何気なく
朱莉を家から追い出したタイミングは奇跡的だった。階段を上っていると、部屋に籠っていた姉貴が丁度出てくる所だったのだ。
「新しい友達?」
「ああ……そんな感じ」
勘違いしないでほしいのだが、家族仲は険悪ではない。ただし妹は俺を怖がっている。そんな彼女を一人には出来ないから両親も離れただけであり、そこさえ目を瞑れば至って良好だ。
「でも聞き覚えのある声だった感じもするんだよな。朱斗君?」
「ああ、えっと。違うよ。所で姉ちゃんは何してたんだ?」
「ん。記事書いてたの。見る?」
心姫の職業はずばりオカルト誌のライターだ。現代にオカルト話の需要があるかと言われたら、あんまりないのだが、彼女はとても有名な心霊スポットの真実を解き明かした事でその界隈では有名人らしい。あんまりその実感はない。芸能人が家族に居る人はこんな感じなのだろうか。
―――心霊か。
ゲンガーって、心霊現象なのか?
「因みに、何の記事だ?」
「んーとね。ニュース見ないよね。じゃあそこから説明するか。部屋に入って」
入ってと言いつつ手を引かれたので抵抗の余地はなかった。姉貴の部屋は暗幕とブラインドによって閉め切られており素人目にも健康に悪い。太陽光を浴びると眠くなるとは彼女の談だがいつから太陽には睡眠薬の作用が生まれたのだろうか。
「それとも二十八歳になると皆こんな感じなのか?」
「違ーいまーす。ただ、夜に活動する関係上、どうしても太陽って寝なきゃいけない合図みたいな所あるからさ」
壁にはその昔助けてもらったらしい男性の絵が描画されている。何でもその時は中学生だったらしく、俺の学校に居ないと分かるや肩を落としていた。
「何見てんの弟君。パソコン見て」
視線を姉貴の手元に移す。記事には『首相自殺報道、誤報か』との見出しで何やら難しい文章が羅列されていた。普通に考えて自殺報道が誤報になる訳がない。矢面に立つ首相は偽物で、本物は既に暗殺されている……みたいな陰謀論なら、話は分かる。だが自殺が確定した上で誤報。それはもう謝罪では済まされない間違いだ。
誤報が誤報と判明する以前、死人に口なしをいい事に『関係者』からのネタを好き放題書いていた記者は減給処分及び謹慎を食らっていた。
「……あれ、でもこの記事。二年前じゃんか」
「なにもタイムリーなだけが面白い記事じゃないの。この記事は私のテーマにとって始まり。ここから、死亡記事の誤報が連続するのよ」
どこぞの少年が自殺。誤報。
どこぞの女性が自殺。誤報。
どこぞの幼児が車に放置されて死亡。誤報。
あり得ない。
『他人事』にしても、俺は異常な事態を察知していた。誤報が全くないとは言わない。報道しない自由とやらを行使して偏った記事が出るのも、否定はしない。だがこれは最早捏造の次元ではない。単純に事実が異なっている。
「姉ちゃん。もう一人の自分が居るって、マジな奴?」
「誰から聞いたの?」
「いや……ああ、誰からっていうか、耳に挟んだだけ」
姉貴は真剣な表情で俯いている。知っているのかいないのか微妙な所だ。俺にその手の知識は全くない。その方面で頼りになる姉貴が駄目ならお手上げだ。地球侵略がどうのという戯言は流石に信じる気にもならないが、その存在だけは認めるかもしれない。それは彼女の答えによる。
「私は、知らない」
「誰か知ってる人が居るのか?」
「私が探してる子、当時もライターやってた私よりも詳しかったわ。彼なら何か知ってるんじゃない?」
「誰なんだよ」
オカルトライターよりも詳しいとなると単に頭がおかしいのか……いや、姉貴の恩人を悪く言うのはやめよう。でも変わった人間だとは思う。
「分からないから探してるんでしょ。だから、弟君の役には立てないかな。でももう一人の自分にやっちゃいけない事ってのは教えられるよ」
「何だ?」
「信用するな」
それは、もう知っている。
朱莉が教えたやり方の中に含まれている行為だ。収穫はないかと思われたが、知識が一致したという事はそれが正しいという証明だ。少なくともゲンガーについては同一の性質を持っていると考えて良い。
「そうか。ありがとう」
「ん。ごめんね。それよりも弟君、お腹空いたでしょ? 今日は私が手料理作ってあげようか」
「姉ちゃんの手料理からはテロイズムを感じるから嫌だね」
テロイズムを感じる手料理、略してテロうり。何だテロうりって。
それはともかく、外食で済ませた方が良いのは確かだ。ゲンガーとやらの相手もしなきゃいけないのに胃袋の調子が悪かったらどうしようもない。もし俺に過去をやり直す力や全てをなかった事にする力があるなら誘いに乗ったかもしれないが、そんな物はない。
あったら美子の自殺を回避する為に使う。
「ちゃんと練習したのに……」
「ごめん。今はデリケートな時期だから。恋人と色々あってさ」
追及されたくないので足早に外へ。階段を下りて玄関を出ると、朱莉が暇そうに本を読んでいた。
「……帰ったんじゃ?」
「帰ったよ。でも家に帰れとは言われてないからね。こうして外に出るのを待ってた」
「文脈で家に帰れって意味だぞ」
「言外なんて知らないね。僕はルールで縛られるのが嫌いなんだ。大方君はお姉さんのテロイズムを感じる料理、テロうりを食べたくなくて外に出たんだ。違うかい」
何だテロうりって。
朱莉が事情を知っているのは、昔から俺が愚痴を吐いていたからだ。決して盗聴した訳じゃないだろうし、盗聴出来てしまうならゲンガーにも同じ事が出来てしまう。遠回しにそれはここが安全場所でない事を示している。
「正解。という訳でこの哀れな子羊に飯の救いを求めん」
「ふーむ。じゃあその辺のレストランでも行く?」
「いや、レストランはちょっと……なんか、お会計しようとするととっくに終わってて怖いからいいや」
「―――あ。確かに今は怖いね」
一日だけならラッキーな事件があっただけだが、毎食続くとなるとラッキーというより不気味だ。金銭的ダメージが皆無の代わりに精神的にクる。ゲンガーの話を聞いた上で、ついさっき襲われたばかりなら猶更である。
「じゃあこうしよう。今から僕がお弁当を持ってくるから、今日泊めてくれ」
「……なんか泊まる口実に使ってないか?」
「ハハハナンノコトカサッパリハハハハハ」
まあいいか。
実は女だろうが女装だろうが、朱莉は友人だ。段階を踏み飛ばしている気もするが距離が近ければそれだけ密談も出来る。今後の方針について綿密な連携を取りたい所だ。美子の事もそうだし、山本君についてもそう。一大事だ。俺の恋と、命が懸かっている。
「どう? 魅力的な提案だと思わない?」
「テロうりだけは勘弁な」
その問いは敢えて無視され、代わりに彼女が死角から取り出したのは大きなリュックサックだ。朱莉が使うには過重で、荷物を詰め込んだが最後一センチたりとも動かせない事が確定している。何故その鞄を杖にドヤ顔を浮かべているのだろう。
「これ、君の部屋に運んどいて」
「はッ?」
「泊まるから色々ね。心配しなくてもちゃんと男の子っぽいのを選んでるから」
「あ―――おい」
返事をさせない事で強引に承諾させるやり方か。朱莉の姿は道の彼方へと消えていた。アイツは知っているのだ。俺が承諾しなかったからって放置する男でない事も、この荷物を運ぶくらいの力はある事も。
「……食えねー」
やはり、アイツだけは敵に回したくない。
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