蒼穹の下、丘の上


 蒼穹の下、丘の上。

 桜の下、芝生の上。

 旅人は歌う、遠い国の物語。


 旅人の歌に足を止めた少女が一人。何も言わず、ただ聞いていた。その脳裏に浮かぶのは、見たことも無い異国の風景か。


「昔話を語ろうか。今は廃れた王の都で、二代にわたり繰り広げられた物語――」

 

やがて歌は閉じられて、旅人は少女に微笑みかけた。

 次に歌われたのは、この地域にいる人なら誰もが知っている歌。もちろん旅人の隣で聞いている少女もだ。

 薄紅色の花びらを運ぶ風に、二人分の歌声が流れる。






 さわさわと柔らかい春の匂いを連れた風が吹く。

 アルが気分良く散歩していると、原っぱに座る見なれた少女の背中を見つけた。

 「サン……と、誰だ?」

 少女の隣には見知らぬ少年がいた。

 こちらに背を向けているため表情は分からないが、そよ風に乗って二人の歌声や笑い声が聞こえる。

 ――面白くない。

 その光景はなぜか胸をざわつかせた。

 理由は自分にもよく分からないまま、気付いたら足は二人のいる場所へ向けられていた。


   ***


 歌い終わると、少年は「さて」と言って立ち上がる。

 「――そろそろ行かなきゃ」

 「あ、うん。楽しかったよ。歌を聴かせてくれてありがとう」

 「どういたしまして。僕も楽しかった」

 どうぞと言って差し出された手を取って、サンは立ち上がるとスカートに付いた草を払った。

 「ねぇ、また会えるかな」

 「そうだね。またいつか、ね」

 にこにこと、しかしどこか含みを持った答え方をする少年に、サンは小首を傾げた。

 「――ほら、帰るんだろ? さっさと行けよ」

 突如、サンの背後から聞き慣れた声がかけられ、彼女の首に細くしなやかな腕が絡められた。

 「わっ。あ、アルくん……?」

 「うんじゃあ僕はこれで。またね」

 自分を睨む藤色の瞳にも飄々とした態度を変えず、二人にひらひらと手を振って、少年はどこかへ行ってしまった。

「行っちゃった……名前、聞きそびれちゃったなぁ」

「なんであいつの名前なんか聞かなきゃいけないんだよ」

 首に腕を絡められたまま、サンは後ろを振り向いた。

「アル君……何か怒ってる?」

「……別に。何で?」

「だって声が怖いんだもん。それに、ここ」

 アルの視界に手の平が現われたと思った矢先に、ぺち、と眉間を指先で叩かれた。

「シワになっちゃうよ」

 ぺちぺちと何回か叩かれ、それが終わる頃には不思議と眉間の力が抜け、ざわざわと落ち着かなかった心は静かになっていた。

「うん、もう大丈夫だね。怖くないよ」

 にへらとサンが笑うと、アルは顔を背け、彼女を己の腕から解放した。

「さて、なんだかお腹空いちゃったし、私も帰ろうかな。アル君、今日はどうする?」

「そうだな――」

 ――いつもなら強引に連れて行くくせに。

「送るついでだ。寄ってく」

「うん。じゃあ、帰ろう。今日のおやつは何かなぁ」

 楽しみだね、とサンは嬉しそうに笑うと、結い上げた髪を躍らせて歩き出した。

 自分に向けられるいつもの笑顔に安心して、アルは少し足を速めてサンの隣に並んだ。






 風に乗って聞こえてくる歌は、アペリの声だとすぐに分かった。一曲終わり、次の曲は二人分の歌声が聞こえてきた。

 知らない声だ。誰だろう。

 気になって駆け足で声のする方へ向かう。すぐにアペリと黒髪のポニーテールの子が仲良く並んで歌っているのを見つけた。

『アペリ!』

 歌が終わってから呼びかけると、アペリはちらとこちらを見てから立ち上がった。

『あ』

 アペリと一緒にいた子を後ろから抱き寄せたのは、恋人だろうか。警戒心を隠すことなく、藤色の瞳はアペリを睨む。しかしアペリは飄々と手を振って二人から離れると、軽い足取りで私の傍まで歩いてきた。

「行こうか」

『い、いいの?』

「何が?」

『だって、誤解されてるよ。アペリの事だから絶対』

「そこは自信持たないでほしいなぁ~」

 と言いつつも全く気にしていない風に笑う。

「あの子たちなら大丈夫だよ」

 何を根拠に「大丈夫」と言えるのかは分からないが、疑っても信じても同じだと思い、とりあえずは信じておくことにした。








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