愛しい契り

「……で? ゲンガーだっけ」


「そう、ゲンガー」


「それってポケ〇ンの―――」


「ちっがう! ゲンガーとは人の事だ。君だって聞いた事くらいある筈だ。世の中には全く同じ顔を持った人間が居るって」


「はあ、整形手術でもしたんですかね」


「だから違うッ!」


「じゃあ双子」


「ちーがーう! 話をちゃんと聞けよー!」


 少し茶々を入れ過ぎた。話の腰を折り過ぎて折る所が見当たらなくったとか、着地点を見失ったと言ってもいい。恩人は終いには不機嫌になり、口を尖らせながらもやはり説明を続けてくれた。


「全く同じ、同一の存在。本物じゃないというだけの存在。それがゲンガーだ」


「それが何で俺を」


「私には分からない。ただ、奴等は何らかの目的で人類を侵略していると見ている。ゲンガーとは歩くという意味の言葉から派生した言葉で、そこから目的に向かって進む人間とも―――何だその微妙な顔は」


「いや、悪友が実は女の子だったのに驚いてたけど、そこに電波系まで付け加えられるとどうやって取り扱えばいいか分からなくて」


「実に緊張感が無いな、君は! 他人事みたいに語るんじゃないよ!」


 実際他人事なのだが、それは置いといて確かにこれ以上はふざける訳にもいかない。電波系だろうが遅めの中二病だろうが恩人には変わりないのだ。何が何だかさっぱりで状況が把握しかねるので、おふざけはこの辺でやめておこう。


「ふざけるのをやめる」


「良かった」


「何で男の制服を?」



「そこッ?」



 朱莉は目を丸くして、俺の頭を何度か叩いた。正常に決まっている。何よりも気になるだろう。腐れ縁気味だった友達が実は女の子なんて、ぶっちゃけ恐怖しかないというか。男と女では随分体の特徴が違うだろうにどうして俺も含めて全員気付かなかったのか。気にならない方がどうかしている。


 朱莉は調子狂うなあとごちってから、気を取り直して語り始める。


「―――制服はね、便利なんだよ。私が何を語るまでもなく、人はその制服を見て全てを判断する。星代美高校の男子生徒だとね。正直に言って、なり変わりをされない為に最も重要なのは正体を現さない事だ。だからまあ……隠してた。そこは謝る」


「ああ、別に怒ってないぞ」


 制服の話はいまいち要領を得ない所だったが、なるほど喉仏がハッキリしていない。その一点だけでも本当に男性かと疑わしくなるところを服装が保証している訳だ。男子生徒の服を着ているので男。朱莉は中性的な顔立ちだ。おまけにド貧乳だ。それでいて童顔で、本当に男でも女装が似合うタイプというか。


 その上で制服が男子規定の物であれば疑う人間はいない。


「君はどうでもいい所で嘘をつくね」


「本当に怒ってないし」


「じゃあなんで殴ろうとしてくるのさ」


 そこで俺ははたと気付いた。なんとひとりでに左拳が指を固めて拳骨を作っていたのだ。おおっとわざとらしい反応と共に解放してやると、彼女は伏し目で怪しそうに睨んでいた。そんな目で見つめられても怒ってないものは怒ってない。


 ただ美子と付き合うまでにかなり相談したのに八割悪ふざけで返してきた事に今更腹が立ってきただけだ。異性ならもっと親身になってくれ。


「一つ聞かせてほしいんだが、ゲンガーが侵略どうこうってのはマジで言ってるのか? お前の妄想じゃなくて」


「……妄想と言えるなら、匠が今殺されかけた事実についてどう説明しようかね」


 あれは。


 説明が付きそうもない。だが飛躍しすぎだ。誰かを殺したいAさんは国家転覆を考えているのかと言われたら違うだろうに。


「あれだよ。ほら、時々らしくない事をしたい瞬間ってあるじゃないか。山本君は突発的に人を殺したくなって、たまたま人気のない所にいる俺を殺そうと思い立っただけだ」


「匠」


「無理があった、すまん」


 たまたまで殺されてたまるか。突発的に人を殺したくなるのもそれは人間社会を生きられる精神ではないので早々に病院へ行った方がいい。ゲンガーの存在よりも飛躍し過ぎているか。もう一人の自分なんて、信じたくもないのに。



 その存在を否定する為に、それこそたった今嘲った妄想を披露しなきゃいけない。



「―――詳しく聞かせてくれよ」


「ではこんな危ない場所からはとっとと退散して、家に帰ろうか。私―――いや、歩きながら僕と話そう」


















 ナチュラルに部活をサボった朱莉(着替えるのが怠いという事で口調だけ男に戻った)と共に帰路に着くと、彼女はゲンガーについて様々な情報を教えてくれた。


 まず、ゲンガーの目的は地球侵略。それは何人も居て、何時の日か全ての人類とすり替わって世界を手にするつもりらしい。妄想にしか聞こえないが、仮に事実でも今はどうでもいい。そこは問題ではない。


「ゲンガーはほとんどの場合、最初は友好的なんだ」


「へえ。警戒心を解く為って事か?」


「まあ、そうだ。本物が誰かに代わって欲しいと思う様な事をどんどん引き受ける。時間をどんどん奪うんだよ。やがて『本物』から『本物の時間』を完全に乗っ取ったら後は何もしなくていい。『本物』は周囲によって自動的に偽物になる」


「ぜんっぜん分からん。家族とかなら分かるだろ、顔が同じでも」


「いいや無理だね。『本物じゃない』以外は一緒なんだから」


 肝心の相違点が具体的なようで抽象的なのはどういう了見だろうか。本物じゃないとは何だ。本物の定義を教えろ。現実がそこまで杜撰とは思いたくない。俺は早くも話を切り上げたかったが、朱莉は、腐っても俺の悪友。



「復讐するべきだ。匠。美子はゲンガーに殺されたんだから」



 現時点で、最悪にして最良のツボを押せる。


 美子の違和感は、ゲンガーの存在さえ認めれば説明出来てしまうのだ。朱莉の説明は彼女の状況と真逆だが、暗にこう言いたかったのではないだろうか。美子はゲンガーに目を付けられたが、仲良くなれなかった。だから自殺に誘導され、強引になり上がられたのだと。


「ゲンガーの地球侵略について、僕は別に信じてもらう必要はないと思っている。いや、そりゃ傷つくけど、確かに馬鹿げてるからね。でもどうだろう。事実として君は美子の自殺を目撃し、何でもない美子を目撃した。そしてついさっきの襲撃。無関係とは思えない筈だ」



 


 正直に言おう。実感が湧かない。




 他人事だから。事態の重さがどうであれそこに全てが集約される。ゲンガーなんてああ、信じない。信じたくない。


 だが…………殺されるのはごめんだ。



『死ぬのは嫌だ』 



 それはきっと、痛いから。


「ん?」


「どうしたの?」


「いや、待てよ。その仮定だと、山本君は既にゲンガーだろ。俺殺されるじゃん」


「顔を見られたからって? 顔布被っておいて良く言うよ……それに多分だけど、山本君のゲンガーはやり方が未熟なんだと思う。僕の予想が正しければ、単に二人いる状況を作ったんだ」


「全然わからん。お前の説明が理解出来た事なんて十回もないけど」


 朱莉は瞳を潤ませ、信じられないとばかりに口を開いていた。日頃からそれなりにオーバーリアクションなのは知っているが、女の子と分かるとその感想も変わってくる。今は可愛い。


「ごめん、半分嘘」


「半分ッ……!? よ、要するに、本人にも接触してないんだよ。本人の知らない内に好き放題して乗っ取ろうって作戦なのかもしれないね。だから翌朝登校したら殺される線は限りなく低い」


「でも単に『二人いる』だけなら、遭遇する可能性はあるよな」


 学校に全く同じ顔の人間が二人居ても、正直誰も気づかない。だって、誰もそんな可能性を考慮しないから。実際に顔を並べでもしない限り、同一人物のタイムラインが連続しただけと納得されるオチだ。


「そうだね。ゲンガーは自分が偽物と気付かれるのを嫌う。君だと分かり次第適当に理由を付けて孤立させてから殺すだろう……馬鹿に理解が早いけど、経験者とかじゃないよね」


「んな訳。俺はひねくれてるからな。女の子の前じゃ分かった風にして格好つけたいだけだ」


「僕を女の子として見れるんだ?」


「恋愛対象って意味じゃないなら、まあな」


 破局についてまだ俺は認めていない。ゲンガーがもし美子を騙って俺に失恋を経験させるつもりだったなら、俺達の関係はまだ終わっていない。ついさっきは食い下がるつもりと言ったがあれは嘘だ。破局したなら大人しく引き下がろう。ひねくれ者は前向きに生きられない。


「……そっか」


 少し、寂しそうな声で朱莉は相槌を打った。


「正直、もう一人の自分が居るなんて別に信じてる訳じゃない。一理あるよねってだけだ。残り九理はお前の妄想説な。でも殺されかけたのは事実だし、死んだ筈の美子が生きてるのも事実。だから―――何か色々知ってるっぽいし、俺としては手を組みたい所だ」


「え?」




「協力してくれよ。そのゲンガーって奴……何とかしたい」 




 そうでなければ、突拍子もない話を語り出す筈がない。


 ゲンガーが居たとしていなかったとして。何の用もないなら適当に騙しておけば良いのだ。真偽問わずそれを話したからには用があるという事。


 それでもって、多分。女子の方から言わせるのは失礼なのだと思う。こっちは個人的な価値観だ。俺は手を差し伸べて、握手を求める。


「なあ、朱斗」


「そっちじゃない」


「朱莉。頼む」


「そっちじゃない!」



 ……ええ?



 朱莉はおろおろし始めた俺の手を取り、恋人繋ぎに強く握りしめた。


「…………ええっと、二股をかけるつもりはないんですが」


「分かってるよ。やってみたかっただけ♪ うふふ」


 不思議だ。


 女の子と分かると、途端にあらゆる仕草が女性らしく見えてくる。揶揄ってるつもりなら是非ともやめてもらいたい所だ。傷心中にそんな真似されたら好きになってしまうだろうが。




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