第6話 シャルルの記憶

「姫様、…ドワーレ公爵が来ましたけど?」


「…早いわね。」


あんな話をしたドワーレ公爵が再び訪ねてきたのは三日後だった。

シャルルの記憶を消して七歳に戻すだなんて提案をしたのだから、

夫人と相談して決めるにしても時間がかかると思っていた。

あまりの早さに驚いてしまう。何かあったのだろうか。


部屋に入ってきた公爵はめずらしく暗い表情で、いつもの微笑みはなかった。

つかみどころのない公爵が人前でこんな顔を見せるなんて。


「ミラージュ王女、あのことだが…頼めるだろうか。」


「え?本当に記憶を消していいの?

 もしかしてシャルルに何かあった?」


「…今日の明け方近く、抜け出して…あの川に行こうとしていた。

 シャルルも飛び込んで死のうとしたらしい。

 早起きだった庭師が気が付いて、なんとか止められたが…。

 このままずっと監視し続けるのも難しい。

 死なれるくらいなら…七歳に戻ったほうが本人も幸せかもしれないと思った。」


やっぱり後追いしようとしたか…。

万が一を考えて一人にはするなと指示していたのに目を離すだなんて、

本当にあの屋敷の使用人は使えない。


シャルルは二か月過ぎても落ち込み具合は変わらなかったか…。

本気で好きだったのなら、って、今さら何を言っても無駄なことだった。


「わかったわ。用意したらすぐに向かうから。」


公爵は無言で私に向かって礼をして去っていった。

あの態度は苦渋の決断といったところか。

できれば記憶を消すなんてしたくなかったのだろう。



ため息をついている暇はない。

必要な分の魔術式を用意して、公爵家へと向かった。


久しぶりに訪れたドワーレ公爵家は静まり返っていた。

シャルルの部屋に向かうと、使用人が三人部屋の中に立っていた。

シャルルは薬で眠らされているのか、寝台の上で身動き一つしていなかった。


「薬で眠らせたの?」


「はい。暴れまして…。」


「そう、わかったわ。」


暴れられても困るし、動かないでくれるのならちょどいい。

そんなことよりも部屋の中に人がいるのが邪魔でしかない。

すぐに使用人たちには出て行ってもらった。


シャルルの私室の絨毯の上に魔術式を広げていく。

人よりも大きく広げ、準備を終える。


「リュカ、シャルルを運んでくれる?」


「わかった。その魔術式の真ん中に寝かせればいいな?」


「ええ。」


リュカがシャルルを軽々と抱き上げて運んでくる。

二か月もまともに食事をとっていなかったためか、

シャルルの身体はやせ細って半分になったように見えた。

このまま放っておいたら餓死していたかもしれない。


「…魔術式展開、光の輪において。

 シャルル・ドワーレの心からローズマリー・シンフォルを抹消せよ。」


ぱぁっと魔術式が光り出し、その輪が浮き上がる。

くるくると回転しながら何度も上下し、シャルルの身体を包み込む。

繰り返し心の中に入り込み、ローズマリーを消していく。

出会った日の想いも、あの砂糖菓子のような笑顔も、笑うとできるえくぼも。

きっと何度も思い返していたのだろう。

シャルルの中にあったローズマリーが消えるのには、かなりの時間を必要とした。


そして、光が収まり、シャルルだけが残された。


「終わったのか?」


「ええ、シャルルを寝台に戻してくれる?

 目が覚めたら、七歳になっていると思うわ。

 あとでもう一度確認しなきゃいけないけど…。」


「そうか。」


寝台に戻されたシャルルは穏やかに眠っていた。

まるで子どものような寝顔に、あぁ、今のシャルルは子どもなんだと思った。


「起きたら…私が誰かわからないでしょうね。」


「だろうな。記憶の中にいるミラージュとは違うから。」


「もう会うこともなくなるわね…。」


「…幼馴染が一人いなくなるのはさみしいか?」


「そうね…。」


シャルルとは小さいころからよく会っていて、一番の幼馴染だった。

七歳までの思い出は残っているだろうけど、これから幼馴染として会うことは無い。

さみしさとともに、むなしさと悲しみも感じていた。


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