第10話 マリー

「会いたかったわ!ローズマリー!」


「ミラージュ様…私もです!」


ローズマリーの目がみるみるうちに涙でおおわれ、声もうまくでない。

つられた私も何も言えず、ただ良かったと抱きしめた。


「ミラージュ様、うちの針子はマリーですわよ?」


おだやかな声でマダム・カリーナに止められ、あわてて離れた。

誰も見ていないとわかっていても、口に出してはいけなかった。


「そうね、ごめんなさい。

 マリーというのね、新しい針子さんかしら?」


「ええ、三か月ほど前に雇いましたの。

 まだまだ新人として教育しなければならないことばかりですけど、

 飲み込みが早いですし根性もあります。

 こんなに教えるのが楽しいのは久しぶりですわ。」


満足げなマダムの様子にほっとする。

マダムは私が相手だからといって嘘をつくことは無い。

本当にマリーのことを気に入ったようで安心した。

合わないようなら他の職場を紹介しようと思っていたが、

この様子ならそれは必要なさそうだ。


「そう、それはよかったわ。

 マリー。こちらでの生活はどう?困ったことは無い?」


「いいえ、何も困っていません。

 ずっとミラージュ様のドレスにあこがれていましたけど、

 そのマダム・カリーナのドレスを作る手伝いができるなんて…夢のようです。

 マダムにも皆様にも、本当に良くしていただいて。

 こんなに幸せになっていいのかと悩むくらいです!」


「それなら良かったわ。

 レイともうまくいってる?」


「…はいっ!」


マリーのはにかんだ笑顔が、ふんわりとした砂糖菓子のように見えて、

また涙が出そうになった。


自分のしたことが王族として間違っているのはわかっている。

だけど、もう見ていられなかった。

おせっかいですることを越えて手を出すことに迷いもあった。

でも…こんな風にマリーの笑顔が戻ってくれたことがうれしくて仕方なかった。




お店から出るとすぐに、待っていたリュカに手を差し出される。

その手を取って馬車へと乗ると、うれしさのあまりリュカへと抱き着く。


「おっと…どうした?

 会えたんだろう?」


「うん…うん…会えた。」


「ようやく安心できたか?」


「うん。幸せだって…うれしそうだった。」


「そっか…良かったな。

 レイのほう、会ってきたけど、あっちも大丈夫そうだ。

 騎士団長が褒めてたよ。

 細っこいわりに体力あって動きもいいって。」


「それは…一応、私の護衛だったんだもの。

 辺境騎士団に比べたら細いかもしれないけど。」


「こっちの騎士は身体がでかいからな。

 まぁ、レイもミラージュに感謝してたよ。

 生きててよかったってさ。」


「そうなんだ…良かった…。」


二人とも幸せそうで、それだけで胸がいっぱいになった。



あの日、二人が思い余って心中しようとしていると、

真っ青な顔した監視から報告が来た。


何かあった時にローズマリーを助けられるようにと、

私の護衛の一人を子爵家へとつけていた。

表向きには子爵家の募集に応じる形でもぐりこませていた。

公爵家へ行く時の馬車の護衛としてついたのがレイだった。


シャルルと会うたびに泣いて帰るローズマリーを見かねて、

ハンカチを渡すようになり、次第に優しい言葉をかけるようになり、

最終的には馬車の中で手をにぎって慰めるようになった。


それを幼いころからローズマリーを世話している侍女も見て見ないふりをした。

心が壊れそうになっているローズマリーがそれを受け入れているならと。

誰がそれを責められるだろうか。


おかしいと思った時には、もうローズマリーとレイは恋仲になっていた。


それでも、手をつなぐ以上のことはせず、節度あるものだった。

シャルルという婚約者がいることはどちらもわかっていた。

だけど、そのことに先に耐えられなくなったのはローズマリーだった。


このまま公爵家にいけば、もうレイとは会うことも無くなる。

子爵家からは侍女一人すら連れていけない。

誰も味方がいない公爵家で、シャルルを夫として受け入れなければいけない。


せめてシャルルが誠実であったなら。

ローズマリーのことを好きだと言えなくても、

貴族として普通の誠意ある対応ができていたとしたら。

いくらレイのことを好きでも、その気持ちを封じて嫁いだはずだ。


貴族としての立場や責任をわかっていたはずのローズマリーが、

自分を侮辱し傷つけ続けるシャルルに抱かれるくらいなら、

清い身体のままレイを想って死んだほうがましだと思ってしまったのだ。







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