鎖を消して…


 じゃらじゃらと

 音を重ねる 鎖たち




 その地で一番に目にした物は、道を埋めるほど多くの鎖だった。

 街の人はみんな、身体のどこかしらを鎖に繋がれていて、重たそうに歩いていた。

 どこからともなく現れた一人と一匹に気付いたのは、足に鎖を付けた男性だった。

「やあ、また来てくれたのか」

 初対面のはずなのに「また」とはどういう事だろう?

 私が首を傾げると、首輪の鈴がチリンと音を立てた。

「ジスティは覚えてないんだ? たくさんの世界を回ったから仕方ないかもね」

 そう言ってアペリはふと笑った。

 男性に向き直り、握手をする。

「お久しぶりです、ロットさん。趣味の悪い流行りですね」

「こんな流行りなら是非とも乗りたくなかったがね」

「また彼の気まぐれですか」

 まったく困ったものだと二人して笑っているが、二人だけ通じる話をされても何も面白くない。

『説明してよ。《彼》って誰? 《気まぐれ》って?』

 私の問いかけに、アペリは一言で答えてくれた。

「王様のお触れだよ」

 ああ、なるほど。現状の説明には十分だ。

 アペリがため息をつき、背伸びをする。

「あ~あ。懲りてないねぇあの人も」

 周りを見回し、少々めんどくさそうな様子で「また僕が行かなきゃいけないのかな」とぼやく。

「少しは良くなっているかと期待したんだけどねぇ」

 アペリは私を抱き上げて歩き出した。


 王様の気まぐれ思い付き。

 民の抗議も耳には届かず、守らぬ者は牢送り。


「今度は多少痛い思いをしてもらうつもり」

 家具にも扉にも、ほぼ全ての物が鎖で繋がれた大通りを抜けて、たどり着いたのは城門の前。

 門番がアペリを見て声を上げた。

「い、いつかの旅人さんじゃないですか!!」

「はい。いつかの旅人さんです。

 ――君達もか」

 門番の二人も足を鎖で繋がれていた。

 足を持ち上げて不満を漏らす。

「もう、どうにかして下さいよ。こんな奴隷みたいな鎖……付けてみますか?」

「遠慮しとくよ」

 アペリが門の通過を依頼すると、門番は快く通してくれた。

「みんな困ってるんだね」

 小さくなる門番を背後に、アペリは呟いた。

「いっそのこと、みんな捕まっちゃえばいいのに」

『!?』

 とんでもないことを言い出す。そうならない為に私達は今から王様に交渉しに行くのではないか。

「……ごめん。言葉って難しいね。

 えっと……王様のお触れを守らなかった者は牢送りって言われてたでしょ。だったら国の人が一斉に鎖を外したら――」

 牢には入り切らない。収拾がつかなくなる。

 入ったとしても、民が全員牢の中では国として成り立たなくなる。

「耳に届かないなら、別の方法で伝えればいい。

 気に入らないなら従わなければいい」

『アペリお得意の《皆で渡れば怖くない》だね』

「そうだね」

 話している間に、王様のいる部屋の前まで来た。

 扉に手をかけ、ゆっくりと力を加えていく。重たい扉が鎖の音と共に開かれる。

「さぁ、本人にぶつけに行こう」


 驚いた。

 玉座の周り、そして王様の体にまで多くの鎖が繋がれていた。

「ホントに変わった事好きですね、王様」

 王様の視線がゆっくりとアペリを捕らえる。

 驚きの色は見えない。まるで来る事をとっくに知っていたような様子だ。

「また説教に来おったのか、魔術師」

「そう……だなぁ」

 アペリは普段の口調に戻っていた。緊張感の長続きしない人だ。

「とりあえず、皆が困ってる事を伝えに来た、かな。

 関係ない人を巻き込むなって、以前言ったはずなんだけどな~」

「王が自分の国をどうしようと勝手だろう。よそ者が口出しするでない」

 なんて自分勝手な意見だ!!

 四肢に力を入れる。爪が鳴る。

 噛み付いてやろうと構えた私の頭をアペリが撫でる。

「もう少し、我慢してね」

 頭を優しく撫でられ、私は爪を仕舞った。

 アペリがふわりと笑って、頭から手が離れた。

「兵士! こやつらを外へ」

 王の一声で兵士がじゃらじゃらと出て来て私達を取り囲んだ。

 しかし、誰ひとりとしてアペリを捕らえようとしない。正確には「出来なかった」。

 後少しで手が届くのに、鎖が邪魔をしてそれを許さない。

 アペリは笑っていた。

 足元の鎖を一本取り、兵士に問いかける。

「ねぇ、王に仕える人達。繋がれた生活は楽しい?」

 「そんな訳無いだろう!」と叫びたくても主人の手前、口に出すことは出来ない。

 苦しい沈黙が流れる中、アペリが次の問い掛けをする。

「自由になりたい?」

 はっと期待の目が集まる。

 言葉なんてなくても十分だった。

 アペリが王様の方を向く。

「これが皆の意見だよ」

 弄んでいた鎖が手の中で切れ、床に落ちた。

 壊したというよりも勝手に外れたといった方がいいかもしれない。

「今度こそ、わがままを押し付けるような事がないことを願いたいね」

 足元に展開された魔法陣が急速に拡がり、部屋を越え、窓を越えて街の隅々まで行き渡る。

 突然顕れた魔法陣に、城や街からはざわめきが起こり、王には焦りが見られる。

 前回も似たような事があったのだから、彼にも自分の身に危険が迫っていることを予測できたのだろう。

 何やら喚いてアペリを止めようとするが、王も兵士も鎖のせいで動けない。

 魔法陣が光を放ち、兵士達を繋いでいた鎖が一瞬消えた。

「みんなの思いを重しに変えて――」

 アペリが呟く。

 王の頭上に魔法陣が出現する。

 何故か王だけは鎖に繋がれたままで、その場から動くことが出来ない。

「ま、待て、魔術師!」

「……」

 アペリの動きが止まる。

 王の話を聞くかと思われたが、本当に少し「待った」だけで王が気を緩めた瞬間に鎖の塊を落とした。

 城にあったものだけではない。街にあった物も、人々を悩ませていたものが全て一点に降り注いだ。


 玉座の据えられていた場所には、高く盛り上がった鎖の山。


「街中の鎖を集めたから――夜になったら出してあげてね」

 少し離れた所で、アペリが兵士に伝言を残している。

「じゃあ、後はよろしくね」

 笑顔でお待たせと言って私を抱き上げる。

 次来る時があったら、今度こそは良くなってると良いね――とも。


 城の中を悠々と歩いていく。

 すれ違う人は、突然鎖が消えた事に喜んでいたり驚いていたり。

 私としても、足元の鎖がなくなったおかげで大分歩きやすくなった。あと、尻尾が注目されなくてすんでいる。


 階段を上り、城の上部へ上がっていく。

 廊下への出入口がなくなり、階段だけが塔の上へ続いている。

『アペリ……? 上に上っても城からは出られないよ?』

「そうだね」

 それでもアペリは階段を上り続け、やがて最上階に到着した。

 踊り場程度の広さしかない場所で、後は街を展望出来る窓と扉。

 アペリが鍵束を取り出し、一本ずつ扉に近付けて反応を見る。


  キィィイィン……


 扉に近付けた途端、一本の鍵が扉と共鳴して音をたてた。

「あったあった。

 《我が旅は鍵と共に》」

 アペリが呪文の一節を呟くと扉が開き、また別の世界へ繋がった。

「行こう」

 鍵をしまい、扉をくぐる。



 じゃらじゃらと 音を重ねる 鎖たち

 断たれて黙る 気まぐれ王様。







 終

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