第8話 辺境伯領地へ
「準備はできたか?」
「ええ。お父様たちへの挨拶も終えたし、もう大丈夫。」
「じゃあ、早いけど出発してしまおう。
雨が降りそうな気がする。」
「わかったわ。」
王宮から辺境伯領地へと馬車を何台も連ねて出発する。
ある程度の荷物はもうすでに向こうへと送ってあるが、
王女が辺境伯領地へ向かうことを国民に知らせることも兼ねている。
豪華なつくりの馬車はあまり揺れることもないらしい。
旅立つ私へとお父様が贈ってくれたものだ。
婚約を発表したことで、もうすでにリュカは侍従の役を解かれている。
それでも変わらず、甲斐甲斐しく私の面倒を見てくれていた。
今日も辺境伯領地へ向かう馬車に一緒に乗って旅立つことになっていた。
遠慮してくれたのか、侍女たちは違う馬車へと乗るようだ。
長い旅になるが、リュカと二人きりで過ごせるとあって浮足立っている。
はしゃいで転ぶなよとくぎを刺され、おとなしく手を借りて馬車に乗った。
横並びに座ると、そのまま腰に手を回して支えてくれる。
もともと揺れにくい馬車ではあるが、リュカのおかげで安定感抜群だった。
「次に王宮に来るときにはもう女辺境伯になっているのね。
遠いんだし、あまり来ないとは思うけど。」
「いや、陛下は用事を作ってでも呼ぶと思うぞ。
最後までミラージュを辺境に行かせるのを反対してたの陛下だろ?
大事な娘を手元に置きたい気持ちなんだろうけど。」
「女王になる気はないってずっと言ってたんだけどね。」
「陛下の気持ちもわかるよ。
優秀なミラージュを女王にしたかったんだろう。
ルシアン王子が悪いわけではないけれど、良くもない。
まだ十歳ではあるが、王子の教育は苦労するだろうな。
どうしてもミラージュと比べられてしまう。」
「ルシアンが即位するとしても十年以上あるんだし、なんとかなるわよ。
まぁ、最悪ルシアンがダメで私が女王にならなきゃいけないとしても、
十年くらい時間を稼いでくれれば問題ないから。」
「どういうことだ?時間を稼ぐ?
女王になるのは嫌だったんじゃないのか?」
「十年あれば、私は子を何人か産んでいるだろうし、
子を望まれる時期を過ぎていると思うの。
そしたら新しい王配と閨を共にしなくてもいいでしょ?」
女王になるのが嫌だった理由は、リュカ以外と閨を共にしたくなかったから。
政治上の問題で王配が一人なのは許されない。
女王の出産時に一人の王配が権力を持って好き勝手することのないように、
最低でも三人の王配を持たなければいけない。
第一夫で妊娠すれば他の王配との閨を拒むこともできるが、
侯爵家のリュカは第一夫になるには身分が足りない。
他の婚約者候補の中から身分の高い順に第一夫と第二夫が選ばれ、
リュカは第三夫あたりになるだろう。
第一夫と第二夫とも閨を共にしなければいけない。
それが…私には我慢できそうになかった。
リュカ以外の夫はいらない、ただそれだけの理由だったから、
国王でもあるお父様にはわかってもらえなかった。
王になるもの、そのくらいは我慢しなさいと。
元辺境伯のお祖父様の後ろ盾がなかったら、議会を説得できなかっただろう。
私に甘いお祖父様を利用したのは申し訳ないが、
それは辺境伯をしっかりと治めていくことで許してもらいたい。
「…もしかして、ミラージュが女王にならなかったのは、
俺のせいか?」
「それは違うわ。リュカのせいじゃない。
だって、リュカは私が女王になったとしても王配になってくれたでしょう?
第一夫になれないとわかっていても、私のものになってくれたわよね?」
「ああ…そうなったとしても仕方ないと覚悟していた。」
「だから、これは私のわがままよ。
リュカ以外の夫を持ちたくなかったんだもの。」
「ミラージュ。…俺は三人分以上、ミラージュを愛すよ。
俺だけを選んでくれたことに後悔させたりしない。」
「わかってるわ。」
抱き寄せてくれるリュカの手が少しだけ震えている。
議会とお父様を説得して正式に婚約できるまで、
どれだけ私のことを想ってリュカが我慢していたか、よくわかっている。
誰よりもまっすぐに想いを伝えようとしてくれていることも。
そんなリュカだから、あなたを選んだのだもの。
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