新たな側面


「お邪魔しまーす」

「待てーい! 待て待て待てほんと待てちょっと待てこっちに来いおら朱斗」

 何故か家にまで着いて来た彼女を庭の方へ連れて行く。両親は絶対帰ってきていないが、姉は確実に帰宅済みだ。果たしてこのややこしい状況を説明して彼女は理解してくれるだろうか。弟の男友達は実は女だった……なんのこっちゃ分からない。

 もう少し胸があったら理解を示してくれたかもしれないが、男子と一緒に居ても見間違う程の絶壁だ。もう少し話は複雑になる。

「おい、どうせ男の方の服持って来てるんだろ? 着替えろよ」

「どうして? さっきも言ったけどみんな意外と人そのものを見てないよ。僕が女装してるだけって事で決着する筈さ」

「すると女装趣味についてまた説明が要るだろ……いや、別にそんな説明要らないか。最悪お前が脱げば女性って事が分かるし」

「えッ。……い、家で。き、君も見るの?」

「良識的には見ないつもりだ。お前が見せたいって言うなら堪能するけど」

「……! ば、馬鹿ッ。お姉さんに叩きのめされても助けてあげないから!」

「おやや。本気にしてしまうとはらしくもないな。まさか本気で着替えを見せようってつもりだったならまた随分とドスケベな高校生が居たもんだ」

「――――――!」

 無言で睨まれたのでこの辺りでやめておこう。

 小声で「バラさなきゃよかった」という声が聞こえたが本当にその通りだ。何故にバラしたのかさっぱり分からない。性別を隠す事で後々不和に繋がるかもという危惧なら不要だ。流石にそんな事で友達を止めたりはしない。

「いやまあお前がエロエロなのは置いといて、あんまり家に来るタイプの付き合いでもないから、不審に思われそうなんだよな」

「なんかとんでもない風評被害を被りそうだね、訂正してほしい所だけど、僕としては安全な場所が欲しい」

「安全?」

「別に、ゲンガーが潜むのは学校だけじゃない。世界中何処でもだ。説明しないと君が納得しなさそうだったからさっきはリスクを取ったけど、ゲンガーは自分達の存在に気付いた者を許さない。何処で耳を立てているかも分からない。だから、個室が欲しいんだ」

「個室は良いけど、別に俺の部屋は電子錠もないし防音設備もないぞ」

「いや、ほら。君の部屋は安全そうだろ」

「根拠が欲しいな」

 安全そうという感想ではなく、どうしてそう思ったかの理由を聞きたいのに、朱莉はどうしてかそれを拒む。協力関係を築いたまでは良かったが、当のパートナーがこんな調子だとハッキリ言って信用出来ない。

 俺達は無二の親友とかそういう重い関係ではない。飽くまで悪友だった。互いを嗤い、気分が良いので一緒に居るだけの存在。それが家に来る仲ともなると理由が必要だ。残念ながら俺達は恋人ではないし家族でもない。

 追い詰め過ぎたのが良くなかったのだろう。素っ気ない顔で返事を待っていると、不意に突き飛ばされ、朱莉が横の壁に手を突いた。逆壁ドンである。

「分かれよおおおおおおおおおお~! 僕は君の部屋を見てみたいんだってば……!」

「素直にそう言えばいいんだ。変に理屈っぽくしないで」

「じゃあついでに私服も見てみたいし、お風呂も見てみたいていうか間取りが欲しいな。後、君の女性遍歴について聞かせてほしいかもしれない。中学校以前ね。君のそのろくでもない性格を考えると被害者が居ても不思議じゃない」

「さりげなくディスられた?」

「事実だとも。僕は君と知り合ってからずっと君の動向を見てきたけど、ちょっと可愛い子を見かけたら何かにつけてコナかけてただろ。大体がして僕が真面目にアドバイスしてやったのはそんな軽薄な君が本気で恋してると感じたからだ」

  え?


『美子ぉ? いやあ無理だね無理無理。あんな美人と君が釣り合うなんて鏡見てから言ってくれよ!』

『彼女好きな人いるんだってね。残念だったなあ! これに懲りたらさっさと諦めて僕とのおふざけライフを満喫する事だ』

『え、嫌われた? ノート貸してくれなかったって? たは、ウケる! え、え、えそれでそれで? どうしたの? 諦めたとか言わないよね?』


 あれで…………?

 分かった。彼女は記憶を美化している。言語には少なからず主観が混じるので、そんなつもりで言った訳ではないなら、こちらの受け取り方はともかく記憶はそのように歪められる。

「……どうしたの? 考えちゃって」

「いや、何でも。取り敢えず家には入れるから着替えてくんね?」

 少し、気になった。

 朱莉に告白したらどうなるのだろう。揶揄うつもりとかではなくて、試しに本気で告白したらどんな返事が返ってくるのか。彼女はそれを本気として受け取ってくれるのかどうか。


 ―――止めといた方がいいな。


 ろくでもない俺に言わせれば、彼女も十分ろくでもない。直前のやり取りで分かるだろう。ゲンガーと知った上とはいえ、クラスメイトを躊躇なく刺した。刺せてしまった。その危うさは紙一重で、うっかり告白しようものなら『嘘っぽいから死ね』とやられかねない。

「朱莉。俺が好きって言ったら付き合ってくれるか?」

「え、うん。勿論」

 やめとこ。

 こいつは多分、一番危ない。




















 姉貴は部屋に閉じ籠っており、俺の想定するトラブルは全て杞憂に終わった。再び男へとジョブチェンジを果たした朱斗と共に階段を上る。自分の部屋に女の子を招いたのは初めてだ。建前上男だが、建前なので意味がない。

「階段を上ってる時にふと考えたんだが、美子もゲンガーって事でいいんだよな?」

「ん……いい所に気付いたね。実を言えば、分からないんだ」

「山本君は判断がついたのにか」

「あれは君を襲ってる所を見かけたからだし。まあ単純な話だよ。ゲンガーは基本的に友好的だと言っただろう。最初の内は本人が顎で使える存在と言ってもいい。だから……あまり気分は害さないでほしいんだが、美子が筋金入りの性悪で、君に関与したくなかったからゲンガーの方を付き合わせた可能性は一応あるんだ」

「ゲンガーに自殺する理由はない筈だ」

「そこで本物と決めつけるのも早計だ。君はどうして自殺したのか見当もつかないんだろう。理由がないという可能性も考慮すべきだと思わないか?」

 話はやや平行線を辿る。

 美子が偽物の可能性。無いとは思いたいが、否定しきれないのが元カレとして辛い所だ。そう言われればという、気がかりに過ぎない思いだが。美子の好感度がある日突然上がった気がするのだ。最初は相手にされていないというか、鬱陶しいと言わんばかりの扱いを受けていた気がする。

「これ、二人の思い出アルバム的なの?」

 朱莉が小さな棚から取り出したのは水色の日記帳。何故そう思ったかは不明だが正解だ。中には俺と美子のデートの記録だったり、ツーショット写真が飾られている。三冊を目指したが、結局一冊も使い切る事はなく破局した。

 マジマジと写真を見つめる彼女を眺めながら、過去のデートで不審な点が無かったかを思い出す。


 結構、ストーカー染みていたかもしれない。


 美子とは別クラスで、好感度を稼ぐためにはどうしてもそうならざるを得なかった。朱莉に限らず様々な人に頼って情報を集めて、その時何を欲しているかを導き出しては行動する。その繰り返しだ。

 忘れもしない、あの事件。購買で財布を忘れた彼女の為にお金を用意した所、『気持ち悪い』とストレートに罵られ、ついでに三百円失った。大抵『他人事』として片づけてしまう俺も、あれには呆然としたものだ。何が悪いか分からなくて。

「……思えば、不思議だ」

「何が?」




「俺は、美子の事を何も知らない」




 好きな物も知らないし。

 何が得意教科かもしらない。

 誰と仲良しかなんてのも知らないし。

 スリーサイズなんて論外だ。


 どうして付き合えたんだろう。


「それはそれは。じゃあ当面は美子について調べよっか。僕も全面的に協力しよう」

「因みにもし偽物だったらどうするんだ?」

「それを言って、君に嫌われるのは嫌だな」

 もう想像がついた。というより、現実に遭ったというべきか。

「じゃあ聞かない」

「そうしてほしい。僕も嫌われたくない」


 『他人事』で嫌いになんてならない。


 まして相手はゲンガー。偽物・・だ。

「その代わりこっちを聞くぞ。お前が女子って事、俺以外に知ってる奴は?」

「僕が知ってる限りはいない。バラさないでよ」

「バラさないよ」

 その方が役得な感じがするし。

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