出会い アペリとケリー
風走る大地、うねる河は潤いと恵みを与える。
翼を広げ悠々と飛ぶ鳥の影を見送り、水筒の蓋を開けた。中身は残り半分をきった。
「またどこかで補充しないと」
二日間歩き続け、ようやく道らしい道を見付けたアペリは、今度は集落を探しながら歩いていた。
まだ人に会っていない為、この世界のルールもよく分からないが、魔法は使えるので不自由はしていない。ただ、答えてくれる人がいないのは、寂しい。
「もう慣れたけどね」
わざと反対の言葉を使って気を紛らわせた。
人恋しさに幻聴まで聞こえる始末。しかも言葉ではなく悲鳴とは、相当疲れているようだ。
「――!」
また聞こえた。
慌てて水筒を仕舞い、辺りを見回す。一回目より二回目の方がはっきりと聞こえた。きっと、こっちに近付いているはずだと目を凝らして周りを観察していると、まばらに立つ木々の間を子供が走ってくるのが見えた。背後には狼。悲鳴を上げながらも追い付かれていない脚の速さに感心していた――が、
「たすけて!」
叫ぶと子供はアペリの背後に隠れた。
ああ巻き込まれ人生。「たすけて」なんて無視して放り出すこともできた。しなかったのは気まぐれだと心の中で言い訳をした。
右足の爪先で軽く地面を打って魔法陣を展開する。簡易結界。光や風など身近な自然の力を利用した、身を守るための魔法だ。
力のある魔術師なら簡単に破れるが、今回の相手はただの狼。結界の外をぐるぐると徘徊するしかできない。
背後に隠れている子供の震えが布越しに伝わる。
「大丈夫」
何とか安心させたいが、この状況では気休めにもならないのは分かっている。
「狼達には早々にお帰り頂こうか」
アペリが鞄から取り出したのは小さな笛。力いっぱい吹いても人間の耳が拾える音は出ないが、犬の仲間は確実に嫌う音が出る。今までも何度もこの笛に助けられてきた。
あっさり退いた狼を見送り、姿が見えなくなってから結界を解除した。
改めて子供の方を向き、アペリは「大丈夫だよ」と言った。
震えていた子供はそっと頭を抱えていた手を下ろし、周囲を見回した。
「……あ、ありがとう」
「どういたしまして。
ボクはアペリ。君の名前、教えてくれるかな」
「ケリー」
人間より高い位置にある小さな耳が動く。
「どうして追われてたのかな」
「……おこらせちゃったの」
「狼を?」
「おとうさんが、でてけーって」
ケリーはしょんぼりしながら経緯を話した。幼く飛び飛びになる話をなんとか繋げて、アペリは大まかな事情を把握した。
ケリーの手をとり、問い掛ける。答えは分かる。しかし、あえて聞く。
「ケリーは、帰りたい?」
答えはもちろんイエス。
アペリはケリーの家まで同行することにした。
不自然に静かな通りを歩き、たどり着いた空っぽの家。それでもケリーは両親を探した。少女を怒鳴り、叱って、集落の外へ逃がした親にはもう会えないと、知っていながらアペリは連れて来た。
もうここに「おかえり」と言ってくれる人はいない。それが分かって、ケリーの両親を呼ぶ声が力を失っていく。
荒れた部屋の中、ケリーは立ち尽くした。力無く垂れた耳と尻尾。足元の床が濡れてようやく泣いているのだと分かった。
静かに鳴咽が聞こえてた、二人だけの空間。
「声、出していいよ」
泣きたい時は思い切り泣いた方がすっきりする。しかしケリーは声を抑えたまま泣いた。声を上げて泣いても、誰も迎えに来てくれないことを理解していた。
「一人だと……自分は孤独だと思ってる?」
アペリはケリーの前に膝をつき、目の高さを合わせて問いかけた。静かな声とは裏腹に、強い光を称えた目が少女を見つめる。
「……」
「是も非も、どちらでもいい。ただ、ケリーが孤独なら、ボクはここには存在しない」
「……?」
どう言葉を返せば良いのか分からないケリーは首を傾げた。
「すぐに分かろうとしなくてもいいよ。
今はボクについておいで。きっとその為に出会ったんだから」
力強く頭を撫でて笑いかける。何があっても大丈夫だと言って乗り越えられそうな笑顔だ。
独りじゃない。大丈夫。
大粒の涙がボロボロとこぼれ、ケリーは声を上げて泣いた。その左手は、アペリの服をしっかりと掴んでいた。
一夜にして滅んだ村から、一人の少女が旅立った。
少女を導く旅人は、村に鎮魂歌を、少女に護りの歌を歌った。
さあ、この世界とはお別れだ。視線の先には暗い森。少女は少しだけ村の方角を振り向きかけて、途中で止めた。今向くべきは前。
「いってきます」
呟いて、繋いだ手を引かれ、森の奥へと進む。その先に待つのが希望だと信じて――。
===========
:アペリとケリーの出会い。
ケリーの故郷を一夜で滅ぼしたのは、たった一人の《悪魔》。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます