第百三十五話 根源-ルーツ-を知れ


 

「ともかく、僕から鴉に連絡する手段は無い。僕に精神感応テレパシーの能力は無いんだ。原初の妖である鴉から下級の妖に意志を伝える事は出来ても、逆は不可能だ」

 

 二本角だけ顕現を解き、メロンソーダ缶を咥えた青ノ鬼はまだ涙目。流石に少々同情した俺達は、彼に自販機でメロンソーダ缶を与えてやったのだった。俺達は早速行動すべく、駅前に居る。

 

 車を出してもらうのはNGだ。桂花宮家からの支援は望めない。千里が人では無い場合、正体を知られてしまえば生死に関わるからだ。

 弍混神社の総一郎や玲香に頼るのも、青ノ鬼が弐混神社外で顕現している事が知られてしまう。青ノ鬼は青ノ巫女姫の意思に侵食しないように、神楽殿でしか顕現してはいけない約束を弐混神社と交わしていたらしい。……約束は今現在もぶった切られているが。


 ――本当に俺達三人だけで『隠世』を探さねばならないのだ。


「ところで、本当に鴉のマンションに向かうの? 辿り着いたとして……中には入れないんじゃない? 鴉の有無と言うか、セキュリティ的なアレで」


 困惑する綾人に俺は同意し、メロンソーダ缶に齧り付く青ノ鬼に眉を寄せる。


「おい、メロンソーダ男。鴉のマンションを爆破してる場合じゃない。隠世ってのは何処にあるんだ 」


「妙なあだ名をつけるんじゃない! 隠世ってのは一箇所じゃないんだ! 」


 青ノ鬼は勢いでメロンソーダ缶を投げ捨てる! おい、分別ルールどころかゴミ箱にすら入って無いじゃないか!


「鴉が着拒したのは、きっと僕に居場所を知られたく無かったから。僕が智太郎と行動を共にする事くらい分かっていたんだろう。千里を殺める可能性のある智太郎が千里を追う事をやつは望んじゃいない……」


 青ノ鬼は腕を組んで、どうやら考え込んでいるようだが。空き缶を拾えよ。


「隠世は、強者である妖が『人』を効率的に喰らう為の住処なんだ。下級の妖達を養いながらね。妖の能力で隠遁されているものの、異世界じゃない。生ける現実であり、大地は繋がっている」


「宛も無く探してたら、日本一周してしまうぞ。見つけたとして、一体どうやって入るんだ」


 見逃しきれなかった俺はメロンソーダ缶を『空き缶』のゴミ箱に捨てて、手の内の塵を払う。これで良し。


「隠世のあるじである強者の妖と面識があり許可を得られれば、入る事が許される。隠世の主であるのは、現代まで生きる原初の妖である事が殆どだな。但し、鴉は唯一自らの隠世を持たない原初の妖。だからこそ、定住地が無く混沌に散る妖達にとってはおさなんだ。……隠世を頼るとすれば、同じ原初の妖 」


「隠世の主と面識が無ければ、隠世には入れないんだよね? それって鴉も同じなんじゃない!? 俺達は鴉と面識のある隠世の主を探せばいいんだ! 」

 

 綾人は嬉々として満面の笑みを浮かべるが、隠世の主を簡単に探せたら苦労なんてしてない。

 だが青ノ鬼は美峰のかんばせに鮮やかな笑みを浮かべる。爛々と輝きを増す青玉の左目が美しくとも、完全に悪人面だがな。


「僕達は、原初の妖に繋がる手がかりを持っているじゃないか。それも。あ、僕はノーカウントだ。ぼくおやはとうに滅んでる」


「手がかりなんて……美峰のスマホと鴉のマンションの二つか? 」


 役立たずの手がかりは、手がかりとは言わない。

 何故か青ノ鬼は、顔を顰めた俺を指差す。


「君だよ、智太郎。君の中には原初の妖に繋がる手がかりが二つもあるじゃないか」


「……まさか、千里の紫電の欠片か。千里を『原初の妖』として数えるのは許さない」


「君がどう思うが勝手だけど、僕は数えるよ。千里の紫電の欠片は確実に隠世に繋がる手がかりになる。君自身が近づけば、自分の中の紫電と同じ気配くらい分かるだろう。……だが、僕が言いたいのはもう一つの方。『白い太陽』である、君のに繋がる妖だ」


 牙を見せて『心臓』という台詞セリフを随分厭らしく言えた物だ。血塗れた臓物に舌なめずりする妖の本能を、垣間見せられる不快さを知れ。


「残念ながら、俺が知ってるのは咲雪かあさんだけだ。それ以上、妖の身内なんて知らない」


「まぁそうだろうね。が必要、と言ったのは訂正が必要かな! 」


 牙を剥くように猛々しく笑った青ノ鬼は前振りもなく突然俺の心臓に手を当てる! 臓物が逆流し、おぞましい感触に肌が逆立つ! 今触れられているのは、俺のだ!


「何のつもりだ! やはり俺を殺すのか! 」


 俺の根源を引き出そうとする、青ノ鬼の頭に銃を突き付けても獣のように鮮やかな笑みは変わらない! 綾人の叫び声の中、抵抗する意思は眼前の『白い太陽』に奪われる。


――器という人の檻に閉じ込められていた白い太陽は、迸る灼熱の日差しいのちの激しさに歓喜する! だが太陽を刺し貫く青紫と紅紫色の紫電は、機械ぜんまい仕掛けの如く螺旋を描き続け、異常な電動モーター音で灼熱の日差しを喰らう! 俺の根源は今、相反する二つの獣が終わらぬ喰らい合いをしていた。

 

 少女の香りを纏う紫電は、まるで彼女の強い意志が叫んでいるようで唇を噛んだ。主である彼女の後ろ髪を視せる前に、灼熱の日差しが脳髄を白く反転させる!

 

に干渉するのは誰だ】


 唸るような、見知らぬ男の声。ぶわりと汗が吹き出るのは俺だけじゃない。何時もの嘲笑すらかなぐり捨て、片頬を釣り上げて苦く笑う青ノ鬼も同じ。


 青ノ鬼の妖力がまるで玩具に感じられる程に、灼熱地獄を与える男の声音だけで膝が笑う。彼は間違い無く、原初の妖だ!


「お初にお目にかかります、原初様。僕は青ノ鬼と申します。突然の御無礼をお許し下さい。僕は友人である『鴉』を探しております。共に居るはずの、僕の創造主に会いたいのです。ご存知でしょうか」


 何時もとは異なり、丁寧に言葉を紡ぐ青ノ鬼に背筋はますます凍るようだ。彼がへりくだる程、見知らぬ原初の妖は別格なのだ!


【お前は『濡羽姫ぬれはひめ』の配下のものか。鴉と。『会いたい』と言うからには願いとなる。それ相応の対価が必要だと理解していよう】


 原初の妖は、千里と鴉を知っている! 会わせる事を願いと受け取る程、近しいのだ。だが『濡羽姫』という知らぬ呼び名に、千里が原初の妖と化している事実が重く染み込む。


「存じております。新鮮な『人』を、対価として持参致します」


 青ノ鬼こいつ! まさか俺達を対価にするつもりか! ふざけるなと口を開きかけた時、青ノ鬼は真剣に目配せする。何も喋るなという意味だ。

 まさか……青ノ鬼は原初の妖に対し、出任せを言っていると気づく。そんな事をすれば八つ裂きにされるのは、間違い無く青ノ鬼だ。『人』を大切に想ってきた千里を主に持つ青ノ鬼は、『人』を犠牲にする選択肢など初めから存在しなかった。


それは、女か。男か】


「男でございます」

 

 僅かな沈黙すら、首筋に刃物を突き付けられるように耐え難い。


【男は好かん。女なら対価として受け取ろう。我が隠世に来る事を許す。隠世の名は『猫屋敷』。我が名は炎陽えんようである。は、翡翠ノ森で拾って来るがいい】

 

「翡翠ノ森とは……」


【歩めばその内辿り着く。思うがままに歩めばいい】

 

 青ノ鬼も思わず眉根を寄せる程……炎陽は雑らしい。面倒くさがっているのが声音からも見え見えだ。

 だがそれ以上問う事は出来ず。


  ――白い灼熱と身を切るような緊張が弾けると、嫌な汗にぐっしょりと濡らされたまま俺達は崩れ落ちたのだった。


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