第六十四話 ループを止めて


 解せない。こんなはずじゃないんだけど。いや、ある意味予想通りと言える? 私は隣で繰り広げられる話題から何とか逃れようと、車外の景色を見つめる。高速道路から見える景色は、真っ白に雪を被った山々が私を見下ろしている。移動する度に変化していく雪景色は面白かった。今見ている景色も、次に私が窓を見た時には別な景色に変わっているだろう。今はトンネルから抜け、小さな集落の屋根達が、お揃いの雪帽子を被っている可愛らしい景色だった。そこで実際に暮らしている人々は、毎年の積雪に苦労し景色を楽しむ余裕なんて無いんだろうけれども。


「そうなの! だから見てるこっちは非常にもどかしくって」


「どちらも不器用だったのですね……ですが今は一歩踏み出せた、と言う訳ですか」


 何故か私の横では黎映と美峰の恋バナが繰り広げられている。主に、私と智太郎をこき下ろすものだけれど。

 今私たちは癒刻温泉に向かうべく、後藤が運転するワンボックスカーの中にいる。運転席に後藤、その後ろの席に左から美峰、黎映、私。真後ろの席は綾人と智太郎という順番だ。不服そうな男子達を尻目に、何故か黎映が女子に囲まれる席順になっていた。美峰と黎映が例の通り意気投合してしまったからだ。黎映担当は私、じゃなかったっけ? 美峰と綾人が、擬似妖力由来の家門の妖狩人、という設定をすんなり黎映は信じてくれたのだった。そう言えば黎映はだいぶ素直な性格だったっけ。私は昨日の昼食時の一件を思い出した。青ノ鬼が今現れる事は無いとは思うけど……私は喉が乾き、持参したペットボトルの緑茶を飲む。


「良かったぁ……まさかもう付き合ってたなんてね」


 美峰の一言に噎せかけるも、隣に黎映が居ることを思い出しなんとか堪える。気管に入りかけた緑茶を何とか嚥下した。実際はまだ付き合ってないんだけど……! 伊月誠との婚約破棄の為、伊月家を誤魔化す為にしてもらっていた恋人のふりが、何故かここで効力を発揮していた。確かに昨日の昼食時も、智太郎は黎映に肯定したけれど。私はそのまま、智太郎に両手を絡ませれられ、口付けをされた事を思い出して頬が熱くなる。智太郎を救う方法を見つけたら、恋人になる約束はした……したけど、まだ一応違うんだけど! だが、黎映の前、否定する訳にもいかず、やはり私は雪景色に逃げるしか無かった。


「昨日もお二人は仲が良さそうで羨ましかったです……僕も想いが叶うといいのですが……」


「え? 嘘、黎映って好きな人いるの!誰なのそれ」


 興奮した美峰が、車内を一層騒々しくさせる。


「……叶うことは無いと思いますが」


 切なげに吐息を零した黎映に、ますます美峰は話題に食いつく。


「片思い!? 実らぬ恋ってやつ!? ええ……切ないよ、……駄目だよ、黎映。諦めたらそこで試合終了なんだから」


 どこかで聞いた事があるようなセリフで、黎映を激励する美峰。こうして聞いているとだいぶ混沌カオス……。思わず気になり、私は二人の方を振り返ってしまった。


「そうですね……可能性が少しでも残っているなら……まだ諦める必要は無いでしょうか」


 私が振り返った事に気が付いたのか、面紗の奥の赤と白の瞳と、視線が交差する。何故か無言で黎映と見つめあっている状況に、気まずさを感じ私は微笑する。車内だけあって肩が触れそうなほど近いので尚更困惑する。面紗で見えずらい上に、黒から白に変わる髪と、爛々と赤色に光る妖の右目に、視力を失った濁った白い左目という特徴のせいで気づきにくかったが、こうして見ると黎映は、鼻筋がすっと通った端正な顔立ちをしている。切れ長の目は、兄である伊月誠との血の繋がりを感じさせるが、瞳に宿る玲瓏とした光からは嫌な物を感じさせない。素直な性格が顔立ちにも現れている気がした。一度僅かに見開かれた黎映の瞳は、細められる。その唇に浮かぶのは微笑だと気が付き、私は更に動揺した。何か話さなければ……と話題を必死に探していると、何故か後ろの席から私の首筋を覚えのある手がなぞり、触れたまま動かない。


「ひゃっ!? 」


 突然の感触に悲鳴をあげて振り返ると、智太郎の細められた花緑青の瞳の中の閃光を一瞬認識するも、すぐにその視線は横に逸らされ俯く。


「突然どうしたの? 」


「……」


 だが、智太郎は目線を合わせないまま、答えようとしなかった。疑問に思い再度問おうとした時、もう一方から、ボキッと何かを噛み砕く音が聞こえた。……菓子なんだろうけど、そんなに激しい音するものだっけ。

 もう一方の……綾人を振り返ると、袋から取り出したポッキーを何と五本同時にへし折るように、咀嚼していた。相当、イラついている様だった。青みがかった瞳はメラメラと青い炎さえ感じる。その時、美峰の悲鳴が車内を占領した。


「あ――! それ、私が買ったやつなのに! 何するの、綾人! 」


 コーラでポッキーを流し込むと、綾人は爆発するように美峰に叫ぶ。


「五月蝿い、正しくは俺が買ったやつだ! 」


 そんな所までパシられちゃってるのか……と私は遠い目で綾人に同情した。


「というか何だよこの席順は! 普通黎映は助手席だろ! 」


「も、申し訳ございません……」


 キレた綾人は、怯えたように首を引っ込める黎映を指さす。完全に黎映が苛められているようにしか見えない構図だ。私が思った事を美峰も感じたのだろう。美峰は、眉を顰めて綾人を睨む。


「ちょっと、『本日のお客様』に酷い態度なんだけど! 大体、黎映の方が四つも年上! 先輩に向かって指を指さないの! 」


 美峰が綾人の指先をパシリと叩くと、綾人は何故か先程までの威勢は何処へやら。すっかり肩を落としてしまった。


「……御免なさい」


「一体何なのよ、全く」


 私はようやく理解出来た気がして、美峰に耳打ちする。正確に言えば黎映が間にいる為、丸聞こえなのだが。


「美峰、多分綾人は黎映に嫉妬してるんじゃないかな」


「あぁ……」


「千里……解説されると、大分恥ずかしくなるからやめて」


 美峰の納得したような相槌の後、顔を赤くした綾人の震える声音が聞こえてくる。……ん? という事は、私の首筋に相変わらず触れたままのこの手の持ち主も……。私がちら、と智太郎を再度振り返ると、頬に朱をのせた智太郎の、花緑青の瞳に浮かぶ不服そうな輝きにようやく気が付く。まぁ、仕方ないか。微笑みを交えた溜息をつく。首筋に触れた手に、私の手を重ねると、ようやく智太郎は言葉を発する。


「後で罰は受けてやる」


「罰……? ああ、猫耳の事ね。いいの!? 」


「……あと一回だけだから」


 ニマニマと嬉しさを抑えきれず、私は唇に笑みを浮かばせた。ご褒美があれば、頑張れると言うものだ。……特に今のところ頑張ってる事無かったかも、と冷や汗を覚えたが。気がつけばすっかり皆旅行気分だった。……これから戦いになるかもなんだよね、緊張感無いけど。


「皆さんを惑わしてしまい、申し訳ございません……。邪魔者は退散します……」


 と、何故か肩を落とした黎映はシートベルトを外そうとする。黎映の目線を追うと、助手席に向いていた。まさか、助手席に無理やり移るつもり!? 慌てて私は黎映の手を押さえる。


「駄目だよ黎映、 危ないから! 」


「そうだよ! 両手に花でしょ、一番いい席だよ? 」


 美峰の言葉に私は失笑する。そうじゃないと思うんだけど……。だが、効果はあったようで、黎映は止まってくれる。


「確かに、一番いい席かもしれません」


 黎映がふわりと柔らかな微笑みを湛えて、何故か私の方を振り返る。面紗の奥の赤と白の双眸は切なげに細められた。私は理解出来ずに、微笑を返すことしか出来なかった。だが黎映の言葉に、後ろの二人から冷気が漂う。殺気だ。


「……やっぱり、移動します」


 黎映は微笑みを引っ込めて、助手席にまた狙いを定めようとするので、慌てて再び止める。このループを誰か止めて!! と私が心の中で叫ぶと、まるで救いの神かのように私達にかかる声があった。


「……皆様、そろそろ、四対よんついの札の説明をさせて頂いても宜しいでしょうか」


 運転席の後藤だった。呆れたような、少々イラついているような声音に、私達は黎映含め大人しく、揃って返事をしたのであった。


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