シンフォニア!

 これは、とある港町での話です。

 貿易や商工で賑わう町に、旅人はやって来ました。

 明るい茶色の髪がふわふわと揺れています。

「わぁ…」

 旅人は賑わう人の波を楽しそうに眺めながら、流されるように歩いていきます。

 潮の香りが鼻を掠めて、旅人は若葉色の目を細めました。

「ジスティ、見てみて」

 斜掛けにした鞄を軽く叩いて旅仲間を呼ぶと、鞄から顔を覗かせたのは黒猫。緑色の目がくるくると周囲を見て、「どこを見るの?」と旅人を見つめました。

「どこをって……町の賑わいをだよ?」

『私には、どこの町でも同じようにみえるけど』

 黒猫の返答に旅人はため息をつき、自身が着ているローブで鞄ごと覆って目隠しをしてしまいました。

 旅人が歩く揺れで景色が見え隠れして酔いそうです。

「で、次の目的地に行くには海を渡らなきゃなんだけど……」

『魔法使って飛んだら?』

「この世界じゃ、そんなぽんぽん使えないよ。

 どこかの船に乗せてもらおう――あ。あの船どうかな」

 一隻の船に目星を付け、乗組員の代表と話をするために近付いていきます。

「こーんにっちはー!」

 旅人の呼びかけに応えて、船の上から覗く顔がひとつ。逆光で細かな所までは見えないですが、大きな羽飾りの帽子と茶色の髪、右目を覆う眼帯はなんとか確認出来ました。もうひとつ付け足すなら若い。衣装が立派過ぎると言えるほど若いです。

「……彼がこの船の代表かなぁ」

『が、眼帯してたよ!?』

「そんな警戒しなくても大丈夫だよー」

 根拠のない緩い言葉が返ってくると、よけいに心配になる黒猫。

 少し待つと、眼帯君が普通に会話できる距離まで下りて来てくれました。

 旅人は軽く礼をしてから用件を述べます。

「どーもー。

 船に乗せてほしいんですけど、代表の人、いますか?」

 用件の述べ方も軽かったですね。

「俺が船長だ」

 胸張って自慢げですが、旅人は緩く流してますよ。

 旅人が「若いですねー」とか言って笑っている横では、心配して見ていた黒猫が、二人の緩いやり取りに安心して――訂正、危機感と緊張感を削がれて、鞄の中に引っ込んでしまいました。


「で、乗っていい?」

「いいよ。周りが何か言ってきたら、俺からがつんと言ってやるから」

 胸を叩いて自信満々ですね。あっさり船内へ案内されました。

 甲板まで行く途中、丸めた紙の束を持った黒髪の青年に会いましたが、挨拶だけで特に会話はありませんでした。

 「また厄介事を…」と、初対面でも分かる表情でしたが。

 甲板に出る扉を開けると、

「おぉっ!」

 港より高いので、見晴らしが良くなってます。

『……ところで、これ、何の船?』

「貴族の趣味にしては質素だよねー」

 豪華な船だったら選ばなかった訳ですが。

 「そうそう」と、船長が思い出したように尋ねます。

「どこまで行くのか、まだ聞いてなかったね」

「あー……どこでも良いですよ。行ける所まで」

 柔らかな笑顔で答えた旅人は、船出に丁度良い風を呼び寄せました。


 ――さあ、出航です。




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