【KAC 私だけのヒーロー】気づいた感情

風瑠璃

腐れ縁

幼なじみと書いて腐れ縁と読む。物語ではよく描かれるその文言。ずっと一緒だからこそ見えているもの。見えないもの。近すぎるからこそある感覚のズレ。

だからこそ、気づくことがなかった。気づけていなかった。

わたしの、わたしだけの、ヒーロー。



「ねぇねぇ優衣ゆい

「なぁに?」


名留なとめ優衣ゆい。高校二年生であり、青春真っ盛りの女子高生。

そんなわたしに声をかけてきたのは、小柄な女の子。同級生なのに、小学生くらいで成長が止まってしまった友人の菜乃ななだ。

見た目のわりにパワフルで行動力のある彼女が前の席を勝手に拝借してわたしの頬をついてくる。

上目遣いに視線を送られるとその可愛さになんでもうんと頷いてしまいそうな魔力がある。愛くるしい小動物を彷彿とさせる。


悠希ゆうきちゃんが新城しんじょうくんに告白するって話。どう思う?」

「ん〜いいんじゃないかな。引っ込み思案の悠希ゆうきが頑張るんなら応援するよ」

「でもさでもさ!」

「言いたいことは分かるよ」


苦笑いしながら菜乃ななを制する。

新城しんじょうくんこと翔也しょうやとは幼なじみの腐れ縁で赤ん坊の頃からずっと付き合いがある。

喧嘩したわけではないけど、お互いに距離ができて久しい。同じクラスなのに、挨拶するくらいしか会話することがない。

両親の仲がいいので旅行など一緒に行くこともあるが、それでも思い出の中に彼はほとんどいない。隣にいることが当たり前になるくらいに一緒なのだ。会話がなくとも察する能力が身についてしまっている。


視線を向けると、一人で本に熱中している。悠希ゆうきも本が好きだからそこで共通点ができたのであろう。

目立ちにくいポジションにいるみたいだけど、やる時はやるやつなのだろう。


優衣ゆいはいいの?」

「腐れ縁から解放されるんだからいいんだよ」

「そっか。そっか〜」


同じ学校。同じクラスに今までずっと一緒。時には夫婦とバカにされたこともある。距離を取っているつもりでも、周りはわたしたちを一つのセットとして扱う。それがなくなるのならいいことだろう。むしろ、清々する。


うんうんと頷きながら去っていく菜乃なな。その後ろ姿を眺めながら、「いいん。だよね」と呟いた。


清々するはずなのに、胸の奥がチクリと痛む。

気にしないつもりでも、告白の結果が気になってしまう。

窓の外。空にある雲を眺めながら自分の選択が間違ってないことを確認する。



「ふわぁ。疲れた」


夏は日が長い。

冬であれば真っ暗な時間でもすごく明るい。だから、ついつい時間を見誤ってちょっと遅くなってしまう。


ファミレスで作戦会議に付き合ったけれど、悠希ゆうきの恋はどうなるのやら。

告白することは決めたみたいだけど、不安は大きいみたいで愚痴というか、相談というか、雑談に付き合わされたのだ。

幼なじみのポジションだと色々と情報を握っていると思われているようで菜乃ななから根掘り葉掘り質問されてクタクタ。

早く帰ってゆっくりしたい。


いつもの道を早足で帰る。わたしのほかにも歩いている人がいて、会社帰りのサラリーマンみたいな人だったり、学生だったりする。

その中に、全身コート姿の変な人が混ざっていた。

連日最高気温更新中なのに暑くないのかと思うほどの重装備。危険そうな人だなと思いながら曲がり角を右へ。

路地へと入るが近道であり、この道を通らないと十分近く時間が変わる。陰になってるところが多くて少し薄暗さはあるし、色んなところにゴミのような荷物が散逸していて危ない。けれど、住宅街だから叫べば人はすぐに来る。

地元の安心感を胸にたったかと路地を抜ける。


「ちょっと。いいかな?」


低く。重みのある声と共に肩を掴まれた。

突然のことにビクッと背筋を震わせる。

後ろを向けばさっきの不審者。結構な距離があったはずなのに、なんでここにいるのか分からずに動転してしまう。

叫びたくとも恐怖が先行してパクパクと口を開くことしかできなかった。

二メートルは超えているんじゃないかという長身から見下ろされると嫌な威圧感があり、身を縮こませる。

男性のようで、目深に被った帽子から見える眼光は鋭い。値踏みするように視線を動かしている。

振り払いたくともわたしの力ではビクともしない。自分の中にある緊急ベルが鳴り響く。

早く逃げろ。早く助けを呼べ。頭では分かっているのに体が言うことを聞いてくれない。


誰か。助けて!


「そこで何やってるんだ!」


叫び声。

聞き覚えのあるそれは、男の後ろから聞こえた。


翔也しょうや助けて!!」


安堵と共に口から零れた。

姿は見えなくとも、頷いてくれたような気がした。


「なんだね。キミは」

「そいつの彼氏だよ。なんだ。用があるなら、僕が聞くぞ」


初めて聞く宣言。

だけど、この場を鎮めるために必要なことだろうと便乗する。

幼なじみよりも恋人のほうがワードとしては強い。


「ちょっと道案内してほしいだけだ。この子に。だから、キミは関係ない」

「道案内なら僕がするよ。だから、優衣ゆいを離せ」

「この子がいいんだよ」


ニヤニヤするような言い方に、明らかな事件性を感じる。身を震わせて縮こまるくらいしか道はなく。こっそりとスマホを取り出すも取り上げられた。


「さっ案内してもらおうかな」

「いっいや!!」


掴んでいる腕を叩く。

まるで岩を叩いているようで、わたしの手が逆に痛くなる。

助けて。助けてよ。翔也しょうや


「ええい」


掛け声と共に翔也しょうやが男と倒れ込む。よく見ればタックルで足辺りから無理やり押し倒したようだ。


わたしもそれに巻き込まれるが、近くに放置されていた荷物も含めて大きな音を鳴らす。

わたしに集中してたらこそできた芸当だろう。線の細い翔也しょうやの力だけでできるとは思えない。


大きな音に野次馬があちこちからやってくる。それに気づいた男は舌打ちして走っていく。

助かったことに気づいてホッとするーー


「何してるんだよ!!」


のも束の間。翔也しょうやが叫んだ。

制服姿で汗まみれの翔也しょうやを見て、どうしたのと問いかけたくなる。

帰る途中なら持っているはずの荷物もない。


「えっと、何?」

「何? じゃないよ。おばさんから連絡ないのに帰ってこないって聞いて心配したんだぞ。あちこち探してようやく見つけたと思ったら変な人に絡まれてるし」

「えっと、あっ!!」


連行されたせいで連絡をすっかりと怠っていた。

心配して色々と駆け巡ってたのかと思うと嬉しい気持ちが溢れてくる。

どうでもいい。とか思われてそうだったし。


「ごめん」

「まぁ無事ならよかったよ。帰ろうか。うわっあいつスマホ投げ捨てやがったな」


画面に罅の入ったスマホを渡してくる。

タッチすると動きはするけど、買い換えないといけなそうだ。

しょんぼりしてしまう。結構お気に入りだったのに。


「明日。付き合うから一緒にショップに行こっか」

「いいの?」

「もちろん。後、さっきは彼氏面してゴメンな。効果なかったし」

「それは、別に······」


太陽すら霞む満面の笑み。ずっと見ていたはずなのに、久しぶりに見た気がするその笑みに、胸が弾んだ。

気づかないように目を逸らしていた気持ちが動き出す。そっと視線を下げながら、わたしを救ってくれたヒーローに「ありがとう」とお礼をする。


幼なじみで腐れ縁。ずっと一緒だったのに、ようやく気づいた感情。

ああ。わたしはーー



翌日。学校に着くと、まずは悠希ゆうきに謝った。

もう応援はできない。自分の気持ちに気づいてしまったと。

友達でいられなくなることを覚悟してたのに、彼女はわたしを抱きしめてくれた。抱きしめて、「これからは、ライバルだね」と微笑んでくれた。


翔也しょうやが誰を選ぶか分からないけど、正々堂々戦おうと思う。


わたしはやっと、スタートラインに立ったのだ。

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