祭りの日(若ガージと子アル)
帰宅すると珍しく来客があったようで、ガージが誰かと話している声がした。そっと覗いてみると、見たことのある服の男だった。王都保安部隊。ガージの仕事仲間だったといつか話してくれたことがあって、彼とは月に何度か会っているようだった。
「――じゃあ、よろしくな」
玄関のドアが閉まり、足音が遠ざかる。客人がすっかり見えなくなってようやく、アルはガージに駆け寄った。
「おうっ……帰っていたのか」
「保安部隊のやつには気をつけろって言ってたのはガージだろ」
「ん? ……ああ。言ったことを守ってくれてたんだな。良い子だ」
「……子ども扱いするな」
「そうだなー。俺からしてみればまだまだ子どもだからなー」
膨れ面のアルに腰に抱きつかれたまま、ガージはリビングに向かった。
「ほら、飯の準備だ」
ガージはアルの父親ではないらしい。何度か「父さん」と呼ぼうとしたが、その度に「ガージ」と訂正された。
ガージはアルの父親を知っているらしい。しかし詳細は語らず、いつも話して聞かせたのは今の王になる前の、ガージがまだ城に勤めていた頃の王族の話。
知っているのなら教えてほしかったが、聞こうとするといつも悲しそうな、苦しそうな表情をするから、いつからか無理に聞き出そうとはしなくなっていた。話せない訳があるのだと、子供心に悟ったのかもしれない。
祭りに浮足立つ街の中心から外れた道、そこがアルの散歩道だ。人通りの多い大通りに出る時は必ずガージが傍にいることと約束事を取り決めていた。
建物を挟んだすぐ向こうから賑やかな声と音楽が聞こえる。マントのフードを被り直して大通りを覗いた。
――少しだけなら、いいかな。
誘惑に負けて、こっそり一人で歩き出す。色とりどりの花が、飾りが誘う。香ばしい匂いにつられて立ち止った屋台では、しかし所持金がなくて追い返された。
歌姫が、踊り子が、鮮やかに彩る祭りの空気。パレードの後を追い、歩き回って、気が付いたら知らない路に立っていた。賑やかで鮮やかな通りに一人、立ち尽くす。
「ガージ……」
不安になって名前を呼んでも応えてくれる人はいない。
人混みの中に保安部隊の制服を見つけた。祭りの警備中だろう。よくガージと話している人が着ていた服と似ているからきっと――。
駆け寄ったアルに気づいて、隊員が目線を合わせるようにしゃがむ。
「どうしたんだい?」
「ガージ――」
言いかけた瞬間、隊員の目つきが変わった。アルは直感的に危機を察して人混みの中に駆け出した。制止の声はすぐに聞こえなくなった。
「あ、あぶなかった……」
保安部隊の隊員には気をつけなければいけない。約束を忘れかけていた。でも、一人で帰れる自信もない。
俯くアルの前に、いつの間にか人影があった。顔を上げると、猫の仮面と目があった。少年が首を傾げると、胸元の鍵が揺れた。
「迷子?」
「……」
「僕と一緒だね」
「おにいさんも、まいご?」
緑の目が細くなる。仮面に隠れていてもわかる、柔らかい微笑みだ。
「僕も行き先は分からない。一緒に探そう。お互い、きっと一人より心強いよ」
差し出された手をとる。温かな手だった。
二人は無言だった。たまに少年が話しかける以外は黙って歩いていた。
「じゃあ僕は、君のガージが見つかるように祈ろう」
そう言って少年は不思議な響きの歌を歌った。風の流れが変わった気がした。それほど美しい歌声だった。実は天使なのかもしれないなんてことも思った。
「――こっちだね」
だんだん見覚えのある建物が増えてきた。よく知る道にたどり着いた。大通りにつながる路地からガージが駆けてきた。強く抱きしめて、叱る。
「アル! 心配させやがって!」
口調は荒いが、声色には安堵が滲んでいる。アルを抱き上げて、少年に視線を向けた。
「あんたが連れてきてくれたのか。礼を言う」
「いいよ。大切な人の子供だからね」
「まさか――」
「またね。アルフェリア姫」
身構えたガージとは裏腹に、少年は静かにその場を立ち去った。
「……ガージ?」
「お前、あいつに何もされてないな?」
「一緒に歩いてただけ。ガージの所まで連れてきてくれたし、悪い奴じゃない。きっと」
アルの言葉に何か言い返そうとして、しかし「そうだな」と言っただけでガージは黙ってしまった。
終
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