アル奪還作戦


 アルの体にうっすらと、さっきまでの戦いとはまた別の傷が出来始めた。

「あ…時間切れだ……」

 広場の端、壁にもたれながらそんな事を考えていると、ラジストが足を引きずりながらアルに近付いてくる。

「……ラジスト…」

「ふぅ。…立てないんだろう? 血の流し過ぎだよ。

 まったく、何でこんな無茶をしたんだい?」

「……無茶…なんかじゃ、ねぇよ。

 クルド、ソフィアはともかく、あとは数だけのただの人間だ」

「だから《手を出すな》と?」

 アルは目を閉じて頷いた。

 ラジストはまたため息をついてアルの横に座り込んだ。

「ふっ。まぁ、アル君らしいと言えばアル君らしいですね」

「……て、何笑ってんだ」

 ようやく緊張が解けてきた時、クルドがアルの前に立って言った。

「りんご泥棒、約束よ。あんたを連行するわ」

 クルドがアルの腕を取り、立たせようとした。

 ラジストは慌てた。

「どういう事だい!? アル君!!?」

「そういう事だ。……取引、だったんだ」

 二人の会話を聞いていたクルドは

「やっぱりただの一般市民じゃなかったんだ。しかもあなた、こいつと一緒に城に忍び込んでた…」

「っそいつは関係ない!

 ……もう、いいだろ? 俺を…連れてけよ」

 アルは大分弱っていた。

「ラジスト……大丈夫だ。すぐ、戻ってくる……」

 そんな言葉を残してアルは連れていかれた。



 * * *


 誰もいない古本屋。

 ラジストは静かに本の中へ倒れた。


 何をやっているんだ僕は。

 前回も、今回も、

 守られてばかり。

 守りたい……なのに、大切な人は連れていかれた。

「(大切なものは無くしてから気付くってよく言うけど、この気持ちがそうなのかな……)」

 彼女ならどうするのだろうか。

 すぐにでも立ち上がり、大切なものを取り戻しに行くのだろうか。

 いや…きっとそうに違いない。それなら――。

「……」

 不意に、生き物の気配を感じた。

「誰だい?」

「うわぁぁっ!!! なななな、なんだ。いたのかラジスト」

「……ナウル?」

 声を聞いたラジストが顔を上げると、カウンターのすぐそこにナウルが尻餅をついていた。

「居るなら居るって言ってくれよ」

「それが勝手に入って来た人のセリフですか」

「う……。なぁ、アルが捕まったって本当か?」

「早いね」

 ラジストは足を引きずってナウルの横まで歩いて行った。

「…ひどいな。殺人機にやられたのか」

「アル君の方がもっと辛いはずですよ」

「助けに行かないのか?」

「行かないとでも思ってたかい?」

「街の奴ら集めてこようか」

「――」



 * * *



 城の片隅にある小さな牢舎。そこにアルは閉じ込められていた。

「……」

 ぐぅ~きゅるるるる…

「……腹減った」

 剣は疎か、連れて来られたときに所持品は全て没収された。

 さてどうしたものかと考えていると、兵士が牢の前まで来た。

「飯だ」

 出されたのは彩りの無い食物。

 アルは徐々に傷が広がっていく自分の体を見て、「……りんごが食いたい」と言った。

 横腹の刺し傷は、目覚めた時にはもう手当されていたが、ゆっくり拡がる傷はただの手当てでは間に合わない。りんごがないと止まってくれないのだ。

 常人にしてみれば「何を言っているんだこいつは」となるだろうが、アルにとってはかなり切実な問題だった。

 だが、牢に入れられている今、兵士達の持って来る物しか食べることが出来ない。

 アルは仕方なく兵士の持ってきた食物に手をつけた。


 太陽が高く昇った頃、アルは牢の中でぼーっとしていた。

「(……やばい。マジで…このままいくと俺、死ぬぞ?)」

 すっかり開いた傷からは血が滴っている。

 カサカサと何かが動く音が聞こえて、アルは小さな窓を見上げた。

「!!」

 小窓から赤いものが転がり込んできた。

 それはりんごだった。

「……ラジスト?」

 アルはしばらくりんごを手にしたまま小さな窓を見上げていた。



 * * *



 城壁から一人の男が飛び降りた。

 ガサッ

 男はすぐ下にある生い茂った草むらに着地しようとしたが、

 ザザザザザザ… ドボンッ

 足を滑らせ、声を出すことも出来ないまま川に転げ落ちた。

「……格好悪いね」

「ま、しょうがないよ。おーい、大丈夫かー?」

「ぶはっ!! あーびっくりした」

 水面から顔を出したのはナウルだった。ざばざばとこちらに向かって泳いでくる。

「お疲れー! アルの居場所分かったー?」

「うん……おい、ラジスト…」

「ん?」

「何なんだあの兵士達は!!」

 ラジストは杖をついたまま、素知らぬ顔で答える。

「《お前、弱いとかなんとか言ってたけど、すっごい強かった》って? そんなもんだよ」

「……」

「ま、いいじゃない。《ボス》を助け出す為の仕掛けを中に仕組んできたんでしょ?」

「お姉ちゃん……いじめちゃダメだよ」

「いじめてないもん」

「ステア…エルグ…お前ら自分の仕事は!?」

「「やったよ」」

 今、城壁のすぐ外にいるのがラジスト、ナウル、ステア、エルグの四人。さらに街の至る所で仲間集めが行われている。

「……ねぇ、エルニドさんは?」

「ああ、来るはずだけど」

 辺りを見回すと、ちょうど川の向こうの道を歩いているところだった。

 ステアが思いっきり手を降って叫ぶ。

「やっほー!!! エルニドさーん!!」

 エルニドが振り向く。

「あらまぁ、そんな所にいらしたの。遅れてごめんなさいね」

 ぱしゃぱしゃと川の浅いところを渡ってくる。

「私、お城に入るのは何年振りでしょう」

「え!? エルニドさんって何してた人!??」

 ステアが驚きの声で聞いた。

 ラジストは城壁を見上げる。

「では、《アル君奪還作戦》開始!」


 ラジスト達が動き始めた頃、りんごを食べて傷の拡がりを抑えたアルは、両手を繋がれた状態で牢舎から出された。

 きぃ…

 牢の開く音。

「出ろ」

 兵士の声。

 出血が止まって気の抜けたアルは、眠りかけていたところだった。

「………ん? ……へ?? なっ何!? 何で!??」

「王が面会をお望みだ。黙って歩け」

 両手を縄で繋がれた状態で、アルは王様と対面することになった。


 兵士に連れられ通された部屋には、国王の他に妃と王子がいた。

「陛下、囚人アルフェリアを連れて参りました」

「……」

 五十前後だろう王の目は、とても囚人に向けるようなものとは思えない優しい眼差しだった。

 白髪混じりの髪は、灰色には濃く、黒色には淡く――。

 アルはぼんやりと、妃と王子の方も見た。

 三人共、どことなく似ている。

 そう思った時、ざわざわと胸が騒ぎ始めた。

 似ていたのは王室の三人だけではない。どこかでアルと王子が重なった。彼も――アルより青の強い――紫色の目をしていた。

 アルは視線を王様に戻した。

「さて――」

 王様は静かに話を切り出した。

「突然こんな場所に呼び出され混乱しているようだが、人が行動を起こすときには何かしら理由があるものだ。



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:ノート時代、ボツった6ページ。

 親子の対面。

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