さみしげ
夕暮れ時、建物の影に隠れて身をまるめる少女が一人。
通り過ぎる風が、オレンジの髪を撫でていく。
少女の隣に、細長い影が並んだ。
「また、あの声に泣くのかな」
少女が顔を上げる。
影の主は明るい茶髪に緑の目。肩に乗っている黒猫と共に少女を見下ろしている。
少女は問う。
「…だれ?」
「魔法使い」
何が気に入らないのか、《魔法使い》は眉間にシワを寄せていた。
「《魔法使い》さん、怒って…る?」
「怒ってなんかないよ」
不安がる少女に、繕った笑顔で答えて視線を落とす。
「思い出してただけ」
いまさら、どうしようもない過去。
「哀しいから、忘れちゃってた」
しかし消えてはくれなかった。
「あの声……いや、あの人に怯えながら生きるのは、疲れるでしょ」
「でも……あそこが、私の、家なの」
「あれはただの箱だよ」
「家だよ!」
少女の反発に、《魔法使い》は冷たい視線を向けた。
「あれが家だと――帰るべき場所だと言うのなら、どうして君はここにいるの?
帰りたくない、あの場所では落ち着けない理由があるからでしょ?」
《魔法使い》の言葉に、少女は口を閉ざした。
「本当は好き。大好き。……だけど、言えなかったよ、いっぱい。伝えたかった事は、あったのに……」
「……魔法使い、さん…?」
闇が深くなる。
「選ばせてあげる。最初の選択――」
《魔法使い》は人差し指を伸ばし、
「このまま、帰りたくもない場所に帰る日々を望むか――」
次に中指を伸ばし、
「――それとも、安心して暮らせる場所を望むか」
少女に選択を迫った。
答えは、聞くまでもなく知っていた。
もう片方の選択肢を選んでいれば、魔法使いがここに現れることはなかった。
「……これで、よかったんだよね?」
異世界へ通じる扉が閉まってから、《魔法使い》はぽそりとこぼした。
少女の残していったぬいぐるみを地面に置いて、数年前と同じように手を振る。
「《ばいばい、またあそぼうね》」
この世界での役目が終わり、もう二度とここには来ないと分かっていながら――。
終
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