第二百十三話 薄曇りに、白鰭の水辺
ほんのりと露草色に薄曇り、漏れ出る白光があった。薄まる体温で現実を曖昧に感じられる、良い日和だ。あの太陽が居なければ、
―― 彼が飛び石で水を切り、白鯉を波紋で退ける。
白茅の野に座る
「青ノ鬼とも話し合いましたが……【未来四感】で妖を人に化す可能性に干渉するには、影響を探る必要がありそうです。人が原初の妖となり、生力が妖力に化す
「前に
「妖は生力を得る為に人を喰らいますが……真逆の風向きを創ってしまえば、人が妖を喰らう……そんな恐ろしい世界になってしまうかもしれません。改変する禁忌を認めても、 対価の可能性は、私一人の代償では済まないかもしれない」
黎映は冷静な横顔を伏せ、己の首筋を撫でて語る。漠然と感じていた不安が、輪郭を帯びてきてしまった。
「『人』に戻る願いを叶える為に、黎映を犠牲にする選択肢なんて避けたいの。手段は多い方がいいし、『第二の方法』も探してみようと思う」
青ノ鬼や私達以外にも、『可能性』や『人と妖の
「黎映は、この『隠世 大ノ蛇栄螺堂』で夢が形に成り始めてるのに……私の夢はまだまだだね。鳥籠の外でも、人と妖が共に飛べる世にしたいのに」
「夢への道程が遠くとも、千里が今出来る一歩を進めば良いのですよ」
黎映が救い主のような微笑みで振り返ると、道が見えてくる気がするから不思議だ。素直に夢を語れる同志だからなのか。
「まだ曖昧だけど……今何をすればいいかは分かった気がする。『人も妖も隔てなく、大切なひと達と桂花宮家に帰ること』かな」
膝を抱えた私に、黎映は少々惚ける。
「笑わないで。今の私が考えた精一杯なんだから」
「笑いません、素敵な夢だと思いますよ。千里の『大切なひと達』に、私も含まれていたら……なお嬉しいです」
黎映は私の真似をして、悪戯っ子のように膝を抱えた。双眸を輝かせて窺う黎映に、私は幼子みたいに笑みを返して頷いた。
「黎映達以外にも大切なひとが居るんだけど……再会したい彼女……
『過去夢』を思い返せば、黎映達の亡き父である伊月家の前当主……
「竜口家ですか……。父上は、度々訪れる冴さんとは親しげでしたね。陰湿な父上は妖の研究以外興味が無く、母上も含めて誰に対しても素っ気無いのに、冴さんとは親しげに話すものだから、神経質な母上は苛立ってました。高飛車な妖狩人である冴さんに、臆病な徒人にしかすぎない母上は何も言えない様子でしたが。正直……冴さんは父上の愛人なんじゃないかと、兄さんと私は幼心に疑ってました」
他人事のように、黎映はニッコリと語る。人ならざる魔眼と呪うべき苦痛を与えた弥禄には、情愛など無いだろうから当たり前か。冴が弥禄の妖しき愛人だったかどうかは個人的に気になるが、 ヒントにはならなそうだ。
「招待状に関しては、お力になれず口惜しいですが……関わる人の遺品や頂き物から探してみてはどうでしょう? 何か出てくるかもしれませんよ」
「母様達の雪華の髪留め以外、桂花宮家に有るの。私と同じく、桂花宮家から追われる身の黎映達も、伊月家の本邸には戻れないもんね……」
妖達の古の封印である『
「そうですね……父上の遺品が忌まわしくとも、もう少し見ておくべきだったかもしれません。醜いのは嫌いですが」
「根源の欠片を頂いてから……ほんの少しですが、千里が通り抜けてきた【過去夢】達が視えたんです」
私は息を呑んだ。根源に異能が宿るのなら……黎映が手にするのは、異能の欠片なのか。
「貴方の
真白の精霊は、薄い唇で艶やかな弧を描いた。黎映は深緋の右眼で、私を硬質に射抜く。鋭光が、胸の内へ直に刺さるようだった。既に私の欠片は、柔い髪筋を靡かせる彼の掌の内だ。
「私の未来を物にして、弄びたいの? 」
私は
「ふふっ……貴方に籠絡されてるのは私の方ですよ。妖から人に戻る『第一の方法』を掌握したいなら、貴方は彼らの為に、私を捕らえておくべきではありませんか? 」
私から『可能性』を奪う
「……望みは何? 」
「私を、貴方の唯一の
逡巡は無駄かもしれない。人を傷つける事を恐れる私は、牙を許した黎映以外の
「貴方が慾を清く拒んでも、彼の牙は今……誰かの血肉の中ですよ」
囁きが恐れていた真実を反響し、私の『空白』を残酷に掻き乱す! ギリギリで保たれていた気丈が決壊し、泣きたくなってしまう……。黎映は共鳴したように睫毛を伏せたのに、底光りする憎悪を隠せなかった。手首を強く引かれ、私は水飛沫を浴びて竦む! 涙を冷たく奪い、ひらりと舞う白鰭を流水に見た。あれは、黎映の絹袖だ。
「私は何もしません。千里が私を求めればいいのです。貴方の呪痕しかない私の首には毒なんて無いから……
水辺へ引き込んだのは、潔白を示すためか。後ろ手をつく黎映の上で、私は彼の肩に触れていた。神秘的な
深緋と白の瞳を潤ませる黎映は、
真白は簡単に染まるんだな。『私を救いたければ、汚れてみせてよ』と、隠世で私が告げたからか。妖混じりの人として
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