第5話 王女の行き先
「なのに私にシャルルを助けろっていうの?
ローズマリーを助けなかったくせに?」
「だけど…ミラージュ王女は婚約者もいないし…。
ドワーレ公爵家に降嫁しなくてもいい。
シャルルを王配の一人にしてくれればいいんだ。」
そういうことか。
私が女王になるとしたら、王配は最低でも三人は必要になる。
そのうちの一人に選ぶくらいならいいだろうと言いたいわけか。
だけど、その申し出も受けるわけがない。
「私は辺境伯を継ぐことになったの。」
「は?」
大きく口を開けたままになっているドワーレ公爵に丁寧に説明する。
このことはお父様や宰相、一部の大臣しかまだ知らない。
王政に関わっていないドワーレ公爵が知らないのも無理はない。
「公表は来週ですが、もう言ってもいいでしょう。
七歳の時に弟が産まれてから、どちらが王になるか検討されて来たけど、
それがようやく弟が王太子になることに決まったのよ。
私は母の生家である辺境伯を継ぐことになったわ。
伯父夫妻に子が生まれなかったから、辺境伯を継ぐ人がいないの。
わかる?
女王にならないからといって、公爵家に嫁に行くこともないの。
ただ広い領地を持っているだけの公爵領と貿易港も持っている辺境伯領、
どちらが国として大事かなんてわかっているでしょう。」
「…。」
今年で十一歳になる弟、ルシアンは側妃から産まれている。
王妃から産まれた私とどちらが王位を継ぐのがいいか、ずっと議論がされていた。
ここ数年はルシアンが継ぐことに半ば決まっていたのだけど、
私の嫁ぎ先の問題もあったので本決まりになるのは待たされていた。
それがようやく決まり、私は辺境伯になり婿を取る。
公爵家を継がなければいけないシャルルとは到底無理な話だ。
「シャルルと婚約するなんて無理だってことよ、公爵。
わかったなら、あきらめて帰ってくれる?」
「だが、それではシャルルはどうすれば…。」
どうしてシャルルのことを私がなんとかしなきゃいけないの。
すがるような目の公爵を助けたくはないけれど…。
「はぁぁ。一つだけ手はあるけど、かなり大変よ。」
「どうすれば?」
「シャルルの持っているローズマリーの記憶を全部消せばいい。
ただし、ローズマリーに出会った七歳からすべての記憶を消すことになるけど。」
私ができるとしたら、魔術で記憶を封じることくらいだ。
簡単にできることではないし、いいことばかりではない。
わかってはいるが提案できるのはこれくらいしかなかった。
「そんなことをしたらシャルルは…。」
「ええ。十八歳の身体だけど中身は七歳に戻るわね。
だけど、死ぬよりはましなんじゃないかしら。」
死んだローズマリーよりかはましだろうと言えば良かった?
わざわざ助けてやる必要なんてないけれど、
一人息子のシャルルしかドワーレ公爵家を継げないのもわかっている。
下手に騒がれて巻き込まれても困る。
この辺りが妥協点だろう。
「今すぐ答えを出せなんて言わないわ。
必要だと思ったら、また来れば?」
がっくりと肩を落としたドワーレ公爵はとぼとぼと部屋から出て行った。
扉が閉まるのを確認し、思わず大きなため息が出る。
「姫様、新しいお茶にしましょうか?」
「ええ、甘いのをお願い。」
「かしこまりました。」
侍女がお茶を淹れに出ていくと、後ろに立っていた侍従のリュカが軽く手を振る。
それを見て、部屋の中にいた護衛たちは外へと出て行った。
誰一人いなくなった後、リュカが私の隣へと座る。
「大丈夫か?」
「大丈夫…多分。あまりの話にめまいがしそうだったわ。」
「それはわかる。」
リュカの肩にもたれると、背中に手を回されて抱きしめられる。
疲れていたのが少しずつ癒されていく。
「それよりも話している間、あなたたちが殺気立っているのがわかって。
もう、そんなに怒らないでよ。気が気じゃなかったわ。」
リュカだけじゃなく、侍女や護衛騎士たちまでみんなが怒っているのがわかった。
それだけじゃなく、天井の上に隠れている監視たちまで怒っていた。
さすがにドワーレ公爵に報復されても後が困る。
はらはらしながら話をしていて少しも落ち着かなかった。
「怒るに決まってるだろう。ミラージュは俺のなのに。」
「もう…リュカってば。公表前だから公爵が知らなくて当然よ?」
「あと少しが長く感じるよ。」
「ようやく婚約できるのだから、あと少しだけ待って。」
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