第百三十八話 反転対談


 ニヤつく青ノ鬼に、俺が本能的に苛立ちを覚えてしまうのは自己防衛本能だ。青ノ鬼やつは気紛れでどんな行動をするか、予測不可能。現に、俺の根源を無理やり引き出したばかりじゃないか。

 それでも『翡翠ノ森』の捜索の前に貴重な時間を割いてまで、綾人を隣の俺の部屋で待たせ、顕現した青ノ鬼と向かいあっているのは……問いただす事が山ほどあるからだ。

 

「随分弱々しくなったもんだ。には丁度いい」


「色欲祖父じじぃを化かすのに、俺と綾人がお遊びレベルの女装じゃ死ぬのはこっちだろ。……青ノ鬼おまえも」

 

 黒髪をひと房に纏めた青ノ鬼はじゃない。美峰の姿に、女装ではなく俺のモノトーンシャツを着てした青ノ鬼は馬鹿にしたような笑みを引っ込め、黒と青の双眸をまん丸にする。

 痒くなるような苛立ちが割増しになるから何時もの嘲笑の方がマシだ……と思ったが、嬉しそうに再びニヤつくんじゃない!

 

「僕の事を心配するなんて、智太郎は中身まで甘ちゃんになったみたいじゃないか。で、改めて僕に聞きたい事って何かな? 対価はメロンクリームソーダだから」


 ルンルンと楽しそうな青ノ鬼こいつは、真髄から炭酸に漬けられてるのかと少々呆れながらも俺は『雪』として思い出した記憶の断片について問う。

 思い出した俺の『前世』は半欠けだ。己穂に直接会った事のある青ノ鬼こいつなら、千里であり己穂である彼女についてもっと詳しい事実を知っているかもしれない。

 しかし、腕を組んだ青ノ鬼が告げたのは予期せぬ答えだった。


「それは、ただだよ。前世の記憶なんて、過去夢の能力者じゃあるまいし……ホイホイ戻ると思う? 」

 

 冷静な青ノ鬼に神経を逆撫でされた俺は、反発が沸騰する! 何故前提から崩そうと言うのか!


「ふざけんなっ!! あんなに色鮮やかな唯の夢があってたまるか!! 大体、青ノ鬼おまえは己穂について今の俺以上に知ってるはずだろ、何故否定するんだ!! 」

 

「知っているからこそ、だ。君が思い出したのは前世かこじゃない。改変に失敗した現代いまに繋がらない過去夢など、ただの夢にしか過ぎないんだよ。かつて鬼として『未来五感』を宿し、今も『未来視』を宿す僕は『崩壊した過去夢』も『前世』も知っている。未来の可能性を終えた過去の下流も、時の可能性を具現化した『天鵞絨ビロードの大河』に繋がっているから。分かれて大河から途切れてしまった『崩壊した過去夢』もね。本当のきみの死は、もっと憎悪に塗り潰されていたよ」


 俺の知らない本当の前世かこを視た青玉せいぎょくの左目が、過ぎたあかの残像を映した気がして息を呑む。俺の見た夢は、だったってわけか。


「『前世かこ』の改変に失敗した過去夢の欠片は、未来に繋がらないからこそ唯の夢として舞い込んで来たのだろう。千里の過去夢の能力の副作用かな。……良かったじゃないか、幸せな死に方を視れて」


 綺麗に『笑顔』を作る青ノ鬼に吐き気がする。やはり、青ノ鬼こいつは妖なのだ。無いに等しい倫理観など分かち合えない。


青ノ鬼おまえは何時か後ろから刺されるタイプだ」


「えぇ!? 未来視を持つ僕に予言!? 新感覚……いや、二度目かな。兎も角、君は幸せな夢だけ覚えとけばいい。これ以上の望まぬ憎悪なんて、眠らせておきなよ」


「まるで前世で俺が恨んでる奴が居たみたいな言い方だな。……前世の俺を殺した鴉か」


 青ノ鬼は正解、と言うように双眸を細めた。

 鴉が『雪』を殺したのは『崩壊した過去夢』だけでは無かったようだ。雪原での戦闘時、俺と戦う鴉に躊躇いが合ったのは罪悪感からかもしれない。鴉がまだ『雪』を恨んでいるのなら、本気で俺を殺しにきていただろう。

 

やつは元々気に食わないが……前世の俺が殺された過去夢と現代いまやつは何処か違う。敵意は抱けても、憎悪には足りない。青ノ鬼おまえと違って倫理観でも学習したんじゃないか? 」


「ムッカー!! 社会人のあいつは現代の荒波に揉まれましたってか。はいはい、どうせ僕は弐混神社in引きこもりの妖だよっ!! 」

 

 頬をむくらせる青ノ鬼は、可愛らしい『愛の妖』でも追求する気なのだろうか。


「拗ねてる場合じゃないんだが」


 我に返った青ノ鬼は気まずそうに咳払いする。


「……君が、前世の自分を殺したはずの鴉に憎悪を抱かないのは、前世かことは違い己穂に最期を看取られたからかもね。過去夢は崩壊したが、残された夢の断片が変えた心もあったらしい」


 胸に針を刺されたような気がしたのは、根源に刺さる紫電の欠片のせいだけでは無いだろう。

 

「前世の俺を助ける為にあいつに魂まで対価にしようとするなんて、相変わらず度が過ぎたお人好しだ……。今も自分勝手に俺を救い続けて……まさか今の千里はあいつに魂を奪われちゃいないだろうな」


 弱った雛鳥が食い殺される直前を眼前にしたような、嫌な気分に襲われて俺は膝の上の拳を握る。


「炎陽の話だと、恐らく逆だね。千里が鴉の魂を隷属させた。……嘆いていいのか喜んでいいのか、僕には分からないけど。千里が主でも、僕の魂は僕の物だけど……鴉はそうじゃない。千里が命じれば、鴉は君の敵として立ちはだかるだろうね。今の君は弱くても、千里にとっては脅威だから」


「……千里は半不死になったんだろ。何で俺なんか恐れるんだ」


 炎陽のもたらした、『濡羽姫ぬれはひめ』と言う新たな千里の異名は、血塗れた硝子玉のように空虚な事実を呑み込ませた。


「不完全な不死の千里は、君に憎悪されていると思ってるからだろう。救い続けたい君に殺される事は、彼女の願いが死と共に絶たれる事を意味する。。実力の問題じゃない。……『雪』の姿の君と戦うのは、あの二人にとっちゃ最悪な前世かこの再現だろうけど」


「千里とやつを纏められるだけで虫唾が走るから止めてくれ。俺は……千里を殺したりしない」


「真実を知った今も言いきれるんだ? ……まぁ、人の心なんて泡沫うたかた。信じる方が馬鹿らしいから、聞かなかった事にするよ」

 

青ノ鬼おまえは、満足がいくまで勝手にしてればいい。……ところで、『翡翠ノ森』について、青ノ鬼おまえは本当に知らないのか」


 炎陽が拾ってこいと言った『案内役』は、『翡翠ノ森』に居るらしいが……どちらも辿り着くヒントなし。会ってもいないのに、猫耳を掻くのが目に浮かぶ怠惰な祖父じじぃが恨めしい。


「んー、そうだなぁ……。それっぽいとこは何ヶ所か知らないでも無いけど……確証するにはやっぱりホレ」


 わざとらしく考える振りをしながら曖昧に言葉を継ぐ青ノ鬼に、イライラする。


「方位磁針は智太郎おまえだ」


 嘲笑と共に、妖力の根源たる魂であり心臓を指さされる。やっぱ何時か殺す……と顔が引き攣るのを抑えきれない自分は、青ノ鬼と相性はやはり最悪だと確信した。

 

 

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