第百三十四話 文明の利器
「で、何でスマホなんだ。……しかも美峰の」
改めて青ノ鬼に差し出された、花柄カバーのスマートフォンを訝しむ。
「それが……鴉から教えられた電話番号は合ってるはずなのに、何度掛けても繋がらないんだ。コレの使い方間違ってるのか?」
小首を傾げた青ノ鬼に、LINEよりはマシかと息を吐いて美峰のスマホを受け取る。横から覗き込んだ綾人は思わず吹き出した!
「思いっきり『鴉』って登録してあるじゃん!! 何で美峰気づかなかったの!? 」
「まさか原初の妖との連絡先が、自分のスマホに載ってるなんて思わないだろ。悪戯だと思ったんじゃないか? 寧ろこれは怪奇現象だ」
妖に化かされた事には変わらない。妖力ではなく物理的にだが。随分と妙な事態に巻き込まれてしまったが、千里に繋がる糸があるなら文明の利器でも構わない……と思う。
「試しに掛けるぞ」
綾人は息を呑み、青ノ鬼は期待に目を輝かせる。妙な緊張感を振り捨て、俺は着信ボタンに触れてスマホを耳元に当てる。
――鴉に繋がったら何て言うんだ?『千里を返せ』『居場所を教えろ』……鼻で笑われ、ブチっと切られて終わりだ。
俺が掛けたのは間違いだった、と固唾を呑む青ノ鬼を一瞥する。だが俺の心配は繋がる事すら無かった。……呼出音すら流れない。その後、何度掛けても結果は同じ。
「着拒、されてるんじゃない? 」
残念そうに溜息をつく青ノ鬼を一瞥し、綾人は状況を纏める。
「『ちゃっきょ』って……何だ? 」
「連絡先は登録されてるのに、こっちからの連絡を拒否されてるって事。友人じゃなかったんですかぁ?……御先祖様? 」
馬鹿にしてニヤつく綾人に意味を理解した青ノ鬼は、正に鬼の形相でいきり立つ!
「
「まぁまぁ、落ち着いて。連絡先開いて、俺のスマホから掛けてみよう。でもなー知ら番だからなぁ。出てくれるかなぁ……鴉」
「うん。手がかりは潰えましたね。隠世って……どこにあるのかなぁ……」
青みがかった双眸を望洋と細めた綾人は、青ノ鬼に連絡先を見る為に借りていた美峰のスマホを潔く返す。これ以上俺達に出来る事は無い。かと思われたが……。
「いやまだだ! この怒りを果たすまで、僕は
おいおい、目的の首がすげ替わっているぞ。泣く子も逃げ出すような恐ろしい形相で、青ノ鬼は青い花吹雪の妖力をうっかり顕現する。俺達は恐怖では無く、青ノ鬼が新たにもたらした鴉のプロフィールに固まる。
「はい? 鴉って……マンションに住んでたの!? 」
「と言うかそもそも、何故
「まるでじゃない。
成程。あの憎らしい美貌で人を誑かし……もとい、人を狩りながら血を得て生き長らえていたとと言う訳か。妖狩人達に見つからない訳だ。都会まで妖を探索する事は稀である。妖の封印は山や森の近くであるケースが多いからだ。
「だから鴉は千里とデートが出来たって訳だ! 」
「あ? ちょっと
得意げに胸を張る青ノ鬼を流石に無視出来ない! 俺は青ノ鬼の肩を掴んで、事実を吐き出させる!
「だからデートだって。鴉と千里は金木犀の下で再会した後、カフェで朝食を摂ったらし……智太郎、顔怖い」
「
一度、千里の記憶があやふやになった気がした事があった。流石の妖でも、妖狩人達に干渉する事など不可能かと思っていたが。大ノ蛇栄螺堂で千里の帯から捨て去った黒い羽。怪しいと思っていたアレには意味があったのだ。
「まぁ、そう言う事だ。鴉は妖狩人達の結界と記憶くらい安易に弄れる。桂花宮家の真の初代当主は、
高笑いする
「お前、鴉が癒刻に現れる事を未来視で知っていたんじゃなくて、鴉が現れるように
青ノ鬼は高笑いを止め、気まずそうにぷいと横を向き視線を逸らす。美峰の姿だが、まるで可愛げなど無い。
「……だとしたら、何だって言うんだ。僕はあらゆる可能性を作る男。僕は千里を、己穂の刀と鴉の元に導かなくてはならなかったんだ」
千里。そして俺達が苦労して追いかけた鴉……。
その全ては
「おい、綾人……
「同感。良いのがあるよ」
俺と同じく顔を強ばらせた綾人は、ポケットから手書きイラストが描かれたチケットを俺に渡す。……なんじゃこりゃ? 『メロンクリームソーダチケット』……が三枚。
青ノ鬼は酷い慌てようで自身のポケットを確認するが、
「いつの間に!! 返せよ智太郎!! 僕が一生懸命、未来視でお告げをして供物として玲香から貰ったんだぞ!! 」
前青ノ巫女姫であり綾人の母である玲香は、青ノ鬼の供物を管理しているらしい。未来視の対価が、メロンクリームソーダって……謙虚なのかなんなのか。
「智太郎、破いちゃって☆」
綾人は残酷にウィンクを決める。意地悪く笑みを返した俺の答えは勿論YES。
画用紙を破く心地良さと共に、青ノ鬼の慟哭が弍混神社に木霊したのであった。
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