした。
手を徹底的に砕き、四肢をバラバラに切断し、肋骨が骨粉になるまで何度も何度も金槌を振り下ろし、空っぽのお腹に四肢を詰めたら肉餅になるまで何度も何度も何度も何度も―――
ああ。
これを美子にもしなくちゃいけないのか。
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