「とうさん」

 穏やかに流れる午後の時間。腰を下ろしてぼんやり空を見上げていたアルは、突然の泣き声に振り向いた。

 人目を気にせず、大きな声で泣く子どもの膝には擦り傷。勢いよく転んだらしい。痛みからか、泣き声も、ボロボロ零れる涙も止まらない。

 周りを見回しても親らしい人は見当たらない。

 アルは立ち上がり、声を上げて泣く子供の元へ向かった。


  * * *


 幼い頃、普段は使わない路に入って迷子になったことがあった。

 初めは探検気分で歩いていたが、段々不安の方が大きくなって、やがて立ち止まってしまった。

「とう……さん」

 小さな声で、

「とうさん……とうさん!」

 大きな声で、いくら呼んでも答えてくれる人はいなくて。不安で不安で仕方なかった。

「ぁ……」

 目元が熱くなって感情が零れる寸前、声をかけられた。

「どうしたんだ」

 振り向いて、声の主を見上げる。幼い記憶に印象として残っているのは、保安部隊の制服を着た男性ということくらいだったが、その時は酷くホッとしたのを覚えている。

 安堵から涙が零れて、やっぱり泣いてしまったけれど。

 保安部隊の彼は、しゃがんで幼いアルに視線の高さを合わせると、いくつかの質問をした。アルはそれに素直に答えた。

「……そうか。一人で不安だったんだな」

 頷きながらもぽろぽろと零れるアルの涙を拭いながら、彼は言う。

「泣くと冷静な判断が出来なくなる。不安になった時は落ち着いて周りを見るんだ」

 言ってから「まだ幼くて分からないか」と独り言を漏らしたが、アルは自分で涙を拭ってはっきりと答えた。

「泣かないよ」

 保安部隊の彼はにっかり笑って、アルの頭をわしわし撫でると手を差し出した。

「アルが知ってる路まで、行くぞ」



  * * *


 そんな過去を思い出しながら泣いている子供の前にしゃがみ込む。

「ほら、泣くなって。

 お前の知ってる路まで、行くぞ」

 手を繋いで歩き出す。

 幼い日の自身と顔も覚えていない彼の姿を、今の自分達に重ねて――。




===========

:アルの子供時代が書きたかったのです。

 この頃の「とうさん」はルースさんではなくガージ。後々訂正していって、いつの間にやら呼び捨て。

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