第六十二話 術式
「青ノ鬼から告げられたの。千里ちゃんの身に危険が降りかかるから、同行してって。これから癒刻温泉に向かうんでしょ? 」
脳裏を掠めた予想は合っていたようだ。青ノ鬼はどうやら私に、黎映が鴉の元へ導いてくれると告げた後、美峰達にも私に協力してくれるように伝達したらしい。己穂の事も含め、全てを伝えた訳では無いと思うので私は確認することにした。
「大体は合ってるけど……私達はこれから鴉という妖を探しに行かないといけない。でも、青ノ鬼が鬼だった頃の右目を埋め込まれた、伊月黎映という人も同行するんだけど……青ノ鬼の事を彼はどう思っているかまだ分からない。良くない感情を持っているかもしれない。……だから、美峰達は青ノ鬼の存在を出来るだけ隠してくれない? 」
濁して伝えたが、黎映はもしかすると青ノ鬼を恨んでいる可能性だってある。私を守ってくれるのは有難いけど……美峰が危険に晒されては元も子も無いのだ。美峰は微笑みを引っ込め、顔を顰めるも頷く。
「……さっきちらっと見えた男の人ね。確かに見た目もそうだけど、ただならぬ雰囲気だったかも」
「不死の妖である鴉を追って、黎映の兄である、伊月誠も現れるはずだ。伊月誠は大蛇の妖と一体化している可能性がある。戦闘になるかもしれない」
智太郎が白い息を吐きながら伝えてくれる。綾人は不安げに唇を噛んだ。
「美峰が危険に晒されるかもしれない……か」
「そうなの。だから、私を助けてくれるのは有難いんだけど、二人の事が心配だから……」
私はそこから言葉を続ける事が出来なかった。折角助けに来てくれたのに無下に帰す事も出来ないが、二人の事を考えると一緒に来て欲しいとは言えない。だが、私の言わんとしている事は分かったはずだ。美峰は迷わず、微笑みで私に答えた。
「成程……厄介な事になってるんだね。けれど、私達だって自分の身が惜しくて、千里ちゃんを助けられなかったら一生後悔するよ。……だから、これは親友からのお願い。千里ちゃんを助けさせて」
両手を合わせ、私を悪戯な笑みで見つめる美峰がいた。親友と言ってくれて、自分の身が危ないかもしれないのに、私を助けようとしてくれている。私は嬉しいのに辛くて、胸の内がじんわりと麻痺した。両目が潤んでしまうのを、瞬きして必死に押さえる。
「ありがとう」
私はぼやけた視界の中、何とか微笑みを美峰に返した。
「……綾人は良いのか」
智太郎が綾人に問うと、綾人がキャリーケースに手をかけるのが、ぼやけた視界の中で見えた。
「まあ、美峰がそうしたいって言うんなら、反対する理由は無いよ。千里が見す見す危険な目にあうのを俺も見てられないし。……それに、美峰の事は俺が守る」
私は瞬きすると明瞭になった視界で、綾人を捉えた。綾人は決意を顕にする様に顔を引き締め、青みがかった双眸に輝きを宿らせる。初めて会った時よりも、その姿は大人びた様に思えた。妖とは無縁のごく普通の高校生だった綾人が、強くなりたいと望み、大切な人を守りたいと決意するまでを間近で見てきた分、大きな変化に感じられた。
「やだ、格好良い……! 」
美峰が直撃を受けて、好調した頬を誤魔化すように、口に手を当ておどけて見せる。
「よ、色男」
智太郎が意地悪な笑みを浮かべながら、綾人をからかう。綾人は我に返ったようにキャリーケースから手を離し、悲痛な叫びをあげて、二人を交互に見る。
「ちょっと、俺は本気なんだけど……! 」
「決意がバッチリ決まったね! 」
私も涙目を拭い、綾人に向けて拳を握る。キリリと表情を整えてみせた。ここは、加勢の選択肢しか無いよね! そんな私に脱力し、綾人は溜息をつく。
「千里まで!? ……こうなったら本番で力を発揮して活躍するしか無いか」
「その調子で、鍛錬の成果を見せてくれ」
智太郎の追撃に、綾人はフッと片方の口角を釣り上げて笑みを返した。私は何処と無く鍛錬の闇を感じた。智太郎……鍛錬ハード過ぎ。
「鬼畜な鍛錬を乗り越えた結果を見せますとも……いや、戦闘にならないならそれでいいのか? 」
首を傾げる綾人に、私は唇を結んで頷く。
「ならないなら越したことはないよ」
だけど私の脳裏に伊月誠の姿と大蛇の姿が浮かぶ。話を聞く限り、彼らが大人しく鴉を見守るとは考えられない。私は首を振って不穏な考えを追い出し、問う。
「ところで、本当に黎映と一緒に同行するの……? なんて行って誤魔化せばいいかな」
「とりあえず後藤には伝えておく。黎映には、擬似妖力由来の術式の家門の、若手だと伝えればいい。秘された任務中で、家門や術式は言えない事にすればいい」
智太郎が腕を組むと、綾人は首を傾げたまま眉を顰め固まってしまう。疑問符が大量に浮かんでいるのが有り有りと感じられた。
「擬似妖力由来……? 」
「術式に関しては、綾人は説明していなかったな。まぁ
智太郎が綾人に説明する。妖の狩人は体術の他に、擬似妖力由来の術式、生力由来の術式、の何れかを使い妖と戦う者が多い。
擬似妖力由来の術式は、妖の一部を組み込んだ武器や札に生力を喰わせ、妖力を発動させるやり方だ。智太郎は、自らの生力を喰わせると、生力が減り妖側に傾いてしまうので頻繁には使えない。それならば、自らの妖力を使った方が早いとの事だった。青と鬼という、人と妖の二つ巴の魂のバランスで成り立つ、青ノ鬼の血を引く綾人も同様。
生力由来の術式は、生力を武器や札に込めて戦うやり方だ。生力自体の輝きを武器として妖を倒す事ができる。但し、ただの小さな生力では、妖の餌になる為……強い輝きに変化させる必要があった。
私が呪いを払う時のイメージと似ている。だけど、私の生力を操る能力は、生力を持つ器官がある人や生き物に特化した、生力の掌握と移行である為、能力自体は、生力を持たない妖との戦闘には使えない。妖力その物を操る事は出来ないからだ。それに、私は能力を治癒に特化する為、戦闘訓練を受ける事は出来なかった。
生力由来の術式を自ら構築しようとすると、智太郎は生力を込める段階で、妖力が妨害になり誤作動してしまうのだ。既に生力を込められ、輝きを放つように術式が構築してある札などは使える。スイッチを押すだけ、のようなもの。だが、既に生力が込められた札だけでは心許なく、戦えないとの事。妖力を纏う綾人も同様だろう。
「私がこの間、
「多分、妖力由来じゃないかな。弐混神社の人達は、どちらも使いづらそうだけど……あの札は暗い闇を纏うように人払いをしたから」
私が美峰の問いに答えると、美峰は不服そうに唇を結ぶ。
「……私、生力を吸い取られてるって知らなかった。多分、青ノ鬼……説明端折った」
私は苦笑するしか無かった。鬼憑りをした美峰への身体の返し方といい……青ノ鬼は丁寧であるとは言い難い性格のようだ。ハッキリ言ってしまえば、雑。
「とにかく、その擬似妖力由来の家門の狩人の振りをすればいいんだよね。だけどバレないかな……俺、演技力無いよ? 」
綾人が自信無さげに眉を寄せると、智太郎は淡々と答える。
「そこに関しては心配無い。狩人の家門は基本、秘されている内容が多い。皆、力の源を安易に知られたくないんだろう。無闇に家門の力の源について当人に問うのは、礼儀知らずというのが常だ。問題なのは、美峰は兎も角、綾人のバレバレな妖力の方だから」
「……承知しました」
綾人の引き攣った苦笑いがサアァァっと、影に消えていくように存在感が無くなる。……存在感は消せても、妖力の気配の消し方についてはまだまだみたいだ。
「その、黎映はどんな家門なのか知ってもいい? 」
美峰が遠慮がちに私達に問う。
「家門の人に直接聞いている訳じゃないから、気にしなくていいと思うよ、美峰。というか、今はそれ所じゃないし」
「そうだよね」
私が美峰を安心させると、智太郎は説明する。
「伊月家は擬似妖力由来だ。縛の術式の存在を堂々と公表しているし。何の妖を由来にしているかは分からないが……大蛇が関わっているのは間違い無いだろうな」
「私もそう思う。大蛇の過去夢の中で、伊月家の初代当主が『縛』について話していたし」
伊月家の力の根源の秘密を私は視てしまったのかもしれない。わざとでは無いけど……と言うか、伊月誠は寧ろ見せるつもりだったはず。封印の札に触らせようとしたのだから。
「伊月家の立場からすれば、大蛇を再び眠らせて力の根源に戻したいだろうな。だが、黎映自体は謎に包まれている。伊月誠が当主の座を継ぐまで、伊月家がひた隠しにして来た未来視の能力者。伊月誠が消息不明な以上、今は当主代理と言ったところか。鬼の右目を埋め込まれたら、普通は呪いを受け続け死ぬはずなんだがな」
妖の呪いとは、妖の一部を埋め込まれ、生力を奪われること。通常は、妖に生力を遠距離で奪われ続けるのだが……。
「鬼から、青ノ鬼として二つ巴の存在になったから、青ノ鬼に生力が行かないのかな。だとすると……今黎映はどういう状態なんだろう」
私は考えこむが、擬似妖力由来の家門についてはさっぱりだ。桂花宮家も生力由来にあたるが、私は生力専門の能力者だから。
「あの……」
ガラガラと玄関の戸を開く音に私達は皆背筋が冷えた。
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