第9話 マダム・カリーナの店
辺境伯の屋敷というよりも城は、城壁の中に建てられている。
隣国が攻めてきた時に立てこもるために、
城壁で囲まれた街の奥にそびえたつような城が作られていた。
馬車の列が城壁の門をくぐろうとすると、
門を守る騎士たちが私に気がついて一斉に両脇に並び敬礼をする。
その間を通り抜けて街の奥にそびえる城に着くと、
使用人たちが馬車が止まる前に城の玄関口へと整列していた。
「手を。」
「ありがとう。」
リュカの手を借りて馬車から降りると、使用人たちが一斉に頭を下げた。
その礼の角度が最後尾のものまでそろっているのを見て、思わず笑みがこぼれた。
「さすがね、サリュー。
王宮のものよりも教育が行き届いているわ。」
「姫様が当主になるのですから、このくらいは当然です。」
この城をまかせていたサリューに声をかけると、にこりともせずに答えた。
王宮での教育係を引退しようとしていたサリューを口説き落とし、
この辺境伯領に送り込んだのは三年前だった。
伯父が辺境伯を名乗ってはいるが、実際には三年前から私が当主となっている。
お父様にあきらめてもらうためにも、先に実績をつくってしまったのだ。
伯父はとうに引退してしまっているし、前辺境伯であるお祖父様も私の味方だ。
覆すことができない状況にあると知ったお父様は悔しがったが、
これほどまで辺境伯領を私に掌握されてしまった後ではどうにもならない。
ようやくあきらめてもらって、この地に来ることができた。
「とりあえず部屋で休むわ。」
「かしこまりました。」
「あぁ、明日はマダム・カリーナの店に行くから、連絡しておいて。」
サリューへ必要な指示を出してしまって、私室のソファに深く座り込む。
さすがに三日間もかかる馬車の旅は疲れてしまった。
いくら揺れの少ない馬車だとしても、ずっと座っているのは肩がこる。
でも、これでようやく自由になれた。
辺境伯になってしまえば大抵のことは断ることができる。
王宮へ行くことも最低限に減らすことができるし、
あきらめの悪い婚約者候補にしつこく言い寄られることも無くなる。
これからのことを思ってにやけてソファに転がっていたら、
リュカがお茶を淹れてくれた。
一緒に旅していたリュカだって疲れているはずなのに、
そんな風には少しも見えないのが不思議だ。
私はもう、しばらくは立ち上がりたくないほどに疲れているのに。
「どうしてリュカはそんなに元気なの?」
「それは身体の鍛え方が違うからじゃないか?
なぁ、ミラージュ。
こんなに疲れているのに、すぐにマダムのところに行くのか?
もう少し落ち着ていてからでも大丈夫だと思うぞ。」
「うん、向こうは大丈夫だって言ってくれると思うけど、
私が安心できないの。
早く…ちゃんとこの目で見て安心したいから。」
「そっか…うん、そうだな。」
マダム・カリーナのお店は街の中心に近いところにあるが、
マダムが認めた顧客以外には服を作らないことで有名だった。
以前は王都に店を構えていたが、三年前から辺境伯領地へと移っている。
王都から離れた分、顧客が減るかと思われていたが、
マダム・カリーナの服に慣れてしまった顧客は他の店で仕立てることはしなかった。
店に着くと、すぐに奥の個室へと通される。
ここはリュカを連れてくることはできず、侍女も別の部屋で待たされることになる。
マダム・カリーナのお店は護衛や侍女であっても付き添うことはできない。
顧客だけが個室の中に入ることができる。
それだけこの店は客を守る手立てがあるということでもあるが、
マダム・カリーナを信用できなければ顧客になれないということでもある。
おそらく今日は私が来たことで他の客は断られているだろう。
申し訳ないが、今日だけは他の客が来てもらっては困る理由があった。
「お久しぶりね、マダム。」
「姫様、ようやくこちらに来てくださったのですね。
これからはいつでも服が仕立てられますわ。」
「今までは学園の長期休みにしか来れなかったものね。
ね、マリーは?」
「ふふふ。すぐに参りますわ。あぁ、ほら。」
お茶の用意をのせたワゴンを押して部屋の中に入ってくる。
その栗色の髪がふわりとゆれるのを見て、我慢できずに抱き着いた。
「会いたかったわ!ローズマリー!」
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