第六十三話 子供のように



 申し訳なさそうに顔を出したのは後藤だった。

 私達四人は心底ほっとする。私は後藤を連れ出し、事情を説明した。


「成程……。とりあえず予定通り車は出させて頂きます。……申し訳ございませんが、私は人払いの札に一時的に生力をほぼ費やしましたので、お力添えは出来なさそうです。屋敷に一旦戻らねばなりません」


 後藤は顔を顰め、俯く。恐らく智太郎が擬似妖力由来の強大な術式を使えないので、既に生力を込めた術式の札にしたのだろう。通常より広大な範囲の人払いが必要な為、四対よんついは必要と言っていたから皆が使える札でなくては意味が無い。


「いえ、ありがとうございます。それに美峰達も協力してくれますので、後藤は休んでください」


「申し訳ございません……。道中、人払いの札の行使については説明させて頂きますので」


 後藤の言葉に、私は目を瞬かせる。


「……通常の札と違うの? 」


「少々特殊な使用になっております。より広範囲を覆う必要がありますので。……黎映殿にも説明して頂いた方が宜しいかと」


 気まずそうに後藤が伝える。考案は黎映なのだろう。


「分かりました、後程聞きましょう」


 所で私が後藤と話しているのに、後ろでぎゃあぎゃあと、邪魔するような話し声がするんだけど。一体誰かな。私は少々眉を引き攣らせて、鋭い目付きを意識してつくって振り返る。ちなみに、智太郎の仏頂面を真似している。


「誰かな。大事な話をしているのに、騒いでいるのは」


 珍しく私が怒っているのを認識すると、三人はピタリと会話を中断する。まさかの、智太郎もだった。私は呆れて目を細めた。美峰が申し訳なさそうに、眉尻を下げる。


「ごめんね、千里ちゃん。黎映さんの担当を誰にするか……って話してただけなんだけど」


「俺は絶対に反対だ」


 智太郎が険しい顔で、腕を組んで何故か私を一瞥する。


「何、担当って」


「いや、後藤さんが帰ってしまうなら、黎映さんと同行するのは必然的に千里になるよねって話だったんだけど……」


 私が仏頂面のまま問うと、綾人がちらりと智太郎の顔を伺うように苦笑いする。成程……状況が理解出来た。私は智太郎に向かい合った。


「智太郎……。黎映と協力を決断したのは私なんだけど」


「関係ない」


 智太郎はますます眉間に皺を寄せて、そっぽを向いてしまう。警戒すべきなのは分かるが……一応協力関係なのだから、疎外する訳にもいかないだろう。


「私と綾人は、黎映さんの事、全然分からないし、ぼろが出ると悪いから……」


 美峰も苦笑いで、こちらを覗き見る。全くその通りだと思う。冠雪をすっかり被った樹を敵かと見紛うばかりに睨みつける、智太郎の両頬を、私は苦笑して両手で触れ、向かい合わせた。少しだけ、私は見上げる形になる。


「ちょっと、猫ちゃん大人気ないよ。語尾の刑、まだ続ける? 」


「……別にそれでもいい」


 あら、珍しい。何時もなら、冷静に決断できる智太郎が……子供っぽい嫉妬に振り回されているなんて。私は不謹慎だけど、少し嬉しくてときめいてしまう。


「俺があいつの担当になればいいだろ」


「……殺気が滲み出てるのに? 」


 私がそっと触れた内、顰め面を解いた智太郎は両頬を紅潮させ、六花のように繊細な睫毛の奥、花緑青の瞳は不安そうに揺れていた。ふわふわとした白銀の髪筋が私の手の甲を擽る。薄い唇から白い吐息が、私の手の内を暖める。手の中の温もりと私だけに向けられた感情に、愛しさで胸が痺れるように痛くなる。


「私が好きなのは智太郎だから、ね? 」


「ここで、そう言うのは……卑怯だ」


 智太郎の頬が更に赤くなった気がする。頬に触れた手から感じる暖かさも熱い。智太郎は唇を結び、耐え切れないように震える睫毛を伏せた。


「……ちょっとぉ、お二人さんー! 」


 綾人がニヤニヤと意地悪な笑みに片手を当て、こちらを見つめている事に気が付き、私は我に返り智太郎の頬から手を離す。いけない、こんな事している場合じゃ無かった。だけど必要措置だと思う……と自分に言い訳した。


「……あ? 」


 からかおうとする綾人に、智太郎は冷えた目を細め睨みつける。殺気で、辺りが‐1℃下がった気がする。やだな、ただでさえ寒いのに。先程からの変貌ぶりに、私は笑いたくなる口角を、震えながらなんとか堪える。綾人は思った通りあっという間に青ざめ、すかさず智太郎から距離をとった。雪で足場が悪いのに、無駄に機敏だった。


「こ、怖すぎる!! 何でだよ、からわれたら普通やり返すだろ!? 」


「なら、俺がまたやり返しても……いいよな」


 殺気を迸らせながら、智太郎はボキボキと、指の関節を鳴らす。嫌な笑みだった。


「……そういう意味じゃないんだけど」


 青ざめた顔で逃げ回る綾人と殺気を纏わせた智太郎の攻防戦が、鍛錬の如く始まったので、私は今の内に黎映を呼んでくる事にした。後藤も早く出発したいだろうし。


「後藤、黎映を呼んでくるから、車を用意して来てくれる? 暫く終わらなそうだし」


 私が冷静に告げると、放心していた後藤は我に返り頷く。


「尾白のあんなに子供っぽい所は初めて見ました。……思えば年相応なのですね」


「そうなの。綾人とすっかり意気投合しちゃって……仲良しでしょ? 」


 私の笑みに、後藤は何とも言えない苦笑いを返す。


「少々ずれている気はしますが。了解しました、お待ちください」


 一旦屋敷の外へ向かった後藤を見送ると、美峰に肩をポンと叩かれる。振り返るのがなんだか怖い気がする。


「……ねぇ、随分仲良しになったよね? 」


「えと、綾人と智太郎の事かな? 」


「違うよ、千里ちゃんと尾白くんに決まってるでしょ」


 振り返ると予想通り、からかうように無邪気な笑みを浮かべる美峰が居た。やっぱり、嫌な予感は当たるんだ。


「こうなったら、黎映さんも交えて、千里ちゃんから根掘り葉掘り聞かざるを得ないね! 」


「なんでよ! ああ、もうちょっと! 」


 そのままの勢いで美峰に手を引かれ玄関戸の前に立つ。但し、開けるのは私の役割だ。大丈夫……言うべき事は決まっているから。私が玄関を開けると、待ちくたびれたように玄関に座る、面紗の奥の赤と白の瞳と目が合った。


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