蒼穹の下、丘の上
1
蒼穹の下、丘の上。
桜の下、芝生の上。
旅人は歌う、遠い国の物語。
旅人の歌に足を止めた少女が一人。何も言わず、ただ聞いていた。その脳裏に浮かぶのは、見たことも無い異国の風景か。
「昔話を語ろうか。今は廃れた王の都で、二代にわたり繰り広げられた物語――」
やがて歌は閉じられて、旅人は少女に微笑みかけた。
次に歌われたのは、この地域にいる人なら誰もが知っている歌。もちろん旅人の隣で聞いている少女もだ。
薄紅色の花びらを運ぶ風に、二人分の歌声が流れる。
2
さわさわと柔らかい春の匂いを連れた風が吹く。
アルが気分良く散歩していると、原っぱに座る見なれた少女の背中を見つけた。
「サン……と、誰だ?」
少女の隣には見知らぬ少年がいた。
こちらに背を向けているため表情は分からないが、そよ風に乗って二人の歌声や笑い声が聞こえる。
――面白くない。
その光景はなぜか胸をざわつかせた。
理由は自分にもよく分からないまま、気付いたら足は二人のいる場所へ向けられていた。
***
歌い終わると、少年は「さて」と言って立ち上がる。
「――そろそろ行かなきゃ」
「あ、うん。楽しかったよ。歌を聴かせてくれてありがとう」
「どういたしまして。僕も楽しかった」
どうぞと言って差し出された手を取って、サンは立ち上がるとスカートに付いた草を払った。
「ねぇ、また会えるかな」
「そうだね。またいつか、ね」
にこにこと、しかしどこか含みを持った答え方をする少年に、サンは小首を傾げた。
「――ほら、帰るんだろ? さっさと行けよ」
突如、サンの背後から聞き慣れた声がかけられ、彼女の首に細くしなやかな腕が絡められた。
「わっ。あ、アルくん……?」
「うんじゃあ僕はこれで。またね」
自分を睨む藤色の瞳にも飄々とした態度を変えず、二人にひらひらと手を振って、少年はどこかへ行ってしまった。
「行っちゃった……名前、聞きそびれちゃったなぁ」
「なんであいつの名前なんか聞かなきゃいけないんだよ」
首に腕を絡められたまま、サンは後ろを振り向いた。
「アル君……何か怒ってる?」
「……別に。何で?」
「だって声が怖いんだもん。それに、ここ」
アルの視界に手の平が現われたと思った矢先に、ぺち、と眉間を指先で叩かれた。
「シワになっちゃうよ」
ぺちぺちと何回か叩かれ、それが終わる頃には不思議と眉間の力が抜け、ざわざわと落ち着かなかった心は静かになっていた。
「うん、もう大丈夫だね。怖くないよ」
にへらとサンが笑うと、アルは顔を背け、彼女を己の腕から解放した。
「さて、なんだかお腹空いちゃったし、私も帰ろうかな。アル君、今日はどうする?」
「そうだな――」
――いつもなら強引に連れて行くくせに。
「送るついでだ。寄ってく」
「うん。じゃあ、帰ろう。今日のおやつは何かなぁ」
楽しみだね、とサンは嬉しそうに笑うと、結い上げた髪を躍らせて歩き出した。
自分に向けられるいつもの笑顔に安心して、アルは少し足を速めてサンの隣に並んだ。
3
風に乗って聞こえてくる歌は、アペリの声だとすぐに分かった。一曲終わり、次の曲は二人分の歌声が聞こえてきた。
知らない声だ。誰だろう。
気になって駆け足で声のする方へ向かう。すぐにアペリと黒髪のポニーテールの子が仲良く並んで歌っているのを見つけた。
『アペリ!』
歌が終わってから呼びかけると、アペリはちらとこちらを見てから立ち上がった。
『あ』
アペリと一緒にいた子を後ろから抱き寄せたのは、恋人だろうか。警戒心を隠すことなく、藤色の瞳はアペリを睨む。しかしアペリは飄々と手を振って二人から離れると、軽い足取りで私の傍まで歩いてきた。
「行こうか」
『い、いいの?』
「何が?」
『だって、誤解されてるよ。アペリの事だから絶対』
「そこは自信持たないでほしいなぁ~」
と言いつつも全く気にしていない風に笑う。
「あの子たちなら大丈夫だよ」
何を根拠に「大丈夫」と言えるのかは分からないが、疑っても信じても同じだと思い、とりあえずは信じておくことにした。
終
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