貴方の声が聞きたくて

 あなたの声が聞きたくて、私は毎日広場に向かう。


 初めて会ったのは十二月。灰色の雲が重く空を覆っていた。

 町はすっかりクリスマスムード全開。メインストリートの電飾で飾られた並木を抜けると、ちょっとした広場に出る。迎えてくれるのは樅の大木。もちろん、思い切りめかし込んでいる。

 その木の下で、他の人と違う雰囲気を持つ人に、私の視線は吸い寄せられた。

 明るい茶色の髪に緑の目、私達の着るようなコートではなく、大きな布をぐるりと巻いて防寒――まるでマンガの世界から出て来たような少年が、木の下で町のイルミネーションを見回していた。


「すごいねぇ。この世界もまた独特~」


 うん。よく分からない独り言だ。

 視線を吸い寄せられて、興味を持って、賑やかに人が通り過ぎる広場で立ち止まっていた私にあなたは気付いて声をかけてくれた。


「やあ、こんばんは?」

「こ、こんばん、は」


 近くで見ると、「ああ、ヘアピンを付けていたのか」とか「笑うとかわいいなぁ」とか「っていうか美少年?」とか考えてしまったけど、緊張のせいか言葉には出ず、少年の質問を聞いていた。


「ちょっと聞いていいかな。

 ここ、どこか分かる?」

「ここ、ですか?」

「そう、ここ」


 彼が指差したのは下、足元、つまり現在地。


「えっと……《樅の木広場》ですけど」

「樅の木……」


 呟いて少年は樅の大木を見上げた。そしてさっきと変わらない笑顔で


「わぁ。まったく捻りのない名前だね」


 ……と。うん。いや、私も何度か思ったことはあるけどね。外から来た人に言われるとなんか気に入らない。


「……怒った?」


 人が怒ることを承知でしているのだろうか。緩い笑顔が私の顔を覗き込む。

 怒りより警戒や不審の方が大きかったけれど、それよりも興味の方が勝っていた。

 気になる。それが最初の気持ち。


 それから毎日、私は広場に通った。少年に会いに。

 少年はいつも樅の木の下にいた。やんわりとした笑顔で。


「町はいつもこんな感じ?」

「いえ。冬の、この時期だけです」


 少しずつ増える会話に、解けていく心。

 そんな中、貴方は突然別れを告げた。


「明日の明け頃、町を出るよ」

「え……」

「ここには少し長く居すぎたからね」


 会ったときと変わらない笑顔で貴方は言った。


「最後に一つだけ、願いを叶えてあげる」

「……」


 「行かないで。ずっと傍にいて」なんて、恥ずかしい台詞が言葉に出来る訳もなく、私にあなたを止める権利もない事を理解してるから――。

 首を傾げるあなたを睨みながら、願いを絞った。


「……歌」

「うん?」

「歌、上手いって、自分で言ってたじゃないですか」

「うん」


 謙遜も誇示もせず、素直に頷くあなたに、私は願いを伝えた。


「聞かせて」


 すると、あなたは何故か頬を赤らめて笑った。「いいよ」と。


 目を閉じ、深呼吸。

 目を開き、空を仰ぐ。

 私を見て、微笑んだ。

 あなたが紡ぐ歌が響く。



 ああ、なんて綺麗な声。思わず目を閉じて聴き入ってしまうほど。



 静かに歌が閉じられる。聖夜の町に響いた優しい歌物語。

 頬に冷たさを感じて目を開けた。

 雪の歌の終わりと同時に雪が降るなんて、あなたは魔法使いみたいね。もしかしたら天使だったのかも。




 貴方の声が聞きたくて、私は今日も広場に向かう。




 今度は私も連れてって――なんてね。








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