episode.2

 ユアンの言葉にきょとんとした顔で少女は瞬くと、先程までの明るい笑顔が嘘のようにみるみると表情を曇らせていった。

 

「それじゃあ……ハーブは……」

 

「ごめん、ハーブ店だなんて知らなかったんだ」

 

 がっくりと項垂れた少女を前に、ユアンはどうにも気まずい思いでもう一度小さく「ごめん」と呟いた。目に見えて落ち込んでいる少女の姿を見てしまっては、このまま手ぶらで帰るのも気が引ける。

 

「あー……いや、やっぱりハーブも貰おうかな」

 

「本当ですか! では、どのようなものにいたしましょう? お茶にもお料理にも、種類によって色々なものに使えるんですよ」

 

「えーっと、じゃあ……どんなケガも病気も治せるハーブ、なんて……あるわけないよな……」

 

 ぱっと顔を上げて少女が嬉しそうにしたのも束の間、ユアンが言葉を続けたあとには笑顔を凍り付かせ、眉を垂れ下げながら再び項垂れた。

 この国の天候のようにころころと変化する表情は見ていて飽きないが、さすがに多少の罪悪感が募ってユアンは目の前のハーブティーに口を付ける。

 

「魔法使いを、探しているんですか……?」

 

 少女の声が、探るような響きを含んでユアンに向けられた。

 口にしていたハーブティーを飲み込んで顔を上げれば、澄んだ新緑の瞳が真っ直ぐにユアンを見つめていた。

 

「探してる。本当にいるのか? 魔法使いは」

 

 ティーカップをソーサーに置いてユアンが前のめりに訊ねれば、少女は潤った薄桃の唇を一度結んで長い睫毛を伏せた。

 

「魔法が今も存在すると、信じているんですか……? 魔法や妖精は、伝承や伝説としてわたし達の身近にずっとあり続けてきました。それでも実際に存在したのは、遥か昔のことだと言われています」

 

 静かな口調でそう言った少女を見て、ユアンは短く首を横に振った。

 

「妹を助けたいんだ。助けられるなら、伝承だろうと伝説だろうと信じる。それにキミは、俺が魔法使いのことを訊ねた時から、一度も『いない』とは言ってないだろ。何か知ってるなら教えてほしい。どうしても魔法使いに会いたいんだ」

 

 馬鹿げていると言われたとしても、そんなことはどうでもよかった。藁にも縋る思いで少女の揺れる瞳に訴えかければ、困ったように眉を寄せて少女は僅かに微笑んだ。

 幼い印象だった少女が急に大人びて見え、『現実を見ろ』と言われているような気分になり、今度はユアンの方が項垂れることになった。

 

「そうだよな……これだけ科学の発展した世の中で、魔法だなんて……夢見すぎだよな」

 

 カウンターに置かれたティーカップの薄黄色の液体へと視線を落とし、キルケニーの病院で眠る妹の顔を思い浮かべる。

 交通事故だった。車にはねられ病院に運ばれた時には、もう意識はなかった。それから3か月経った今でも、まだ目を覚ましていない。

 毎日のように通っている病院の待合室で出会った穏やかな老人に、『どんな望みも叶えてくれる魔法使い』の存在を聞いた。

 そんな夢みたいなこと、あるわけない。

 それでも居ても立っても居られず、この店を訪ねて来たというのに。

 

「ごめん、無理言って。ハーブティー、ごちそうさま」

 

 そう言ってポケットから取り出したチップをカウンターに置いて立ち上がると、ユアンは少女に背を向けてドアの方に向かった。

 

「──いますよ。魔法使いは」

 

 澄み透った綺麗な声が、帰ろうとするユアンを呼び止めた。

 

「魔法も妖精も、存在します。貴方の望みが叶うかは分かりませんが、この村の人は魔法を使えるので、訪ねてみてはいかがでしょうか」

 

 思いもよらない少女の言葉にユアンは息を呑むと、すぐさまカウンターまで駆け戻った。

 

「キミは? キミも魔法を使えるの?」

 

「わたしに魔法は使えません。この村の出身ではないんです。村の人達にはよくしてもらっているので、わたしが案内しますよ」

 

 にっこりと笑った少女をまじまじと見つめ、ユアンは頷いた。少女の言っていることが真実かどうかは、この目で確かめてみればいい。

 

「じゃあ、村の方に行ってみましょうか」

 

 腰に巻いていたフリル付きの白いエプロンを外しながら少女が言うと、入り口ドアに取り付けられた真鍮しんちゅうのベルが、カラン、と軽快な音を響かせて人の訪問を知らせた。

 

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