第百三十九話 翡翠ノ森へ
青ノ鬼が言う『方位磁針』とは、俺の内の根源の事。白い太陽は『炎陽』に、突き刺さった紫電の欠片は『千里』へと導く。二人の居る隠世は同じ場所であり、青ノ鬼の心当たりがある場所を巡ればいいと分かった今。俺の予感が強く引かれるままに歩めばいいだけだった。
「まずは、第一の候補地だが。智太郎は
木漏れ日降りる森の中、冷静な青ノ鬼は振り返る。根源を感じる心臓は……ピンと糸を張ったように程よい緊張感に鼓動している気がする。
「悪くない、と思う」
「なら、歩むしかないね! 智太郎
ニヤニヤと魔
前世の『雪』と寸分違わぬ見た目である今の俺は、火を付けられた衝動のままに綾人のサマーブーツを白草履で踏みつけた!
「ったぁ!? 透け感ブーツだから地味に……くる……」
しゃがみ込み悶絶する綾人に、もっと強力なヒールでも履いときゃよかったと鼻で笑う。ギラリ、と見上げる綾人に反撃の意を感じる。まだ
「ここでやられっぱなしなのが、いつもの
綾人の眼前を、突如妖力を化した青い花吹雪の鞭が掠めていく! 気配を察した綾人は瞬時に避けたものの。盛大に抉れた赤松の幹を見て青ざめている。犯人は勿論、呆れ顔で腕を組む青ノ鬼だった。
「コレ、千里の着物が汚れるだろ! じゃれあいも大概にしておけ! 」
「御先祖様!? 千里の着物の前に、俺が死んじゃいます!! 」
「それくらいじゃ死なん。さて、どうやら
青ノ鬼は近づいてきた分かれ道と、割と新しい看板を交互に見つめ首を傾げる。青ノ鬼に追いついた俺達も、看板を見つめる。看板に書いてある森の名は、『翡翠ノ森』……では無い。人が付けた場所名、という事か。
「『
難しい顔をする綾人からは、本当に『隠世 猫屋敷』があるのか……? と疑念がありありと読み取れた。綾人の疑念は最もだ。『原初の妖』なら、人の手の届かぬ場所に居るのではないかという事だろう。
「桂花宮家から引き受けた過去の妖狩りの
ほぼ確信じみた俺の問いに、青ノ鬼は禍々しい牙を垣間見せて小さく嘲笑する。
妖達は人を喰らう故に、人の世から自らの住処は隠匿する必要があるが、全く人が寄らぬ場所では餌を得られない。妖の能力により人から身を隠しつつ、人を
「犠牲者は人知れず『自殺』、遭難後『行方不明』など血肉、臓物の残らぬ死亡理由を与えられ……喰われているという事か、胸糞悪い。骨だけなら、
「マジか……熊も怖いけど、妖の方が怖いじゃん! 熊鈴ならぬ妖鈴とか無いんですか……」
ガタガタと、黒豹ネイルで頬を押さえて綾人は怯える。今なら、ちゃんと女子っぽく見えてるぞ。
「
「嫌だ……早く着きたくない……! 本当に喰われないよな、俺達……!? 」
「……そんなに喰われたいなら、先に喰ってやろうか? 」
肉食獣のように静かな息で綾人の髪筋を揺らしたのは、青ノ鬼。闇を纏う背後の気配に、ビクついた綾人は完全に停止した。
「ご、御先祖様……嘘だよな……? 」
だが青ノ鬼は額に青く輝く二本の角を顕現させた。顔を引き攣らせる綾人の首に、青い妖力を纏わせた美峰の細い手を伸ばす。綾人の意識を奪ったという、
わざとらしい冷気まで漂う気がする。
「あながち嘘では無い。僕は腹が減って……って冗談だぞ、綾人!? 」
紺碧の二本角を顕現した綾人は、タチの悪い冗談を本気で受け取ってしまったらしい! 目を丸くする青ノ鬼を置いて、紺碧の妖力を纏い疾走を開始した! ……宛もなく。
「おいっ、馬鹿戻って来い! 」
叫んだ俺は、無意識に妖力を顕現し綾人を追いかけようとしたが……今の自分には妖力が無い事に気がつく。
「嘘だ、御先祖様はまた俺を裏切る気だろ! 愚かな
「変なところで女子力を発揮するな気持ち悪いっ! 自分で遭難しに行くんじゃない! 早く追いかけろよ青ノ鬼、お前のせいだろ! 」
「ハッ……見事な逃走に呆然としていた。全く、仕方のない奴だ! 」
涙目で振り返る綾人を、険しい顔をした青ノ鬼は青い妖力を纏わせ追跡する! ……図らずも本気の鬼ごっこが始まってしまったようだ。
俺は苛立ちながらも走る! こういう時、不便過ぎだろ
疾走する綾人と青ノ鬼は、選ぶはずだった分かれ道を右に行ってしまった。開けた左の道よりも、山深くなる今の道は何故か嫌な予感がする。
左の道は陽光が差していた。今の道は間違いだったか、と一瞬二人から俺は目を離してしまっていた。真っ直ぐに走っていたはずの二人の姿が無い!
「どこ行った、あいつらっ! 二人纏めて遭難してんじゃねぇ! 」
だが、走り続ける俺の肌をピリつかせる
……まさか今のが『隠世』の結界か!?
証拠に、先を疾走する二人の姿が再び現れた!
丁度青ノ鬼が、綾人を確保しようとする寸前だった。
「愚かで不味い
「本当っ……!? 信じてもいい? 」
恋人達のランデブーの如く、涙を散らし月白に艶めかせる黒髪で振り返る綾
「本当だ、馬鹿者がっ! 面倒くさいからもう
「グス……良かったぁ……」
「面倒くさいのはお前らだ! 何、寸劇繰り広げてるんだ」
「綾人は役者でも目指してるのか!? いつもいつもふざけやがって、ちょっと来い! 妖力の代わりに一発殴ってやる! 」
「落ち着け、智太郎」
青ノ鬼にガシッと両腕を掴まれ、俺は我に返る。しまった、俺まで綾人のペースに巻き込まれてしまうところだった。
「ところで……ここは何処? 」
俺達を迷い込ませた張本人のくせに、綾人はのうのうと不安そうに辺りを見渡す。やっぱ、イラつく!
自らに冷静さを言い聞かせ青ノ鬼から解放してもらうと、改めて『翡翠ノ森』を見渡す。
ふと、ある一雫に目が止まる。森の
ある予感に振り返ると、陽光に磨かれた蜘蛛の糸。木々を繋ぐ絹糸に煌めく一雫がポツリと落ちた向こう……鮮やかな色彩を放つ少女が錆びた鎖に囚われていた。伏せられた猫耳は、彼女が妖である証。
『その双葉は、檻の中。
無垢なるまま、翼あれど 空知らず。
足りぬ陽に、葉を歪ませて。
手を引いて、未知なる空 見上げ――』
―*_-◆_+★【作中歌イメージ】★+_◆_*―
https://twitter.com/meri_0_q/status/1572599470243848194?tlIHHIM95Z7ZACQbNmseOqw&s=19
―*_-◆_+★【
その気高い歌声は、『翡翠ノ森』に溶け合っていた。
囚われていても、自由を諦められない。そんな彼女の砕けない意思が、ゆっくりと開く鮮やかな翡翠の双眸からも静かに伝わって来た。彼女との視線は交わり、紅の猫耳はピンと張る。
「……
母の名を呟いた見知らぬ少女には、孔雀の尾羽があることに気がつく。残酷にも、美しい翡翠色だったはずの尾羽は焼き切れていた。
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